2009年03月の記事


「路地裏④」
<<インド>>--ヴァラナシ--


暗い路地に黒い大きな牛が陣取っていると、流石にギョッとする。

大人しいから良いようなものの、角に引っ掛けられたら一溜りもないだろう。

横を通り抜ける男性も、ちょっとへっぴり腰の感が有る。

私はこの牛がちょっと体形を変えるまで、通り抜けるのを待ったものである。

路地の住人が牛のために道に置いた残飯を漁るのが、此処の路地に居る牛たちの狙いなのだろう。

日本でも、野良猫に餌をやるのが問題になっているが、インドでは牛は神様だから、誰も文句を言う人間は居ないのだろうか。
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「路地裏③」
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路地裏にたむろす牛の姿。

こんな狭い路地にも、あちこちに牛がたむろしているのだ。

どうしてこんな所に居るのか分からぬが、路地裏に住む住人の食べ残した餌を漁って、何処からかやって来るのかもしれない。

この牛はまだ若い牛のようで、比較的体が小さいが、大きい牛が路地に居ると、通り抜けるのに一苦労する。

中には餌をくれるのかと思って、後を付いてくる牛も居るのだ。

これらの放し飼いの牛たちは、ちゃんと飼い主の所に自分で戻るのかどうか、気になったものである。
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「路地裏②」
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路地から外を見た光景。

表通りから路地に入り、振り返って今入って来た路地を見た所である。

不思議なのは表通りは舗装していない土の道路なのに、路地の中はずっと石畳なのである。

両脇の住家も石造りで今でも住人が居るのである。

嘗ては整然とした綺麗な家並みであったに違いない。

雰囲気はイタリアのヴェネチアの裏通りのようだが、違いは綺麗に掃き清めらて整備されているヴェネチアと違い、異臭がして汚い事である。

街の荒廃は、その国の国情を示しているようである。
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「路地裏」
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いよいよ火葬場へ通じる路地の中に入った。

迷路のように入り組んだこの路地は、段々狭くなり、他人とすれ違うにも苦労するような状態となる。

前に行くのは我々4人のメンバーである。

こんな狭い路地にも牛や犬があちこちにたむろしているので、通り抜けるのにも気を付ける必要が有る。

特に足元には、所々に牛の糞が有るので、周りに気を取られていると、踏んでしまいかねない。

しばらくは人間臭い路地裏の様子を載せていく事とする。
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「廃墟」
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火葬場へ通じる路地に差し掛かった。

先ず目に付いたのは、このような家が多い事だ。

一体、人が住んでいるのかいないのか判然としないのだが、嘗ては立派な家屋だったようだが、今は廃墟と化している。

鉄格子の嵌まった窓は、まるで監獄のようである。

繁栄と衰退は、こんな街角の一角にも散見出来るのである。

これから狭い路地裏の様子を載せて行こうと思う。
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「朝の賑わい②」
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沐浴に向かう人と帰る人で賑わう、脇道の様子。

此処でも道端で、小枝の歯ブラシを売る女性が見受けられる。

時刻は朝の六時半、辺りもすっかり明るくなり、そろそろ街灯も昼行灯の呈を成してきた頃だろう。

街行く人も、観光客か地元民かの区別が、はっきりと分かるようである。

舗装していない道路は、昔の日本を思い起こさせて、懐かしい感じがする。

たまには土の道を裸足で歩くのも、気持ちが良さそうだと思ったものである。

裸足で歩くことを止めて、もう何十年経った事であろうか。
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「歯ブラシを売る女性」
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道端で小さな台の上に、木の小枝をたくさん並べて売る女性の姿。

あれは一体何なのだとアラムさんに聞いたら、何と歯ブラシなのだと言う。

柘の木の枝を歯ブラシ代わりに使って、歯をこするのだそうである。

聖なるガンジス河の水で、歯を磨き口をゆすぐために売っているのだというから、何とも信じられない事である。

背景の店では、沐浴に来た人たちや見学者のために、チャイや朝食を売るお店のようである。

放し飼いの牛が、人間と一緒に共存している様子が、この画面からも見て取れる。

インドではあらゆる場面が、非日常の世界であった。


(トピック)

おめでとう、侍ジャパン!!
遂に原監督率いる「侍ジャパン」が、韓国との決勝戦で延長の末、WBC世界一を獲得した事は、何としても嬉しい事である。
しかもメジャーリーグで活躍中のイチローが、不振を跳ね除けて、肝心な所で意地を見せたのが、痛快と言うしかない。
暗いニュースが多い昨今、日本チームの結束力が世界にアピール出来た事は、特筆すべき快挙である。
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「朝の賑わい」
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時間は朝の6時頃、沐浴場を後にした街の様子である。

