得魚忘筌
 僕よりもずっと歳を重ねた知人が、僕と出くわす度に同じ事を仰います。
 「あなたみたいな若い人には分からないんだろうけど」と前置きして、歳をとってから固有名詞が思い出せなくて「あれ」「その」など代名詞ばかりの会話になってしまう事や、気を抜くと今日の日付や曜日が分からなくなる事や、ついさっき迄人と話していた事を思い出せなくなる事など、軽度の認知障害への困惑をその方は僕に仰います。
 そう仰られる度に、僕は「覚えてらっしゃらないのかも知れませんが」と前置きして、僕の事を話します。

 昔の事は思い出せるのに新しい事が覚えられなくて、約束をしていてもその日時を間違えてしまったり、待ち合わせ場所を取り違えたり。酷い時には数秒前に火にかけたばかりの鍋の存在を忘れて、煮物を炭に変えてしまったり…。
 色々話を聴くのですが、余りに「あなたには」「若い人には」分からないだろうと仰られるのに辟易して、僕は自分の事を話し出すのです。

 自分の事を伝えてからいつも思い出すのですけれど、ほぼ同じ遣り取りをその方と会う度に僕らはやっています。
 認知障害で困ってるとぐちるその方に、その方の年齢の三分の一以下の歳の僕だけどこれこれこうゆう理由でそれは理解出来ますよと伝えて、「ああそうだったわね」とその方が僕の事を思い出して…。
 毎回同じ話をお互いにしてますがな。

 ぼけてるなぁ。二人とも。