2006年07月の記事


「夏草の中に」
--エフェソス--

地中海文明の中では最重要遺跡に数えられるエフェス遺跡群の静かな佇まい。

手前の石柱を通して、夏草の中に置かれた古い石像たちを見ていると、遥か遠い古の時代に思いが馳せるのを感じる。

これは紀元前一世紀に建てられた、メミウスの碑と呼ばれる三体の像である。

ローマの悪政に対する民衆の抵抗運動「ポントスの乱」を指揮し、エフェスを守ったローマの独裁官、スラと息子のガイウス、そして孫のメミウスと言う三代にわたってエフェスを統治した偉大な先達たちの像なのだ。

三体とも余りに古いために、顔を削られたり、胴の一部が欠けていたり、まともな像をなしていないものだったりと、様々である。

しかし雨曝しの中に立つこれらの像が、私には却って作り物でない現実感を持って迫ってくるようで、感慨を新たにしたものである。
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「ナイキ」
--エフェソス--

地中海文明の中では最重要遺跡に数えられるエフェス遺跡の中にある女神像。

今や世界で最も有名になった、スポーツ用品メーカー「ナイキ」をご存知で無い方はいないだろう。

何とあの商標のスラッシュラインは、この「勝利の女神」ナイキのスカートの裾から取ったのだと言う。

左手に月桂樹の輪、右手にとうもろこしの穂を持って勝利の舞を天空で舞っている姿なのだ。

ナイキはギリシャ語ではニケ、ルーブル美術館の階段の踊り場正面にある、頭の無い「サモトラケのニケ」の像をこの時思い出した。

嘗てナイキメーカーの創始者が此処を訪れて、この像を見て、自分の会社の名前と商標にしたと聞いて、驚きの声を上げたものである。

こんな遺跡が、事も無げに雨曝しで、無造作に置いてある所が、このエフェス都市遺跡の凄さだと舌を巻いたものである。
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「エフェス都市遺跡」
--エフェソス--

地中海文明の中では最重要遺跡に数えられるエフェス遺跡の景観。

私は有史以前の遺跡の中で、これだけ大規模な都市構造を残した遺跡を見たことが無い。

我々は遥かに続くメイン通りのずっと先の丘の麓から、此処まで歩いて来たのだ。
私が撮影したこの場所は古代都市の中心部で、一万冊以上の蔵書を有した巨大な図書館跡の、石段の上からであった。

紀元前二世紀、ローマ帝国の属領として栄えたこのエフェス都市は、帝国有数の都市として、繁栄を謳歌した。
その名は今でもトルコの代表的なエフェスビールの名前にも残っている。

かのエジプトのクレオパトラ女王が、ローマのアントニウスを助けるために200艘の船と共に此処に上陸し、彼と束の間の甘いひと時をこの地で過ごしたと言われている。

まだまだ続くこの巨大な都市遺跡の中を一時間以上も探索する時、私は時空を超えてタイムスリップし、古代の人になった感じがしたものであった。
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