2018年01月の記事


「結婚式」
<<エジプト>--ギザ--


宿泊したギザのホテルで、偶然エジプトの結婚式の披露宴に遭遇した。

我々が宿泊したモーベンピック・ジョリ・ヴィラは、コテージ風に各部屋が独立した別棟であり、娘夫婦と私の部屋は別棟だったので、夜の早い時間を一人で部屋で過ごすのは詰まらないと思い、ホテルのフロントに行きバーで一杯やっていた。

すると突然音楽隊の先導で、結婚式のパレードがホテルに入って来て、フロアー一杯に新郎新婦を中心に親戚縁者が集って、披露宴を始めたのである。

テレビのクルーなどもいて、その様子を一部始終カメラに収めている。

写真の新郎新婦の後ろにいるメガネの恰幅の良い中年男性は、花嫁の父らしく、ホテルフロントに集まって来た我々観衆に挨拶をした後、得意のダンスを楽隊の音楽に合わせて滑稽な振りで披露するなど、実に興味深かった。

一通りの儀式の後、新郎新婦は家族の先導で彼等の宿泊する館に入り、初夜を過ごしていたらしいが、一晩中音楽の絶える事は無く、宴会の模様が、私の部屋まで聞こえて来たのであった。

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「市場の賑わい」
<<エジプト>--ルクソール--


ルクソール神殿の裏にある、モハメット・アブ・バザールの賑やかな市場の光景。

我々の宿泊したルクソール・シェラトンからこの市場までは、歩いて10分くらいの所に有るので、ルクソール宿泊の2日目の夜は、土産物を買いにこの市場に出かけた。

私はある絨毯屋の店先で、お気に入りの柄のソファーカバーの値切り交渉を始めた。

私の希望する価格まで値下げをしないので、そのまま立ち去ろうとすると、店の店主がちょっと待ってくれ、こちらに来て欲しいと、店を通り過ぎた家の裏手の倉庫まで連れて行かれ、此処にも色々良い品物が在庫であるから見てくれ、と言われたが、流石に薄暗い倉庫の中で、身の危険を感じてそこを出ようとした。

私はやはりさっきの品物が良いと、浮足立ってその場を立ち去ろうとしたら、分かった、じゃあんたの言う値段にしようと店主が折れて、商談成立となった。

何とその値段は、最初彼が提示した価格の1/3で、日本円にして1000円を切る値段で豪華なカバーを買うことが出来たのである。


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「市場の賑わい」
<<エジプト>--ルクソール--


ルクソール神殿の裏にある、モハメット・アブ・バザールの賑やかな市場の光景。

我々の宿泊したルクソール・シェラトンからこの市場までは、歩いて10分くらいの所に有るので、ルクソール宿泊の2日目の夜は、土産物を買いにこの市場に出かけた。

私はある絨毯屋の店先で、お気に入りの柄のソファーカバーの値切り交渉を始めた。

私の希望する価格まで値下げをしないので、そのまま立ち去ろうとすると、店の店主がちょっと待ってくれ、こちらに来て欲しいと、店を通り過ぎた家の裏手の倉庫まで連れて行かれ、此処にも色々良い品物が在庫であるから見てくれ、と言われたが、流石に薄暗い倉庫の中で、身の危険を感じてそこを出ようとした。

私はやはりさっきの品物が良いと、浮足立ってその場を立ち去ろうとしたら、分かった、じゃあんたの言う値段にしようと店主が折れて、商談成立となった。

何とその値段は、最初彼が提示した価格の1/3で、日本円にして1000円を切る値段で豪華なカバーを買うことが出来たのである。


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「スフィンクスとビラミット」
<<エジプト>--ギザ--


ご存知ギザに有るスフィンク像と、その背景に聳えると、カフラ王のピラミッドの姿。

此処に有る三大ビラミットはクフ王、カフラー王、そしてメンカウラ王の三人のエジプトの王様のビラミットである。

この三基のビラミットの中で、上部にわずかに化粧板が残り昔の面影を残しているのは、このカフラー王のビラミットだけである。

スフィンクスが作られたのは、ビラミットより更に古く、顔は嘗ての王(不明)、体はライオンの座像とされているが、ナポレオンがエジプトに遠征した時代には、既に顔の鼻の部分がアラブの侵入により削り取られてしまったと言われている。

更に王の象徴である髭は、イギリスの探検家によって持ち去られてしまったとの事である。

これらのビラミットは、嘗てはエジプトの王たちの墓とされていたが、現在はその説が崩れ、他界した王たちが天界に行くための発進基地とされる説が有力だがどうであろうか。

ごく最近三基のビラミットの内、最大の高さを誇るクフ王の墓の中に、巨大な未知の空間が存在するということを、日本の科学技術で発見しというが、果たしてその空間には一体何が存在するのか、興味は尽きない事実である。

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「ハーン・アル・ハリーリ市場」
<<エジプト>--カイロ--


カイロ旧市街にあるカイロ最大の市場の入り口の光景である。

この市場の広さは、ちょっと筆舌に尽くしがたい広大な面積である。

ひとたびこの市場の中に迷い込むと、元のこの位置に戻ることが分からなくなるくらい、入り組んだ通路が縦横に走っている。

約250軒の店がひしめくこの市場の中では揃わぬ物は無いくらい、ありとあらゆる物が売られていると言っても決して過言ではない。

この市場にいったん足を踏み入れると、雑然とした雰囲気に、身に危険があるのではないかと戸惑うが、その心配は無いようである。

気に入った品物が見つかったら、決して言い値で買わずに、辛抱強く値切り交渉をするのが、買い物のコツである。

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「大列柱殿」
<<エジプト>--ルクソール--


ルクソール東岸、カルナック大神殿の第二東門を過ぎた所に、この大列柱殿はある。

この大列柱殿は、アガサ・クリスティの小説を映画化した「ナイル殺人事件」で、巨大な遺跡の一部が石柱の上から落ちてくる場面でも良く知られていて、この映画を見た方はご存知かもしれない。

