精神越渫
 調べもので『文選』を読んでいたら、気になる文章が有りました。

 気になるところは、巻第三十四 七上 七發八首で病気で臥せっている楚の太子の元に訪れた呉の客が太子の病気の原因を指摘する場面の文章です。
 原文を引用すると、
「意者 久耽安樂 日夜無極 邪氣襲逆 中若結轖 紛屯澹淡 嘘唏煩酲 惕惕怵怵 臥不得瞑 虚中重聽 惡聞人聲 精神越渫 百病咸生」
 こんな文章です。

 原文じゃ読み辛いので、書き下すと次のようになります。
「意フニ、久シク安樂ニ耽リ、日夜極ワマリ無カバ、邪氣ハ襲ヒ逆ラヒテ、中ハ結ベル轖ノ若シ。
 紛屯澹淡トシテ、嘘唏煩酲ス。
 惕惕怵怵トシテ、臥スルモ瞑ヌルヲ得ズ。
 中ハ虚シク聽クヲ重カリ、人ノ聲ヲ聞クヲ惡ミ、精神ハ越リ渫リ、百病咸ク生ズ。」
 適当に書き下したので多分どこか間違ってるけどこんな感じ。
 この呉からの客とやらが楚の太子に語る言葉の大体の意味は、「宮廷に篭もって日々の区切りをきちんとせずに安楽に耽っていたら、そのうち不安に襲われて逃れ難くなります。胸がつかえてすすり泣いて乱れるようになりますよ。物事を怖れるようになり、横に臥せても眠れなくなります。精気が無くなり、人の声を聞くのを嫌がるような精神病の症状が起こり、様々な病気の症状が出てきますよ。」という事なのです。

 この話の太子と同じような状況に陥っている現代人は多いのじゃないでしょうか。
 部屋に引き篭もって、衣食や娯楽にも不自由せず、昼夜逆転した生活を送り、いつしか精神が病んでしまっている人は其処彼処にいるのでは。

 引用した文はある話の最初のほうの一部で、全体の話は、毎日宮廷に篭もって、ほれ美女だ、ほれご馳走だ、と贅沢三昧していた太子さんが心の病に陥って、「自分はもう駄目だ」とか「こんな重い病気に罹ってしまったらもう何も出来無い」なんて勝手に思い込んで鬱に浸ってるところへ呉からの客人が「ここが悪いんだよ!」と原因を指摘し「こんな事をすれば治りますけど、如何ですか?」と巧みに話を展開して太子の鬱を治していく話です。(斜め読みで意味を汲み取ったので細かい所は違いますが。)
 精神の病は昔からあったのですね。