2000年11月の記事


永遠の一瞬・60
「 ―― サブロウ、サブロウ、なんでサブロウが……」
 シーラはほとんど泣きべそをかきながらハンドルを握る。タケシは素早くオレの袖を破り、肩を縛ったあとボウガンの矢を抜いた。オレの全身に激痛が走って血液が噴き出す。少しは毒が流れてくれるといいんだけど。
 あんまり長い時間正気を保っていられる自信はなかった。本部はオレの脱出経路を予測してか、あの50センチのビルの隙間からボウガンで狙ってきた。銃にしなかったのは即死させたくなかったからだろう。奴らの思惑通り、オレはタケシに連絡して現場を脱出することに成功した。
「シーラ、運転を代わるからサブロウを手当てしてやれ!」
 今のシーラの運転はかなり危険だ。タケシはそれに耐えられなくなったんだろう。走りながらタケシが運転席に移って、シーラが後部座席にやってきた。
「サブロウ! しっかりして! すぐに手当てするから!」
 男の化粧をしたシーラの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。それでも手早く救急箱を用意して、オレの腕に消毒液をかけてくれる。毒の傷みで既に飽和状態のオレには消毒液の痛みなんて微々たるものだ。そろそろヤバイかもな。一般人よりも多少毒への抵抗力はあるつもりだけど、ボウガンの毒は間違いなく致死量を越えてるはずだ。
 考えろ。本部はここまでやったんだ。だったら間違いなく次がある。確実にオレを殺せる手を打ってくる。そのチャンスはホテルの駐車場から中に入るまでの僅かな区間だ。潜入先のホテルを悟られたらオレの命は終わる。
「サブロウ、サブロウ」
 シーラが泣きながらオレの胸をゆする。大丈夫だシーラ。オレはまだ生きてるよ。
「シーラ。予約したホテルはどこだ!」
 タケシの言葉にためらいながらもシーラは答えた。
「えーとね! サングロリア、ウォーターハット、菊姫荘、新月、と、センチュリー!」
 センチュリー?
「判った!」
 タケシが目的地を定めたようにスピードを上げた。タケシが決めたホテルがどこなのかは判らない。だけど目的地はセンチュリーだ。シーラが選んだセンチュリーは、ルートセンチュリーじゃない。センチュリーヴィラの方だ。
 オレは目を見開いてシーラを見た。そして、何とか笑って見せる。かなり歪んではいたけど、笑ったことは伝わっただろう。残った左手で唇に手を当て、シーラを黙らせたあと、腕を伸ばしてバックミラーの前に指文字を作った。
 気付いてくれ、タケシ。オレが生き延びられるとしたらここしかないんだ。シーラが選んだ遊び心いっぱいのホテル。奴らの裏をかけるのは、シーラの気まぐれだけなんだ。
 その先、どうなったのか、オレは知らない。
 毒にむしばまれたオレの身体は、意識を保つことが出来なくなっていた。
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永遠の一瞬・59
 ここまでは完璧だ。すべてが予定通りに運んでたし、本部が動く気配もない。仕事自体は簡単な方で、機材の接続作業に3分、ファイルのダウンロードに約5分、片付けて脱出するのに3分、侵入からだと合計15分程度で完了する。この程度の仕事なら過去にいくらでも成功させてきた。オレたちはそれほど優秀じゃないし、年齢的にも熟練というほどのスターシップじゃないから、本部もややこしい仕事は回してこないんだ。本部が1番恐れてるのは、仕事に失敗して逮捕されたメンバーから組織の全貌が漏れることだったから。
 オレが運んできた機械にはすでにコンピュータのパスワードが記録されてて、接続さえ誤らなければ自動的にダウンロードを始めてくれる。オレは機械の表示を確認して、作業が順調に進んでることを知った。記録が完了すればあとはこの機械を本部に持ち帰るだけだ。解析その他は本部が勝手にやってくれる。
 やがて機械が止まって、オレは接続を外す作業にかかった。それもすぐに終わって、きた道を脱出する。ドアに鍵をかけ、窓を開けて水道管に取り付く。その時だった。突然右腕に痛みを感じたオレは水道管から手を離してしまったのだ。
 落ちてゆくのは一瞬だったはずなのに、ずいぶん長く感じた。すぐに腰の部分が引かれてぶら下がる格好になる。命綱がなければ地面に叩きつけられて命はなかったかもしれない。だけどそれどころじゃなかった。右腕から全身に渡ってすさまじい激痛にみまわれたから。
「っくっ……そぉ……」
 落ちたせいで間近になった2階の窓に滑り込んで命綱を外した。廊下に寝転がるようにして腕を見る。突き刺さっていたのはボウガンの矢だった。たぶん毒が塗ってある。そうじゃなければたかがボウガンがこんなに痛いはずはない。
「……タケシ……」
 異変に気付いたのだろう。タケシからのいらえはすぐにあった。
『どうした、サブロウ、しっかりしろ!』
「……撤収……何分だ……」
『撤収だな! 1分で完了する』
「窓の……下……」
『判った! 待ってろ、すぐに行く!』
 タケシを待っている間、オレは落ちた血液を衣服でぬぐった。こんなところに証拠を残す訳にはいかない。身体は既にかなり熱を持ってるらしくて、ドクドクと早い鼓動に震えてる。痛みに気を失いそうだ。だけど今は矢を抜く訳にもいかない。タケシ、早くきてくれ。
『サブロウ! どこにいる!』
 声はマイクに入った。タケシはたぶん窓の下にいる。確かめもしないでオレは窓枠を乗り越えた。
  ―― どさ……。
 さすがに窓を閉めることは出来なかった。
 タケシはオレを肩に背負って引きずるように歩き始めた。何も訊かない。黙ってオレを受け止め、シーラに指示を与えながら車までの道のりを急いだ。オレは気が気じゃなかった。狙撃手がオレにとどめを刺すために再びボウガンを発射して、それがタケシに当たるかもしれなかったから。
 だけどその心配は単なる杞憂に終わって、タケシがオレを後部座席に運び込んだあと、ワゴン車は発進していた。
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永遠の一瞬・58
 シーラが車のスピードを落として、やがて静かに停車した。助手席からタケシがほとんど音を立てずに滑り出してゆく。再び走り出し、2回角を曲がって、表通りで停車。その間に助手席に移動していたオレは、誰にも見られていないことを確認したあと、素早くビルの玄関前に立った。
 昨日作っておいた合鍵で硝子扉を開け、防犯装置が働いていないことを確認して中へ。入口の温度センサーは気にしないで通過。背広の内側につけてある小型マイクに声を入れた。
「シーラ、聞こえるか?」
 間もなく、シーラからの反応があった。
『聞こえるよ』
「待機場所は予定通りか?」
『変わってない。安心して』
「了解」
 たぶんシーラも判ってるんだな。盗聴器をはばかってか、余計なことは一切言わなかった。
「タケシ、首尾は」
『機材の設置は終わった。こっちは任せろ』
「了解。頼りにしてるよ」
 そんな会話を交わしながらまずは2階への階段を上がった。上がり切ったところにも温度センサーがついている。それも通過して、階段からフロアへの扉の鍵を開ける。ここまで行くとセキュリティ会社に自動的に通報がいくことになってるんだ。
 思った通り、通路から壁を隔てた会社の電話が鳴り響いた。オレはその会社に入る鍵は持ってない。しばらく通路で待ってると、4回ほど鳴ったところで電話が取られたのかベルの音が消えた。
 この電話を取ったのはタケシだ。タケシはこのビルの配電室に潜入して、電話回線をすべて手持ちの機械に繋げてるんだ。
 タケシが電話を終えた頃を見計らって、オレは通路からの窓ガラスを開け、ビルの外へ顔を出した。
