月日は百代の過客にして
 「今日こんな事があった」と書く心算が、色々用事を済ませるうちに日付が変わりもう昨日のことになってしまいました。
 昨日こんなことがありました。

 大学構内の通り抜けになっている公園の桜の木の下で、雨降りしきる中傘も差さずに下を向いてしゃがみ込んでいるお嬢さんを見掛けました。
 裾の長いスカートが地に付き泥で汚れるのも構わずに下を向く彼女を見た時、泣いているのかと思いました。形振り構わず、人目も気にならぬほどに、嘆き悲しむべき事が彼女の身に降り掛かっているのかと思ってしまいました。
 公園の中を通る石畳は、しゃがみ込んだ彼女の後ろを通って出口に向かっていました。彼女の傍を通る時、何て声を掛ければよいのだろうかと逡巡しながらも歩を進め、彼女の真後ろに着た時に僕は自分の勘違いに気付きました。
 彼女は泣いていませんでした。
 スカートの裾が汚れるのも気にせずに、地面に顔を近付けて、彼女は一心不乱に雨に濡れた草花にカメラを構えてました。
 確かに形振りも人目も彼女は気にしてなかったけれど、彼女は嘆くどころか微笑んで草花に顔を向けてました。

 彼女の作品を僕は見た事がある、と其の彼女の姿を見た後に思い出しました。
 どこぞのカメラ小僧が見たら「こんなの直ぐ貴方でも撮れるようになる」と言ってしまいそうなぐらい、初心に満ち満ちた作品でした。
 才能があろうが無かろうが、カメラを構えた瞬間の彼女の姿は僕の目には美しく映りました。

 ああいうものを一個でも持っていれば何か救われるんじゃなかろうか。何が、とはまだ断言出来ないけども。