普通の日だと言うのに、まるでお祭りのような賑わいである。

こんな時間から、こんなにたくさんの人が行き交うのも、珍しいのではなかろうか。

大半の人は、沐浴を見に来た人か、沐浴に向かう人たちなのであろう。

赤ん坊を抱いたサリーの女性も、これから沐浴に行く所なのだろうか。

我々はこれからこの道を真っ直ぐに行かず、右折して火葬場に向かうのであるが、その行程がまた興味深いのである。

インドではあらゆる場面が、非日常の世界であった。
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「はい・ポーズ」
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まるで私が構えたカメラに応えたような、二匹の牛のポーズである。

白黒のこの牛たちは、さながら夫婦のようであるが、二匹とも雌である。

インドで牛を飼っている目的は、農耕作業の手伝い用か、搾乳のためである。

街中では、農耕は関係ないから、専ら搾乳だけが目的なので、雌牛が多いのである。

それにしてもこの二匹、きちんと両足を揃えて、行儀良くカメラに応えているのが可愛らしい。

食糧事情からか、どの牛もお腹ばかり膨らんで、栄養失調の傾向が有るのが痛々しい。

道路右側には、物乞いをする人々が、並んで座っているのが、この国の貧しさを物語っているようである。
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「沐浴場への道」
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沐浴風景を見ての帰り道、後ろを振り返って撮った光景。

来た時は真っ暗だったので、周囲の光景は見れなかったが、帰り道では、ご覧のように道の先に広大なガンジス河を垣間見る事が出来る。

牛は何処にでものさばっているが、此処では人間と牛が、共存している事がお分かりいただけるだろう。

(お詫び)
10年振りくらいで、本格的な風邪を引いてしまった。
パソコンの画面を見るだけで、頭がガンガン痛くなるので、レスが遅れることをご容赦頂きたい。
すっかり忘れていた風邪の症状を、身に沁みて感じている昨今である。
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「牛の群れ」
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沐浴場を後にして、もと来た道を行くには、再びこの牛達の間を行かなければならない。

おとなしい牛達だから間をすり抜けても、危険性は無いが、糞は落ちてるは、臭いはで、いささか閉口する。

火葬場に行くには、この道をしばらく行った街の中を右折して、細い迷路のような路地を行かなければならない。

とてもガイドさんが居なければ辿り着けそうもない所に有るのだ。

これからしばらく、火葬場までの街中の様子と、路地の様子を載せる事にする。
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「沐浴場を後に」
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ガンジス河の沐浴場の前にある建物を最後の記念に撮影し、此処を去ることにした。

これから向かうのは、此処から歩いて15分くらいの上流に有る火葬場である。

この建物も、嘗ては沐浴をする人や、観光客で栄えたであろうが、今は営業しているのかどうかも判然としない。

唯一向かって左側の一階に有る、電気の点いている部屋が、夜明けと共に僧侶が祈りを奉げる祈祷場である。

此処での沐浴をする人々の様子を現実に見た私は、インド人のガンジス河に対する熱い思いと信仰心を垣間見た思いがしたものである。

世界の四大文明発祥の地の一つ、ガンジス文明が此処に栄えた事は、インド人の誇りであり、此処に集う意味も並々ならぬ物が有るのは間違いない事であろう。
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「沐浴をする人々⑦」
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沐浴の光景は、そろそろこれで終わりとしたい。

様々な思いでここに集まった人々は、此処での体験を一生の思い出とすることであろう。

脱衣所も何も無い此処の場所では、そのまま此処で沐浴用の衣服に着替える人たちでごった返している。

建物の二階は、観光客用のコーヒーショップになっているようだが、とても此処でお茶を飲む気にはなれない。

女性は沐浴が終わると、濡れたサリーの上から別のサリーを被り、着替えるようであるが、男性はパンツの上に衣服を着けて終わりのようである。

暖かいインドでも、冬はかなり寒くなるという。
今頃の時期の沐浴は、どうなのだろうかと、気になったものである。
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「沐浴をする人々⑥」
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順番を待ちながらそれぞれのスタイルで沐浴をする人々。