 そこはビルとビルの間で、隣のビルとの隙間は僅か50センチほどしかない。そんなところに窓があるのも変だけど、たぶんこのビルが建った頃は隣はビルじゃなかったんだな。今回のシーラの狙い目が、実はここなんだ。下から這い上がるのはオレには無理だけど、ここからなら水道管が通ってるから、隣のビルとの隙間に身体を寄せて4階まで伝うことが出来るんだ。
 オレは水道管に命綱を絡ませて、少しずつ上っていった。2階分の落差は約6メートル。とりあえず鍛えてはいるけどタケシほどじゃないからな。体重に機材の重さがプラスされてることもあって、辿り着くまでにかなり体力を消耗することになった。
 4階通路の窓は、オレの催眠術が成功した証か鍵はかかってない。身体を滑り込ませて、いよいよ目的のプラズプランニング社に入った。
 目的のコンピュータの電源を入れて、僅かな明かりを頼りに、オレは持ってきた機材を繋ぎ始めた。
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永遠の一瞬・57
「 ―― サブロウ、起きてるか」
 声をかけられて目をあけると、あたりは既に真っ暗で、ワゴン車は駐車場に止まっていた。
「ああ、……今起きた」
「先に入ってるぞ」
「OK」
 タケシとシーラが車を降りて、腕を組んで店に向かって歩いていくのが見えた。場所は国道沿いのイタリアンレストランだ。車は店からは直接見えない駐車場の1番隅の方に停めてある。
 それから15分くらい待って、オレは車を降りた。レストランの中に入ると、時間がずれてるせいかそれほど客は多くなかったのだけど、その数少ない客たちの視線はほとんど窓際のテーブルに座るタケシとシーラに注がれてた。
 ウェイトレスですらオレが入ってきたことに気付かないくらいだ。これだけ2人が目立ってくれれば、オレがこの店に来たことなんか誰も覚えてないだろう。
 大急ぎで食事をして、2人より先に店を後にする。車に戻ってしばらく待つと、2人が食事を終えて戻ってきていた。運転席にタケシ、助手席にシーラ。すぐに車を発進させて、暗闇の国道を走り出す。と、シーラが座席を倒して、そのエレガントな服装にはまるでそぐわない仕草で後部座席に乗り込んできた。
「サブロウ、先に着替えさせてくれる? なんか肩こっちゃって」
「なんでよ。もったいないじゃん、絶世の美女なのにさ」
「だったら今度からサブロウが女装しなよ。その方がぜったい目立つよ」
 ハハハ、確かにね。今のオレが女装するとどう見てもオカマにしか見えないから、タケシと並んだら目立つこと間違いないだろうね。
 これでも身長が伸びる前ならけっこう美人だったんだけどな。変装の単位を取るためには女装も必要だったから、一応ひと通りのことはやった覚えがある。タケシの女装はちょっと許せないものがあったけど。
 シーラに場所を譲って助手席に移動してしばらく。服装を変え、化粧を落とし、別の化粧を施したシーラはまた別人と化していた。含み綿で顔の輪郭も変わってるから、もう18歳の女には見えない。20歳台くらいの平凡な男に変わっていた。
「タケシ、今どのへん?」
 声も少し男っぽく作ってる。暗闇の中でなら、よっぽど何時間も接していないことには、シーラを女だと見破ることはできないだろう。
「あと20分くらいだろう」
「先にオレが着替えとくよ。シーラ、交代して」
 再びオレは後部座席に移動して、今度は目立たない作業着に着替える。オレの作業着は平凡な会社員風の黒の背広だ。そのあと運転をシーラに交代して、タケシが配電工風の服装に着替えた。
 国道から交差点を曲がって、徐々に川田ビルに近づいてゆく。いよいよだ。
 もう1度装備を確認して、オレは気持ちを引き締めた。
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永遠の一瞬・56
 オレは着替えをして、今日使う衣装を用意したあと、タケシと一緒に荷物の整理をした。タケシの車は本部に置いてきてるから、荷物は今日のうちにオレの車に運び込んでおく。それだけの作業を終えると、時刻は6時を回った。
「ちょっと早いけど出ようか」
「ああ、そうだな。シーラを呼んでくる」
 夕食は途中で時間を見計らって摂ることにしてたから、タケシは何も言わずにシーラを呼びに部屋を出て行った。今日は土曜日だから、道路の状況も普段とは違うだろう。でもまあ、決行の時刻はあくまで目安で、多少前後したとしても構わないんだけどね。あんまり遅れるとセキュリティ会社に疑われるけど。
 タケシに連れられて部屋に入ってきたシーラを見て、オレは一瞬息をのんだ。
「……何度見ても馴れないな。シーラ、君はほんとに、世界一の絶世の美女だ」
 今日のシーラはばっちり化粧をして、着ているものも割に身体の線がはっきり出たいいセンスのパンツ姿だったから、いつものシーラとはまるっきり別人みたいだった。タケシの方も割におしゃれに決めてるから、2人並ぶとほとんど美女と野獣だ。……って、別にタケシをバカにしてる訳じゃないぜ。タケシくらい個性が強くなかったら、今のシーラと並んだらぜったい霞んじまうだろう。
「そーお? でもいまいち髪が決まってなくない?」
「完璧じゃない部分がひとつもなかったらかえって変だよ。 ―― うん、これなら大丈夫。目立ちまくること間違いなし」
「よかった」
 かくいうオレはそれほど個性的でない、平凡な平服を着てたりする。だからシーラとタケシの傍にいると霞みまくってる訳だ。この服装は現場到着までのもので、だからシーラの美女振りを見られるのもそれまで。もったいないといえばそうなんだよね。
 シーラの荷物を持って駐車場まで行って、車に荷物を運び込んだあと、オレたちは例の盗聴ワンボックスに乗り込んだ。運転席はタケシで、助手席がシーラ。オレは濃い色のスモークのかかった後部座席でのんびりさせてもらう。盗聴器があると思うとそれほど神経は休まらないだろうけど。
「少し眠れよ」
 タケシが振り返って言ったから、オレはわざわざ助手席に乗り出して、シーラの耳元で言った。
「そこの美人のお姉さん、オレがゆっくり眠れるように、添い寝でもしてくれませんか?」
 真っ赤になったシーラに思いっきり殴られて、オレは昏倒した。
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永遠の一瞬・55
 深酒にならない程度にシャンパンで宴会をして、たわいない会話でリラックスできるようにした。そのあと、オレはワゴン車の鍵を受け取って、2人を置いて部屋を出る。目的は機材の確認だ。だけど、本部が用意した車に変な仕掛けがないかどうか、そのチェックの方が重要だった。
 必要ないとは思ったけど、一応外見もひと通り確認した。そのあと運転席のドアを開けて、内側から他のドアに仕掛けがないかどうかチェック。念のため全部開けてみてドアの内部もチェック。ドアを閉めてから、本命の盗聴器のチェックを始めた。
 盗み聞きってのは、たとえそれが盗聴器越しだろうがなんだろうが、感覚でなんとなく判るもんだ。ドアのチェックを始めたあたりからチクチク人の気配を感じてたから、オレは直感を頼りに盗聴器を探した。これにかなり時間をかける羽目になった。信じられないことに、オレが見つけられただけで15個もあったんだ。
 シガレットプラグや方向指示器の中にあるのなんかは取り外したら走行にも影響が出るし、そもそもオレは取り外す気はなかったから結局そのまま置いておくしかないんだけど、車の中のほとんどを網羅したこいつらはまるで走る盗聴器だ。車ってのはよっぽど仕掛けのしやすい代物らしい。これ、ぜったいタケシも気付いてるぞ。下手したらシーラだって気付いてる。いったいどういうつもりでこういう事をやってるんだ本部の連中は。
  ―― オレだけじゃないのか? 奴ら、タケシやシーラも始末するように、方針を買えたのか?
