「不穏な雲」
<<日本>--自宅付近--


西の空に急に現れる不気味な雲の光景。

ここ数日、遠く離れて来襲する台風の影響か、午後になると怪しげな雲行きとなり、雷を伴ったにわか雨が来襲する。

空の様子はその日によって異なるが、このようなおどろおどろした雲は珍しく、夏の風物詩の入道雲とはちょっと異なった光景である。

この雲が現れると同時に、辺りは急に薄暗くなり、激しい風雨がベランダを叩きつける。

9月に入り多少涼しくなると期待したが、相変わらず残暑が厳しく、爽やかな秋空になるのはいつになるのだろう。

しかし、毎日現れる怪しげな雲の様子をベランダから眺めるのも、コロナ禍で在宅時間が長引く日々には新しい習慣なのかもしれない。

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「鰻屋」
<<日本>--川越--


川越にある鰻屋の店先の光景。


川越は、さつま芋と合わせて、鰻屋の多いことで知られている。

市内に存在する鰻屋が何軒有るのかは分からないが、昔から鰻屋が多い理由は何故なのか気になる所である。

それぞれの店の味の善し悪しは、好みもあり何とも言えないが、地元川越の住人に聞くと、近県に知られた有名店とは異なり、意外とあまり宣伝をしていない昔ながらの鰻屋を推す人が多いのである。

この店は大正ロマン通りの突き当りにある鰻屋だが、昔は鰻屋ではなかったような気がするが、味はどうなのであろうか。


旧家を改造して鰻屋にしたようであるが、機会を見て一度その味を味わってみようと思っている。

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「昔ながらの」
<<日本>--川越--


古くから川越で納豆造りをする店先の光景。

今ではスーパーからすっかり影を無くしてしまった、ひごや藁に包まれた納豆を製造販売するこのお店の歴史は実に古い。

小粒の納豆が主流になってしまった納豆だが、ここの店の納豆は、昔ながらの大粒の納豆である。

今は亡き母方の叔母さんが我が家を訪れる時に、必ずお土産に此処の店の納豆を持って来てくれたことを思い出す。

実家の近くの路地の片隅に今でもこの店が有ることを探し出し、川越に行く時は必ず、ここの店で納豆を買うことが習慣となり、少し高めの三角納豆を多めに買ってきて、近所の家にもお裾分けなどしている。

聞けば今は年老いたご夫婦が、納豆造りを続けているとのことだが、味と懐かしさで、結構地元民はもちろん遠方から買いに来てくれるお客さんも多いのだと言う。

商売を度外視した味中心のこんな店が、いつまでも続いくれることを願うのである。

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「迎え盆」
<<日本>--自宅付近--


今年のお盆の迎え火の日の墓苑の光景。


旧盆の時期となった入盆の夕時、例年通り迎え火を灯すために墓参りに行った。

遠雷の聞こえるせいもあるが、今年の盆の入りは例年とちょっと異なり、いつもなら提灯を持った老若男女で賑わう墓地だが、コロナ禍の影響か、訪れる墓参客は少なかった。

我々の子供達や孫たち親族にも、今年のお盆は来訪を控えるように伝えたので、寂しいお盆の入りとなった。

コロナ禍の第二次感染期とも思われる昨今、必然的に日頃の生活習慣も、変えざるを得ない日常となりつつある今年の夏である。

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「夏空」
<<日本>--自宅付近--


真夏の定番、入道雲が夏空に我が物顔に顔を出す光景。

長引く梅雨が8月に入りやっと梅雨明けとなった途端、真夏日が続き見事な入道雲が広がった。

正に例年に変わらぬ夏の光景だが、今年の夏はちょっと違う。

コロナ禍が世界を覆い、マスク無しでは外へも出られない今年の夏であるが、お盆も近付いている昨今、東京に在住する子供や孫たちにも、都をまたいで墓参りに来ることを辞退せざるを得ない現状に、一抹の寂しさを禁じ得ない。

こうして肉親との交流が少しずつ疎遠になる現状を、残り少ない歳月をどうして過ごして行くのかが、今後の課題になるのではないだろうか。

けだし天災に振り回される現状に惑わされず、新たな生活様式を模索しつつ、前向きに生きて行く目標を見付けて行くことが必要であろう。

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