建物の二階は警察官の詰め所のようである。

沐浴場には、沐浴をするルールや、禁止事項などが書かれているようだが、観光客の我々には、さっぱり分からない。

多分この警官たちは、ルール違反をする人や、危険回避のために、マイクで注意を促しているようである。

しかしそれは、インド各地から長旅を経てやっと此処に辿り着いた人たちも多いことから、かなり大目に見ているようである。

画面はかなり明るく写っているが、あちこちから照明で照らしているためであり、実際には空が白み始めた頃合なのである。
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「沐浴をする人々⑤」
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係留してある舟から見た、沐浴場のアップの光景。

体を白く塗って座り込んでいるのは、修験者である。

こうして此処で祈りを奉げながら、沐浴を繰り返して一日を過ごすのだと言う。

この白い白粉のような物は、一体何なのだろうか。
何か宗教上の意味が有るのか、それとも暑さ除けなのか、聞くのを忘れてしまった。

左に立っている男性の、体の真ん中に生えている毛が気になってしまった。
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「沐浴をする人々④」
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沐浴をする人々の動作は様々である。

火の入った灯明を流す人、河の水をペットボトルに汲み入れる人などなど。

ガンジス文明の発祥の地、ガンジス河に対するインド人の思いは、我々には想像も付かない熱い思い入れが有るのだろう。

赤い泥水としか思えない、この河の中に身を浸す事が、インド人の一生の願いだと聞いたが、それは我々が諸国の寺々に、巡礼に行くのと同じ心境なのかもしれない。

彼等にとっては、荼毘に付した人の灰が流れていようが、僧侶の遺体が流れて来ようが、ガンジスは聖なる水なのであろう。
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「沐浴をする人々③」
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ガンジス河の川辺で沐浴をする人々の様子その3。

まだ真っ暗な内から、沐浴は始まっている。

ボートが繋留してある先には行けないようで、岸辺の監視所で警官が絶えず監視をしている。

此処はあくまでも沐浴場であり、背の立たない場所で、泳ぎをすることを禁止しているからだ。

男性の居る所はかなり深いようだが、二人の女性はそこまでは行かずに、しゃがんで沐浴をしていた。

いくら暖かい国とは言え、朝の5時では矢張り河の水は冷たいであろう。

とても信仰心が無ければ、出来ない所業である。
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「沐浴をする人々②」
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ガンジス河の川辺で沐浴をする人々の様子その2。

老若男女を問わず、様々な格好で河に入っていく姿は、すさまじいものがある。
河の中まで、ずっと石段は続いているようであり、段々と深くなっていく。

女性がサリーを着たままで、沐浴する姿には圧倒された。

長いサリーを着たままだと、さぞ沐浴後は気持ちが悪いのではないかと、つい余計な事を考えてしまう。

男性に余り肥った人が居ないのは、国情によるものなのであろうか。

川辺を照らす照明で様子は分かるが、朝の5時だとまだ周辺は真っ暗である。

思い思いに沐浴をする人々の様子は、信仰心が無ければ、出来るものではないと痛感した。
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「沐浴をする人々」
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ガンジス河の川辺で沐浴をする人々の様子。

老若男女を問わず、様々な格好で河に入っていく姿は、すさまじいものがある。

女性がサリーを着たままで、沐浴する姿には圧倒された。

長いサリーを着たままだと、さぞ沐浴後は気持ちが悪いのではないかと、つい余計な事を考えてしまう。

この泥水だと、少女の綺麗なドレスも汚れてしまうことだろう。
少女が右手に持っているのは、ロウソクを灯した器を川に流すための聖火である。

一人の男性は、河の水をすくい、うがいを何度もしていた。
ペットボトルに、この河の水を聖水として持ち帰るのであろう。

私のカメラの唯一の欠点は、暗い場所でストロボを炊かずに撮影すると、ノイズが出てしまう事である。
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「沐浴場にて」
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ガンジス河の沐浴場に繋留してあった小船に乗って撮ってもらった記念写真。

まだ辺りは薄暗いのでストロボを炊いた。

観光用の船が、政府の指令で河に出られないので、たくさん岸辺に繋留してある。

此処に桟橋から乗れば、沐浴の様子が良く分かると思い立ち、早速その一艘に乗り込んでそこから撮影した。

ガイドのアラムさんから、グットアイディアだと褒められた。

早朝に叩き起こされて此処に来たので、私のまぶたはまだ腫れぼったい。
インド到着のまだ2日目の朝なので、寝不足も影響しているようだ。

しかしこうしたシーンは、一生の内二度とお目に掛れることは無いと思うと、気力の方が勝るものである。
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「ガンジスに集う人々」
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白々と夜が明け始めたガンジス河の岸辺に群がる群衆の様子。