此処には太さ直径2メートルの大きな石柱が134本も並んでおり、それぞれの石柱にはヒエログリフ(古代エジプトの絵文字)にそれぞれここを支配した王たちの歴史が書かれている。

カルナック神殿は、広大な敷地の中に、膨大な遺跡群が存在し、今でも発掘修復作業が進んでおり、それら一つ一つの遺跡を見て歩くと、とても一日では見切れないほどである。

我々は宿泊したルクソール・シェラトンのホテルを朝出発し、カルナック神殿まで約一時間かけて歩いて行き、此処を一日がかりで見学したが、流石に帰りは草臥れてしまい、馬車に乗って帰って来た時には、既にナイル川に夕日が沈む時間であった。

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「三体のラムセス二世像」
<<エジプト>--ルクソール--


ルクソール神殿に有る、同じ格好をした三体のラムセス二世像の姿。

ナイル川沿岸にあるルクソール神殿は、ルクソール東岸に位置し、カルナック神殿と共に、古代エジプトの王たちの葬祭殿として崇められた。

この三体のラムセス二世像は、ルクソール神殿を入って直ぐの中庭の左奥の神殿の前に置かれている。

ルクソール神殿は、カルナック大神殿の付属施設として、紀元前1400年ころ18王朝アメンヘテプ三世によって建造された。

第一塔門には嘗て2本のオベリスクが建てられていたが、1819年当時の王モハメッド・アリによって、その一本がフランスに友好のしるしとしてプレゼントされ、今はパリのコンコルド広場の中央に聳えていることを知る人は少ないであろう。

エジプトには至る所に、善政を敷いたラムセス二世像があるが、不思議なことにカルナック神殿で撮ったエジプトのボーイスカウトたちとの記念写真の、背景にあるラムセス二世像の足を除き、すべての立像が左足から踏み出しているのが面白い。

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「メムノンの巨像」
<<エジプト>--ルクソール--


ルクソール西岸にある、高さ18メートルのメムノンの巨像の姿。

ネクロポリス(死者の都)の入り口にポツンとある、砂岩で作られたこの一対の巨像は、今は何もないが嘗てはこの背後に、広大なアメンヘテプ三世の葬祭殿が有ったという。

メムノンとはギリシャ語の名前で、嘗てトロイ戦争で活躍したギリシャの英雄、メムノンに由来すると言われている。

嘗て紀元前27年に起こった大地震で外観が破損した後、この像が風を受けると鳴き声を発生したというが、実際には地震で出来た石のずれや、朝夕の気温差によって。石がずれて音が出たのではないかとされている。

はるか彼方の岩山には、盗掘で生計を立てているクルナ村や、王家の墓などがある遺跡群が散見できる。

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「階段ビラミット」
<<エジプト>--サッカーラ-


此処サッカーラに有るビラミットは、現存する世界最古の(紀元前2650年建造)階段状のピラミッドである。

広大な砂漠の中にあるこのピラミッドの周辺には、古代エジプト人の王や貴族、市民の20人以上の墓が広がっている。

この初代ジョセル王のビラミットの中には、ビラミット・コンプレックス(葬祭殿、神殿等の一連の建造物と合わせた複合建造物群をこう呼ぶ)の中から入ることが出来る。

ギザに有る三大ピラミッド(クフ王、カフラ王、メンカウラ王のビラミット)は、このジョセル王の階段ビラミットが出来た50年後に作られ、ビラミット建造の最盛期を迎えるのである。

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「スフィンクス」
<<エジプト>--メンフィス-


嘗てのエジプトの首都であったメンフィスにある、スフィンクスの石像。

あのギザのピラミッドの前にある巨大なスフィンクスと違い、身近な存在に感じられる童顔のスフィンクスである。

このスフィンクスは、光を通す石材のアラバスタで作られている。

モデルの顔は、エジプトで最も人気があり権勢を誇り、長年善政を敷いたラムセス二世である。

ギザに有るスフィンクスは、ナポレオンがエジプトを征服した時には、既に顔は風化して崩れていたが、此処メンフィスに有るラムセス二世の凛々しくもありかつ童顔であるハンサムな顔であったに違いない。

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「郊外の風景」
<<エジプト>--メンフィス-


嘗てエジプトの首都であったメンフィスの長閑な郊外の光景。

メンフィスを訪れた時、その昔エジプトの首都が此処に有ったとはとても思えないくらい長閑な光景が広がっていた。

乾いた土地のあちこちには椰子の木が生い茂り、道端では親子らしい母子が果物などを売っている。

しかし此処には、ラムセス二世の立像や、アラバスタのスフィンクスなどが遺跡として残っているのを見ると、嘗てエジプトの首都としての名残を留めている事を知ることが出来る。

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「黎明」
<<エジプト>--ルクソール-


ルクソール・シェラトンの、ホテル窓から眺める街の夜明け前の光景。

新年明けましておめでとうございます。

昨年は色々と有った年ですが、今年も無事穏やかな新年を迎えることが出来ました。

このページも開設以来20年、提供サーバーなどの撤退など幾多の変遷が有りましたが、こうして未だに存続出来ることに喜びを感じています。

思い起こすと、数々のページ提供者のネット撤退や他界などがあり、高齢化も手伝って寂しさも募りますが、また新規参入の新設者の台頭もあり、新たな局面を迎えつつあることも事実です。

何はともあれ、今年もよろしくご好誼のほどお願いいたします。

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