 オレは機材のチェックを大急ぎで終えて、部屋に戻った。
「ただいま、タケシ」
 部屋の中ではタケシが荷物を片付けていた。このホテルに滞在するのは今日までだ。おそらくシーラも自分の部屋で荷物を片付けてるんだろう。
「ああ」
「なんだよあれは。オレはあんなモン持ってこいなんて書かなかったぜ」
「オレに怒るんじゃねえよ。……たぶん、お前が本部を信頼してるのと同じくらい、本部もお前を信頼してるんだろうぜ」
「……なるほどね。確かに計算は合うか」
 2、3個なら何とでもできた。偽の情報を流して撹乱させるくらいのことは。だけど15個もあったらタケシと必要な情報交換すら出来ない。……いや、そうでもない、か。
「どうする。レンタカーでも借りるか?」
「それも考えたけどね、でも、いいよ。今回はこれでいこ。そうとう胸糞悪いけど作戦に支障はないし」
 そうなんだ。敵が本部である以上、作戦に支障が出るような方法はとらない。それさえ抑えれば奴らがなにを狙ってるのかが判る。シーラとタケシは盗難品の運搬に必要だ。だから奴らの狙い目は、オレがビルから脱出して車に乗り移るまでと、車を降りてホテルに入るまでの2ヶ所に限られる。
「サブロウ、……たぶんシーラも気付いてたぜ」
 どうやら、無事に仕事を済ませたとしても、オレにはまたシーラとの対決が待ってるらしい。
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永遠の一瞬・54
 タケシとシーラもそれぞれグラスを取り上げた。目の高さに掲げる。
「目標は川田ビル4F、プラズプランニング社のコンピュータ内にある機密文書。 ―― タケシ、オレが死んだらシーラを頼むね」
 スターシップのメンバーは、死んでも何も残らない。だから心を残すことだけが許されていた。これはオレたちが心を残すための儀式だ。タケシがうなずいたのを確認して、オレはシーラに向き合う。
「シーラ、オレが死んだら遺灰はエーゲ海の海岸に ―― 」
「行ける訳ないでしょ! んもうっ! たまには真面目になれ!」
 ハイハイ、すみませんでした。
「次、タケシ」
「ああ。……サブロウ、シーラのことをちゃんと見てやれ」
 タケシの科白はいつもこんな感じだ。
「いつでもちゃんと見てるよ。……お前に言われなくてもね」
「シーラ、オレが死んだらオレのことは忘れろ」
「……忘れる訳ないだろ。……なんでいつも2人ともあたしが出来ないことばっかり言うんだよ……」
 そうかもしれないね、シーラ。だけど、それがオレたちの願いなんだ。君には世界で一番幸せになってほしい。死んだ人間になんか囚われないで、笑顔でいて欲しいんだ。
「シーラ」
「あのね、あたしたちはぜったいに死なない。サブロウも、タケシも、あたしも、誰も死なないで戻ってくるの。だから遺言なんかしない。2人とも、死んだら許さないかんね!」
 そうだな、オレが死んだら、あの世でシーラに殺されかねない。
 シーラの言葉もいつもと同じなのだけど、その言葉は今のオレにはすごく心強く響いた。
「だそうだ。 ―― それじゃ、作戦成功を祈って、乾杯」
 2人は唱和して、オレたちはシャンパンを飲み干した。
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永遠の一瞬・53
 怖いと思うことはたくさんある。オレはずっと狙われ続けているから、仕事をすることそのものもすごく怖かったし、極端な話、部屋の外に出ることすら怖いことがある。食べるのも寝るのも、生きていること自体が怖かった。だからいつも考えないようにしてる。感受性のレベルが恐怖を敏感に感じるあたりまで落ちないように、気楽にいいかげんに過ごすようにしてた。
 タケシがシーラを捕まえてくれたら、少なくともシーラの視線への恐怖はなくなるんだ。もしもほんとにそうなったらオレはたぶん淋しいだろうけど、そんな淋しさよりも安心感の方がはるかに大きい。タケシにはそのへんが判らないんだろう。たぶん思ってもみないんだろうな。オレやシーラの気持ちに遠慮してるその優しさが、オレ自身の恐怖をあおってるだなんて。
 それとも、もしかしたらタケシも同じなのか……?
