御節介焼
 何年か前から、数歳年下のお嬢さん達と一緒に行動するようになってから、僕を「ともだち」だと言うお嬢さんには必ず何か一つ忠告していました。
 今は気付かなくても、幾年か後になって後悔するであろうその人の行動について。
 そのお嬢さんが本当に友達であるかどうかは問わずに。
 僕自身がかつて行い、酷く後悔した自分の行動と同じかそれ以上の行動をとるお嬢さんにだけ、出来るだけ言葉を選んで言う事にしていました。

 お嬢さんの中には僕の言葉が通じ無い人もいたし、通じ過ぎる人もいました。
 通じ無い人は僕の言葉はその時必要なかったのだろうし、通じ過ぎる人は既に僕より上の精神年齢に達していたのでしょうから、僕の言葉は本当に余計な御節介以外の何物でもありませんでした。

 余計な御節介をわざわざしていたのは、僕にも忠告してくれていた人がいたから。
 そして、その忠告の意味をその時こそ僕は理解出来なかったけど、後になってからわかったから。

 何を選んでも後悔はします。絶対します。
 日々前だけを見て進んでいるつもりでいても、ふとした拍子に後ろを振り返ったその時、悔やまずにいられますか。

 あの時、AではなくてBを選んでいたら悔やまずに今に至れたのではないか。
 それとも、Cがあると知っていればAなんかを選ばずに済んだのじゃなかろうか。
 他にも何か出来る事はあったのかもしれない。
 なんて、自分の選択を悔やんだ事はありませんか。

 人は人で、自分は自分で。
 僕と全く同じ後悔をする人はいないだろうけど。
 選択肢が複数あるならば。
 自分が今選ぼうとしていない選択肢の情報を、自分の眼から隠れている選択肢の良さを、後で知って悔やむより、今知っておいた方がよいと僕は思っていたのです。

編集 佳馨 : きっともう少ししたらあちこちから声が掛かるんですよ。
編集 e.t. : 会社の送別会では、必ず偉くなったら呼んでくださいとお願いしているのですが、果たされた例がありません。まだ誰も偉くなってないのかもしれませんが