静岡市で桜が満開

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1605年、徳川家康が将軍職を秀忠に譲って、二年後に駿府城に引退をした。
その意図は、秀忠に将軍としての権威をつけさせ、

家康死亡時に予想される御家騒動を未然に防止する為と
考えられるが、それだけでは無いような気がする。

日本史の嫌いだった私が、日本史を好きになったのは、
1980年代に山岡宗八原作の徳川家康を15巻読んだ時からだった。
実は53巻あった事を後から知った。

中国では、どうしたら困難を克服するかを考えた上で、家康の生き方や
戦略に共鳴する企業家が多く、200万部も売れたとの事。

鳴かぬなら鳴くまで待とう ホトトギスは、機が熱する迄辛抱強く待つ、
という意味で家康の忍耐力の強さを上手く表現している。

晩年に家康が駿府城に住んだ理由の一つに気候が温暖な
駿河の国に住み、薬草でお薬等も自分で作り、命も長らえた。

今日は、県内で早くも静岡市で桜が満開になった。