「 ―― サブロウ、なに考えてんだ」
 部屋に戻ってきて、ベッドの上で考え事をしてたオレの目の前で、手をヒラヒラ振りながらタケシが言った。見るとシーラが既にテーブルにグラスとシャンパンを用意してる。そうだな、考えてる場合じゃないか。少なくとも狙われてるのはオレだけで、組織はまだシーラとタケシを必要としているんだ。
 だからオレ以外に危害が及ぶような作戦は取らない。シャンパンに毒を入れるとか、ワゴン車に爆弾を仕掛けるとか。たぶん、失敗するのも覚悟でオレだけを狙ってくる。タケシやシーラを教育する前の幼い頃みたいに、全員いっぺんに片付けるようなことはしないはずだ。
「ちょっとね、イメージトレーニング」
「あの作戦に何か不安があるのか?」
「作戦に文句はないよ。前のときもうまくやったしね。……それじゃ、始めよっか」
 そう言ってベッドから降りて、オレはグラスを取った。
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永遠の一瞬・52
 4歳の頃に見たそのデータがオレを変えた。今でもすべて覚えている。あの頃判らなかったデータの意味は、成長していく過程で少しずつ理解していった。あの頃に戻りたいなんてオレは思ってない。あのデータに出会わなかったら、オレはシーラとチームを組むこともなかっただろう。
 今の時間を守るためなら何でもできると思った。
「サブロウ……今の話ほんとう?」
「……タケシ、約束は守れよ」
「シーラを下着にしたお前が悪い」
 なに根に持ってんだよタケシ。お前、暗いぞ。
「本当なの? ちゃんと答えてよ、サブロウ」
 ……まあ、振ったのはオレなんだけど、なんで今ここで寝小便の話なんかしなけりゃならないのかね。
 とは思ったけど、どうにもシーラがあきらめる気配がないから、仕方なくオレは答えていた。
「まあね、オレも生きてるし、そういうこともあるでしょ。 ―― 判ったらこの話はおしまい! 飯を食え!」
 たぶんオレは何かが足りないのだと思う。シーラを怒らせたり、タケシを口ごもらせたり、そういうシチュエーションが通じなくなる瞬間を恐れてる。生きることに真面目に取り組んだらオレの何かが崩れる。本心を見せたら最後、すべてを話してしまう気がする。
 ほんと、タケシがシーラに告白して、シーラを夢中にさせてくれたら、なにもかもよくなるのに。
 だけどタケシにオレの気持ちを察して欲しいと思うのもオレのわがままだな。何も話さないですべてを判って欲しいなんて、虫が良すぎるって。
 シーラと目を合わせるのが怖くて、ずっと下を向いて食べることに集中してた。そうして、あらかた食事が片付いたところで、オレは言った。
「タケシ、部屋にグラスあった?」
「ああ、何かあっただろ。……今日は早いな」
「場所が遠いからね、早い方がいいと思って。酔っ払い運転はして欲しくないし」
「到着まではオレに任せろ。お前は車の中で少し寝ておけ。……今日は少し変だぜ」
 判ってる。オレは今日は変だし、その理由も知ってる。本部がどんな手を使うのか、まだ見えない。
 いずれ訪れる、この時間が終わる瞬間を待つ恐怖に、オレはいつまで耐えることができるだろうか。
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永遠の一瞬・51
 作戦会議の後、オレにとっての朝食、2人にとっての遅めの昼食を、ホテルのレストランで摂ることにして部屋を出た。ここもシーラが選んだホテルなだけあって、全般的に食事がおいしい。その他の娯楽施設なんかはあんまりないんだけどね。シーラはそれが物足りなかったらしいな。次の潜入場所にシーラが選んだのは、そういう施設がわりに充実したホテルばっかりだった。
 4人がけの丸テーブルに腰掛けて、てきとうに注文を済ませて顔を上げると、タケシがオレの顔を見てニヤニヤしていた。
「なによ」
「いや……シーラの張り手もかなりの威力だな」
 どうやらオレの顔はそうとう腫れてるらしいな。今日は誰に顔を見られるわけでもないから、多少変形してたとしても構わないんだけど。
「そのうち1度体験してみろよ、半端じゃなく痛いんだからな」
「オレはお前ほど女心に冷淡じゃねえよ」
「なんだよ2人とも。あたしだってサブロウがあんな事しなかったら怒ったりしないんだからね」
 あんなこと、って、オレは実質何もやってないんだけどね。
 だけどシーラにとっては何もしなかったことの方が気に入らないみたいだ。ったく、面倒っていうか、手間がかかるっていうか。
 女として扱ってもらいたいならもう少し大人になればいいじゃないよ。……とはいっても、シーラが大人になる方が、オレは困ったりするんだけどね。
 シーラにはいつまでも子供のままでいて欲しいって、オレは思ってる。大人になんかならないで欲しい。恋も何も知らないまま、いつまでもオレの傍にいて欲しい。その方がどれだけ楽だっただろう。
「そういや、シーラはおねしょがなかなか直らなかったよな。何歳まで一緒に謝りに行ってたっけ」
 オレが言うと、シーラは真っ赤な顔をして無言でオレを殴った。さすがに顔面平手は目立つから、拳固で頭と肩を数発ずつ。
 フォローのつもりか、タケシが言った。
「シーラ、お前は知らねえだろうけどな、サブロウは最近1回やってんだ。だから最高年齢はサブロウの方が上だぜ。安心しな」
 おいおいタケシ! あんまりオレのメンツ潰すようなこと、気軽にシーラに話すなよ。確かこのことはシーラに内緒の約束だったはずだぜ。
「そうなの? だったらぜんぜんあたしのこと言えないじゃない。ずるいよ」
「そのくらいサブロウが抱えてる精神的重圧はすごいんだ。……大人に扱ってもらいてえんなら少しは察してやれ。お前が見てるサブロウがすべてじゃねえんだ」
 そのタケシのフォローにはどうコメントしていいか判らなくて、オレは何も言うことができなかった。
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永遠の一瞬・50
 簡単に顔だけ洗って、オレは2人の向かいのソファに腰掛けた。テーブルには川田ビルの見取り図と、付近の詳細な地図、地域の道路地図なんかが広げてある。全員そろった手順の確認は最初で最後になる。これをおろそかにすると、現場に出てから苦労する羽目になる訳だ。
 実は今いるホテルから川田ビルまで、直線距離でも100キロはあるんだ。車で順調に進んだとしても2時間はかかる距離で、土曜の夜だから更にかかる可能性もある。深夜11時に忍び込もうと思ったら、最低でも夜の8時には出ないとならない。実際はもう少し早くなるだろうな。車の運転は、最初はタケシが担当して、近くなってきたらシーラに代わる。
「シーラ、国道からの道をもう1度説明して」
「判った。……国道から伊那の交差点を右折してまっすぐ。踏み切り近くはたぶん混むから、ここ、六道の交差点で左に折れて、しばらく行ったここのT字路で一方通行を右折するの。3つ目を右、道なりに走って、カーブのすぐあとの路地を入ると川田ビルの裏に出るから、ここでタケシを下ろす。そのあと走り過ぎてすぐの十字路を左に曲がって、すぐ左。川田ビルの玄関前までくるからサブロウを下ろす。そのあとあたしは先のチケットパーキングで連絡待ちの予定」
「場所が空いてなかったら?」
「その時は仕方ないからしばらく走ってるよ。……でも、たぶん大丈夫だと思う。前の時もガラガラだったし」
「前に使ったところは避けたいな。できたら反対側で探してくれる?」