沐浴に来た信者たちと、観光客が渾然一体となってひしめいている。

沐浴をする人たちには、迷惑な話であろうが、観光収入で利益を上げるインドにとって見れば、この様子を一目見ようとする観光客を、無視する事は出来ないであろう。

流石に大河ガンジスは、夜が明けてみると、広い事が実感出来る。

この時は雨季で川が増水し、川舟の上から沐浴の様子を見ることが、インド政府によって禁止されていて、実現できなかったのが残念である。
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「ひまだな~」
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粗末な店先で店番をする男の姿。

お店と言うには余りにも質素な店舗だし、一体何を売っているのか判然としない。

飾ってある巨大な玉葱みたいなものは、一体何なのであろうか。

西日が当たるので、商品の腐敗を防ぐためなのか、布で覆っている物もある。

それでもこの男は、所在無げに店番をしている。

こんな商売がいつまで続くのかと言わんばかりに、半分ふてくされた感じで、物思いに耽っている姿が、インドらしくて印象に残ったものである。
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「アフタヌーン」
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ヴァラナシの街の、午後ののどかな街の光景。

行き交う人や車も、午後のひと時を楽しんでいるようである。

銀座とはかなり様子が異なるが、こうして街を散策するのは、何処の国でも楽しいものである。

カメラを持った我々日本人の姿は、彼等にはどう写っているのだろうか。

我々が興味津々で待ちを撮り歩いている姿は、きっと彼らにも興味深いものに思われている事だろう。

雨が多く寒い日が続く私にとっては、このインドの暑さは懐かしく思われるのである。
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「客待ちの車屋②」
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ドゥルガー寺院の前で、客を待つ人力車の車夫たち、その2。

人力車に乗って見たいと思っても、この顔付きの車夫では、気の弱い日本人は二の足を踏んでしまうだろう。

背景に見える赤い屋根の寺院は、ドゥルガー寺院(通称モンキーテンプル)と言って、猿がたくさん居る事で知られている。

ドゥルガー寺院は、シヴァ神の妃パールヴァティの化身ドゥルガーを祭った寺で、血を好むドゥルガーを祭っているため、建物全てが赤で統一されている。

残念ながら、ヒンドゥー教徒以外は中に入ることが出来ず、外から眺めただけであった。

それにしてもこの車夫たち、客を勧誘するでもなく、客が付かない限り、こうしてのんびり客待ちをするのだから、のどかなものである。
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「客待ちの車屋」
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ドゥルガー寺院の前で、客を待つ人力車の車夫たち。

この背景に見える赤い屋根の寺院は、ドゥルガー寺院(通称モンキーテンプル)と言って、猿がたくさん居る事で知られている。

ドゥルガー寺院は、シヴァ神の妃パールヴァティの化身ドゥルガーを祭った寺で、血を好むドゥルガーを祭っているため、建物全てが赤で統一されている。

残念ながら、ヒンドゥー教徒以外は中に入ることが出来ず、外から眺めただけであった。

それにしてもこの車夫たち、客を勧誘するでもなく、客が付かない限り、こうしてのんびり客待ちをするのだから、のどかなものである。
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「木陰の商店街」
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暑いインドでは、木陰に入るとほっとする。

散策するのにも暑くて、ペットボトルの水を飲み飲み歩くと言った具合である。

インドの人の肌が黒いのは、大昔から暑い国で生活している人々のDNAに色素が沈着したからだろうかと、考えてしまう。

昼間からシャッターが下りている店があるが、これは既に廃業してしまった店なのだろうか。

街にはたくさんの商店が有るが、何処でも余りお客を見掛けない。

これで果たして商売が成り立っているのかと、余計な心配をしてしまうくらいだ。
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「狭い道②」
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道幅ぎりぎり一杯に通り抜けようとする車の様子その2。

バイクのお兄さんの苦労する姿をアップで迫ってみた。

それにしても、こんなバイクをサンダル履きで運転するのだからすさまじい。

この男性が、額に付けている赤い印は、彼が敬虔なヒンズー教徒である証である。

よくもこんな狭い所を、通り抜けることが出来たものだと感心する。

我々を乗せたこの新車が、トヨタ製で、名前がサニーと言うのも、何とも面白い取り合わせである。

車を運転する運ちゃんも、傷を付けられては大変と、ひやひやものであったに違いない。
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