「判った」
 作戦に使う車は昨日本部で調達してきたワンボックスだ。車種も色も1番出回ってる型で、できるだけ目立たないようになってる。だけど敵が本部なら一発だからな。マークされる確率の方がはるかに高いだろう。
「それじゃとりあえず現場到着まではいいね。次はタケシ、説明して ―― 」
 ま、こんな感じで、オレたちはほぼ2時間をかけて、作戦を確認していった。
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永遠の一瞬・49
「シーラ、気が済んだか」
「済まない! あと2、3発喰らわせないとおさまんない!」
「そのくらいでやめとけ。サブロウの取り得はせいぜいそのマスクくらいなんだからな。いくらお前でもそれ以上殴ったら変形しちまうだろ」
 タケシとシーラの会話を、オレは呆然と聞いていた。なにやら2人で結託してこういう事になったらしいな。それにしても、オレの取り得は顔だけじゃないと思うぞ。……言い切れないけど。
 オレの胸倉を掴んだまま、シーラはオレに凄んで見せる。
「あけみって誰? バーの女? 看護婦? それとも幼稚園の先生?」
「全部ハズレ。あけみさんは図書館のお姉さんです」
「いったいいくつなの」
「本人は27って言ってたけど、たぶん30は超えてるはず。……って、なんでそんなこと訊くのよ」
「なんでだっていいの! その女美人なの?」
「そりゃあ、君に比べたらカカシみたいなモンでしょ。君より美人の女性なんて、世界中探したっている訳ないんだから」
「……嘘じゃないでしょうねえ」
「そんなことで嘘なんかつかないって。君が1番美人で、最高です」
 オレが言うと、シーラはやっとオレを解放する気になったらしい。ベッドを降りてソファに座った。タケシの腕に腕を絡ませて言う。
「聞いた? タケシ。カカシだって。……図書館のあけみって女調べて告げ口してやっちゃおうか」
 ……コノヤロ。
 シーラの奴、ほんとにやったらその場でチーム解消してやるからな。
 とは思ったけど、もちろんタケシがそんなことを許すはずもなく、オレたちはなんとなくいつもの調子を取り戻していた。
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永遠の一瞬・48
 土曜日、作戦決行の日の朝、オレはしっかり寝過ごしていた。
 もともとオレは夜型なのだけど、作戦前夜は特に夜更かしの傾向があるから、当日朝ちゃんと起きられることなんてめったにない。加えて、この日に限ってはタケシもシーラもオレを起こさないんだ。自分たちはちゃんと起きて支度を整えているのだけど、オレのことだけは起こさないで、たいてい昼までは寝かせてくれた。
 という訳で、オレが自然に目を覚ましたのは午前11時半頃で、タケシとシーラはソファに座って作戦の最終チェックをしてるところだったんだ。
「……おはよう、タケシ、シーラ」
 オレが目をこすりながら上半身を起こすと、まるでそれを待ってたかのようにシーラがつかつかと歩いてきた。と、何を思ったかいきなりオレのベッドに乗っかってきて、オレの両足の上にどっかりと腰掛けたんだ。
「シー……」
  ―― バチン!
 オレが言いかけたとき、シーラは思いっきりオレの頬を平手で殴った。
「女の子の下着を覗くなんてサイテー! サブロウのスケベ! エッチー!!」
 オレが口をはさむ暇なんかなかった。
  ―― バチン!!
「なんであたしが作ったリストを書き直したりするんだよ! しかもあんな無駄なもんばっかり持ってこさせて! 品物チェックするのだって大変なんだかんね!」
  ―― バッチン!!!
「あけみっていったい誰だよ! 変な女と付き合って夜更かしして、仕事に悪影響残したら承知しないんだから!!」
 おまけにもう1発、計4発ばかり殴って、シーラはオレの胸倉を掴んで睨みつけた。
 なんでもいいけど……すごく痛い。
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永遠の一瞬・47
 もしかしたらオレが帰るのを待ってたのかもしれない。部屋のドアを開けると、タケシがタバコの火を消して立ち上がるのが見えた。
「ただいまー、タケシ。シーラと寝た?」
「……寝る訳ねえだろ。バカなこと言ってんじゃねえ」
「そーお? だったらオレとSEXしよ」
 そう言ってオレがタケシの首に抱きつくと、タケシは少しあわてたようにオレを引き離した。
「お前、また酔ってるな。どのくらい飲んだんだ」
「ワイン2本」
「飲み過ぎだ。自分が未成年だって自覚はねえのか」
「タケシ知ってる? オレは来月ハタチになるんだぜ。1日3箱吸ってるお前に言われたくないよーだ」
 アルコールも飲み慣れてないからまだ判らなかったんだけど、どうやらオレはあんまり強くないのかもしれないな。長いフレーズになるとロレツが回らなくなってくる。身体はふらふらするし、タケシにしがみついてでもいないと倒れそうな感じだ。
「ああ、来月になったらいくらでも言わせてやる。とにかく少し寝ろ。話は明日聞いてやる」
 タケシは手早くオレのスーツとシャツを脱がせて下着にすると、ベッドに押し倒した。その上から布団をかけて、ベッドの縁に腰掛ける。目を閉じると、オレの額に手のひらを押し当てた。タケシの手は大きくて肉厚で体温が高いのか少し熱い。
「お前の手、熱くて気持ちがいいのな」
「疲れてるんだろ。ゆっくり寝ろ」
「そうする。……タケシ、オレ、タケシのことが好きだ」
「ああ。……判ってる」
「タケシなら、安心なんだ、オレは……」
 このときオレは、自分がいったい何を言ってるのか、いったい何を言おうとしているのか、まったく判らずにいた。
 だけど、寝ないでオレを待っていてくれて、オレが眠りにつくまでずっと額に手を当てていてくれたタケシの優しさだけは、目がさめてからも忘れなかった。
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永遠の一瞬・46
 いつものことなのだけれど、立て続けに違った自分を演じつづけると、元に戻るまでに強烈な反作用が起きる。
 まず、自分自身がつかまらなくなる。考えていることがいびつになるっていうか、どちらかというと暗い方面に精神が傾いて、矛盾することや関連性の分からない考えが次々と頭の中に浮かんで混乱する。それらをすべてねじ伏せながら、自分を取り戻していく訳だ。今日はワインの力を借りて、少しでも自分がリラックスできるように、運転席の背もたれを少し倒しながら瓶に口をつけた。
 汚い仕事だと思う。人間の弱い部分、小さな恐怖や欲望や、その人間の一番弱いところを探り出して、攻撃して、こちらに都合のいい情報を引き出していく。関わっているとどんどん自分が汚れて歪んでいくのが判る。自分自身の歪みを一番見せ付けられる時だ。これほど嫌な時間はなかった。
 今の自分ならためらうことなくシーラを強姦しそうな気がする。想像力とか、理性とか、そういう正の力が働かない。オレがこんな思いをするのはシーラが単位を取らないからだ。シーラにも同じ思いを味わわせて、オレの歪みを見せ付けてやりたくなる。
 オレは、誰が思うよりずっと弱いし、悪いし、きたない。
 オレがシーラを抱けば、シーラは単位を取る。オレがそう命じれば、シーラは調査に参加する。オレがシーラにそうさせないのは、別にシーラのためなんかじゃないんだ。もちろんタケシのためでもない。オレ自身がシーラを抱きたくないから抱かないだけだ。そう、言葉で自分をねじ伏せながら、ワインを飲みつづけていく。
 真面目に考えちゃいけない。もっと楽になれ。考えつづけてたら気が狂う。シーラをいじめて、タケシをからかってたら、そのうちに人生は終わってくれる。
 永遠のような人生も、たぶん一瞬で終わってくれるだろう。
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永遠の一瞬・45
 ベッドの下に倒れたまま、しばらくいた。タケシは真面目だししっかりしてるし、誰よりシーラを大切にしてるから、いつまでもずっとシーラを守って幸せにしてくれると思う。まだオレが小さかった頃、シーラを守れるのはタケシしかいないと思った。だからオレはタケシをチームのメンバーに選んだんだ。その頃タケシがどう思ってたかは知らないけど。
 タケシに愛されたら、シーラはすごく自信をつけて、今よりずっといい女になるんだろうな。そんなシーラを永遠に見守っていきたい。いったいどのくらいの時間、オレはシーラの傍にいることを許されるのだろう。
 ずっとずっと、シーラの傍にいたい。1年後も、10年後も、50年後も。
 タケシの愛情に包まれて、幸せに笑う君を見たいよ。早く気付いてシーラ。オレが選んだ最高にいい男のタケシが、いつも君を見ていること。
 オレが、ここにこうしていられるうちに。

 さっとシャワーを浴びて、クリーニングから戻ってきたシャツを着て、スーツを身につける。そのほか着替えを2着ばかり袋に詰めて、身支度を整えた。タケシは戻ってこなかった。あのオクテ野郎が勢いで告白してそのままベッドに縺れ込んでるとはとうてい思えなかったけど、そういう可能性も頭に入れて、特に連絡もしないままオレは部屋を後にしていた。
 オレの調査は今日が本番で、会わなければならない人物も多かったから、1人1人にそれほどの時間はかけられない。それぞれの人間に合わせて作戦を変え、緊張感を持続させながらオレはまったく違う自分を複数演じつづけた。ホテルに連れ込むのはそりゃ女の方が楽しいけど、今日は男の方が多いからね。あらゆる手管を駆使して、ある人からは鍵の型を取り、ある人からはパスワードを探り、ある人には催眠術をかけて当日の防犯装置を“うっかり”忘れるよう、働きかけた。
 すべてをうまくこなし終わる頃には、時刻は既に真夜中を回っていた。ようやくたどり着いたホテルの地下駐車場で、オレはしばらく、自分自身と戦わなければならなかった。
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永遠の一瞬・44
 とっさに受け身を取ったのだけど、それはほとんど無駄に終わった。タケシは自分でも体重をかけてオレを床に押し付けたから、オレは自分の体重とタケシの体重と、2倍の衝撃を背中に受けることになったんだ。息が詰まった。ほんと、こんなにタケシを怒らせたのは久しぶりだ。
「昨日、部屋でシーラの服を脱がせたんだってな」
 ……あ、なるほど。タケシが怒ってる理由がなんとなく判ったわ。
「脱がせたのはGパンと靴下だけだぜ。その下は触ってねえよ」
「それだけじゃねえだろ」
「ブラのこと? 寝苦しくないように背中のホックを外しただけじゃねえ。全部外した方がよかったのか? それなら次は覚えといてそうしてやるよ」
 そのとき、オレの言葉に傷ついたらしいシーラが部屋を駆け出していくのが見えた。タケシは勢いよく振り返って心配そうに見送ってる。シーラは自分の部屋に帰ったらしく、隣の部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
「タケシ、チャンスだぞ。今行ってシーラに告白して来い。あの様子なら成功の確率はかなり高いはずだぜ」
「てめえは……シーラがなんで傷ついたのか、判ってねえのか!」
「スネもワキも処理してあったし、別にシーラが傷つくようなものは見てないけどね。あ、そういやあの傷がまだ残ってたぜ、自転車練習してたとき転んで小石が突き刺さったひざっこ」
 タケシはだいぶ落ち着いてきたらしくて、オレの言葉にため息を1つついた。必死で自分を抑えたんだろう。そういう意志の強さがオレがタケシを尊敬している理由のひとつだ。
「てめえのそういう態度がシーラを傷つけてんだろうが。……サブロウ、お前、シーラのことどう思ってる」
「どうって、別に嫌っちゃいないよ。好きだし、かわいいと思うし、ぜひ幸せになって欲しいと思うね」
「だったら女として見てやれ。シーラはもう子供じゃねえんだ」
「なんでオレにそういうことさせようとするの。そんなにシーラをかわいそうだと思うんだったら、お前がさっさとその想いを告白すれば、それで済むことだろ? シーラを好きなら幸せにしてやれよ。……他の男の事なんか、お前が忘れさせろよ」
 オレの言葉をどう受け取ったのかは知らないけど、タケシはオレを押さえつけるのを止めて、部屋を出て行った。
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永遠の一瞬・43
 翌朝、オレは襟元を掴まれて強引に引き上げられる衝撃で、唐突に目を覚ました。
「てめえが悪い! サブロウ、シーラに謝れ!」
「いいよタケシ! サブロウとケンカしないで!」
「お前は黙ってろ」
 目を見開くと、久しぶりに見る激怒したタケシの顔があった。まだ頭が現実についていってないらしい。いきなりタケシが怒り出す理由がよく判らなかった。
「サブロウ、昨日シーラに何をした」
 ……オレ、何かしたか? 昨日の行動を思い返してみるけど、シーラと食事をしたくらいで、タケシに怒られそうなことはやった覚えはないんだけど。強姦しようかと思っただけでやらなかったはずだし。
 いまいち夢と現実との距離感がつかめなかったから、余計なことは言わないように、オレは黙ったままでいた。
「タケシ、もういいから。……たぶんサブロウにはたいしたことじゃなかったんだよ。それならあたし、気にしないから」
 オレの襟を掴んだタケシの拳がぶるぶると震えてる。今にも殴りかかってきそうな感じだ。そんなタケシにぶら下がるように必死に抑えてるシーラの姿も見える。オレは両手を降参の形に上げた。
「……殴るなよ。顔に傷でも作ったらあけみさんに嫌われちまう」
「てめ……! シーラを泣かせておきながらぬけぬけと……」
「オレが何したってのよ。まずそこから説明してくれないかな」
 さすがに今オレを殴っちゃまずいってくらいの理性はあるらしくて、タケシは胸元を掴んだ片手を引いて、オレをベッドから引きずり落とした。
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永遠の一瞬・42
 部屋ではタケシが既に着替えを済ませていて、テーブルに資料を広げて情報をメモしていた。立て続けに何本か吸ったらしく、視界が白く曇ってて、タケシが煙を吐く勢いに空気清浄機が追いついてない。何か嫌なことでもあったのかもな。タケシはそういうのをめったに表に見せないから、実際タケシがどういう調査をして情報を仕入れてくるのか、オレにもよく判らないようなところがある。
「それ、明日シーラと一緒にもらってきて」
 タケシがたまたまリストを手にしていたから、オレはそう声をかけた。タケシはまじまじと見つめ、少しおかしな顔をする。言いたい事は判る。オレが作ったリストは、機材があまりにも多いし、それをすべて使って侵入するような経路は非効率極まりないだろうから。
「お前にはこれだけの数が必要なのか?」
「まあ、そういうことかな」
「……そんなに本部は信用できねえか、サブロウ」
 ああ、そうか。タケシが本部のスパイで、オレの行動を監視してる可能性だって、ゼロじゃないんだ。そんなあたりまえのことに初めて気付いた。だからってタケシを疑ったりしないけどね。タケシを信頼できなくなるくらいなら、ひとおもいに殺された方がマシだ。
「答えに困ることを平然とよく言うね、お前も。だけどまあ、信頼度が100パーセントかって言われたら違うとしか答えられないし、だからって0パーセントでもないよ。タケシだってそうだろ?」
「少なくともお前は、侵入経路を悟られたくねえってくらいには本部を疑ってるってことか」
「もう1枚のシーラが作った方のリストも見といてくれる? たぶん実際に使うのはこっちの機材だけになると思うから」
 オレが言うと、タケシはそれ以上、この件については触れなかった。
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永遠の一瞬・41
「シーラの奴、サブロウによっかかって寝てるのか。おい、シーラ、起きろ!」
「ああ、起こさなくていいよ。たぶん生理が近いから体調悪いんだ。寝かせといてやって」
 タケシの中にはチーム内の序列みたいなものがしっかりとあって、どうやらシーラはリーダーのオレよりもかなり下に位置しているらしい。だから3人でいるときには何があってもまずオレを優先させる。シーラが見ているときはオレに対しては絶対服従だし、オレに迷惑をかけるようなことをするとまず徹底してシーラを怒る訳だ。
 そういう姿勢はなかなか立派だと思うし、オレ以外の人間がリーダーならもう少しやりやすいんだろうけど、何しろリーダーがずぼらでいいかげんだからね。中間管理職ばりのタケシも大変だろうと思う。
「……お前、よくそんなこと判るな」
「シーラはね。近くなると狂暴で泣き虫になるからすぐ判る。……どれ、時間も遅いし部屋に戻って寝た方がいいだろ」
 そう言って、オレはとなりのシーラを抱き上げた。中身は子供でも抱き上げればかなり重い。って、別に太ってるわけじゃないんだろうけどね。軽々と、とはいかない。
「重いだろ。オレが運んでやる」
「もう遅いよ。それよりドア開けて。早くしないと落っことしそうだ」
 あわててタケシが開けてくれたドアを通って、オレは隣の部屋までシーラを抱きかかえて運んでいった。タケシは部屋の明かりをつけたところで戻ってしまったから、そのままベッドに横たえて、途方にくれる。まさかこのままって訳にいかないよな。Gパンのままじゃ寝苦しいだろうし、だいたいシーラは寝るときブラを付けてるのか外すのか。部屋が違うからそういう細かいことまで知らないんだよな。
 しょうがないから、靴下とGパンだけ脱がせて、ブラはホックを外すだけにして、その上から布団をかけたあと、オレは部屋に戻った。
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永遠の一瞬・40
 早くタケシに戻ってきてもらいたかった。シーラと2人で過ごしているといつも思う。タケシはどう思うのだろう。オレとタケシは互いにバランスを取っていて、オレはタケシがいないといつも不完全な気がする。
 シーラがいなくてもあまり感じない。オレはタケシをすごく頼りにしていて、シーラをもてあましているのかもしれない。
 不思議だと思う。タケシもシーラもずっと一緒にいて、違うのはシーラが女だって、ただそれだけなのに。
 もしかしたらオレは、タケシよりシーラより、ずっと子供なのかもしれない。
 レストランで食事をしてる間もなんとなく落ち着かなくて、少し余分にワインを飲みすぎたかもしれない。自分がどこか遠くの方で会話をしているような、ちょっと現実離れしたような感覚があった。人目の多いところではさすがにシーラもオレに絡んできたりはしないから、少し調子が狂ってるのかもな。食事を終えて、部屋に戻ってからも、シーラと交わしている会話はほとんどオレの表面を滑っているような感じだった。
 いつの間にか、オレはソファでうたた寝をしていたらしい。目がさめたのは、タケシがドアを開けた気配を感じてからだった。
「お帰りタケシ。ご苦労さん」
 それだけ声をかけて横を見ると、シーラがオレにもたれてうたた寝しているのが見えた。さっき、シーラが眠っちゃったから、動くに動けなくていつの間にかつられたんだな。化粧をしていないシーラは少し疲れたようにも見えたけど、でも綺麗で、王子のキスを誘う眠り姫みたいだった。
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永遠の一瞬・39
 1度部屋に戻ったら外に出るのもなんとなくおっくうになって、結局夕食はホテルのレストランで摂ることにして、オレとシーラは部屋を出た。ホテル内ではタケシが一緒にいることも多いから、2人っきりで食事をするときも、恋人同士のような雰囲気は出さない。しいて言えば暇な大学生のお気軽旅行ってとこか。男2人に女1人だと、そのへんはちょっと怪しいかもしれないな。
 魚メインのコース料理を頼んで、向かい合わせに座って、ワインで乾杯。シーラは外見は割に大人っぽいから、未成年に見られる心配だけはないのだ。
「このワイン、あんまり甘くない」
「そう?」
「あれがおいしかったな。北海道で飲んだいちごのワイン」
「ああいうのはワインて言わないだろ。ほとんどジュースだったじゃないの」
「また行けるといいな、北海道」
 オレたちの仕事で北海道に行くなんて、一生に1度あるかないかだと思うけどね。よっぽど運がよくなきゃ無理だって。
「北海道は無理だけど、あのワインがもう1度飲みたいんだったら取り寄せてあげるよ。確か製造元はメモしてあると思ったから」
「ほんと?」
「代金引換でホテルに配達してもらえたらね」
「なんか、サブロウがあたしに優しいと気持ち悪い。でも嬉しい。ありがとう」
 別に、いいんだけどね、優しい男だと思われたい訳じゃないから。
 シーラの胸元に安っぽく光るペンダントを眺めて、自分がシーラに与えることのできる優しさの値段を推し量ってみる。
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永遠の一瞬・38
 夕食まではまだ時間があったから、オレは今回の仕事のファイルを広げて、シーラが立てた作戦を確認した。オレとタケシの侵入経路から、実際に仕事をして脱出する際の脱出経路。ひとつひとつ詳細にシーラに説明させて、確認して、頭の中で繰り返し辿っていった。シーラが立てた作戦は、オレが機材のリストを見て想像したものとほとんど同じだった。ただ、微妙に違っている部分もあったから、そのたびにオレはいちいちシーラに確認して、記憶していったのだ。
 その中で、大きく変更を加えなければならないのが逃走経路だ。シーラが想定した経路はいくつかあって、最終的には当日決めなければならないのだけど、あのファイルを受け取ったことでオレの作戦はかなりの変更を余儀なくされてしまったのだ。
「なんだかサブロウはあんまりピンとこないみたいだね」
 シーラが言う通り、オレは自分を守る逃走経路をまだ図りかねていた。確かにあのファイルにはオレを惑わせるだけの効果はあったらしい。
「予約したのはどのホテル?」
「サングロリアと、ウォーターハットと、菊姫荘、かな」
「お前、完全に趣味で選んだな」
「悪い? 潜入先なんてどこもたいして変わらないじゃん。それだったら楽しい方がいいよ」
「ああ、君は悪くないよ。君の言う通りだ。潜入先のホテルなんてどこもたいして違わないし、楽しい方がそりゃいいに決まってるよ」
「サブロウまたあたしのことバカにしてるー」
 実際おもしろい選び方だった。なんたってサングロリアと菊姫荘じゃ、直線100キロは離れてる。
 だけどどちらにせよオレがピンとくるようなホテルじゃなかったのは確かだ。
「あと2つ、趣味で選んで、予約は当日入れてくれる? 土曜日だからちょっと大変かもしれないけど」
「……うん、判った」
 シーラはまた少し不審に思ったようだったけれど、オレがあのファイルの内容を知っていることで、なんとなく納得したみたいだった。
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永遠の一瞬・37
 しばらくの沈黙のあと、シーラは言った。
「……あたしに動揺して欲しくなかった?」
 理由は、シーラの方がつけてくれた。確かにそれもある。他の理由の方が大きかったけど。
「この仕事は進行中の作戦が完了してから手をつければいいことになってる。だったら今の仕事が終わってから話しても問題ないだろ」
「あたしの方がサブロウに言いたいよ。……もっとあたしを信用して」
「判った。君は確かにオレたちのチームメイトだ」
 ファイルを金庫に納めながら、オレは神妙に言う。これからは少し過保護は改めよう。そして、シーラに対して2度と油断しない。
「中は? 見せてくれないの?」
「それは作戦上の必然でね。今回の作戦を遂行するに当たって、君にはこのファイルに影響されてもらいたくないんだ。それは信用するとかしないとかとは別問題なの」
「……でも、タケシは知ってるんでしょ?」
「もしも本部に出向いたのがオレだったら、たぶんタケシにも見せなかった。だから正直、タケシが影響されるのはオレも怖いんだ」
 それは本当だったから、シーラも納得しただろう。少し笑顔を見せる。タケシと同列に扱われたことが嬉しかったのかもしれない。
「あ、こんなこと、タケシには言うなよ」
 駄目押しに、秘密めいた仕草で指を立てて笑って見せたから、シーラはすっかり機嫌を直していた。これでしばらくはシーラの癇癪に悩まされることはないだろう。
 ほんと、シーラを扱うのはけっこうスリリングで、だけどうまくいったときの快感は癖になりそうな気がした。
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永遠の一瞬・36
 油断した。ほんの一瞬、タバコに気を取られた。シーラは嘘を見破るテクニックも勉強してる。判ってたから今まではオレもぜったい油断なんかしなかったのに。
 シーラには判ったはずだ。オレが彼女に嘘を言っていたこと。
「オレが隠し事をするのが気に入らない?」
 打つ手がないから、オレも開き直るしかなかった。まさかシーラとこんな形で対決する羽目になるとは思わなかったけど。
「プライベートのことは何も言わないって約束したよ。だけど、仕事のことは別だと思う。確かにあたしは半人前だけど、本部の命令まで隠す理由はないと思う。……タケシと会って、聞いたんでしょ? 本部はなんて言ってきたの?」
 ああ、そうか。シーラの部屋はオレたちの隣で、エレベーターに近い。たぶんタケシが出て行くドアの音と足音を聞いたんだろう。それに、さっきほど慌ててなければ、タケシがタバコを忘れていくなんてありえない。
 ……ダメだ。今のシーラに嘘を重ねることなんかできない。シーラはオレの嘘を全部見破る気だ。そしておそらく、嘘は全部見破られるだろう。
 あきらめて、オレは金庫から2つ目のファイルを取り出した。
「降参。君にはかなわないよ。……これがタケシが本部から受けてきた指令だ」
 シーラが手を伸ばしてファイルに触れようとしたところ、意地悪のつもりはなく、オレはファイルを移動させた。
「表紙だけだ。中身は見せない」
「……ほんとなの? それって、次の仕事?」
「嘘は言わないよ。オレにそれを伝えるためにタケシはオレを待ってた。タケシにも聞いてみるといい。君はオレよりタケシを信じるんだろうから」
 シーラはしばらく信じられないような表情でファイルを見つめていた。誰だって信じられないだろう。作戦進行中に本部が次の仕事をよこすなんて。
 だけど、だからこそ、シーラは信じる。オレが隠そうとしていたのがこれだけなのだと。
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永遠の一瞬・35
「タケシは出かけてるの?」
「1度帰ってきたみたいだね。オレが帰ってきたときにはもういなかったけど」
「調査に行ってるんでしょ? あたしは行かなくてもいいの?」
「必要があればそう言う。とりあえず今回はオレとタケシで何とかなりそうだ。ホテルは? 予約しといてくれた?」
「いつもの通り3ヶ所予約入れといたよ」
「あと2ヶ所ばかり追加しといて」
「……判った」
 どちらかというと、チームの中でのシーラの役割は、いわゆる後方支援といったところだ。逃走経路を確認したり、機材を調達したり、ホテルの予約を入れたり。だけど別にシーラの能力を低く見てるわけじゃない。シーラの変装能力はオレたちの中ではトップだったし、演技力だって教官の太鼓判が出るくらいだ。
 シーラに調査を担当させれば効率がいいことくらい判ってる。だけどオレはシーラを調査に参加させたくはなかった。1つはシーラが単位を取っていないことがあるけど、理由はもう1つある。シーラの演技力は、完璧な分、著しく精神を消耗させるんだ。
 オレくらい気楽にいろいろできる子ならいろいろさせるのも勉強なんだけどね。まあでも、オレが過保護なのは言うまでもないか。ほんとはシーラには普通の女の子の普通の人生を歩んで欲しいと思う。好きな男の傍で、好きな男の子供を産んで、幸せに過ごして欲しいと思う。
 オレがタバコを1本吸い終えて、灰皿に押し付けると、それを待っていたようにシーラは言った。
「サブロウ……サブロウはどうしてあたしに隠し事ばっかりするの?」
 正面からシーラに見つめられて、オレはほんの一瞬視線を泳がせた。
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永遠の一瞬・34
 ファイルを再び金庫にしまって、オレはほとんど乾きかけていた服を脱いだ。シーラとのデートを切り上げて帰ってきたのは、濡れた服を着替えてシャワーを浴びるためだ。今ごろシーラもシャワーしてるんだろう。別にシーラの入浴シーンを見たいとは思わないけど、それなりにスタイルもいいし肌のきめも細かいから、シャワーの水滴をはじく若い身体はさぞかし綺麗なんだろうな、とは思う。
 熱めのお湯を簡単に浴びて、髪と身体を拭いて、備え付けのバスローブだけを着けて今度は金庫から今回のファイルを取り出した。その間に挟んであるシーラが作ったリストを広げて、ファイルと照らし合わせながら別の紙に書き写していく。途中、バスローブから部屋着へと着替えたけど、それだけで、オレはほとんど休みなくその作業を続けていった。集中してたせいだろう。ノックの音に気付いたのは、ほとんど蹴飛ばしてるとしか思えない盛大な音に変わってからだった。
 だいたいの作業は終えてたから、オレはすばやくリストとファイルを金庫にしまって、部屋のドアをあけてやった。もしかしたらオレを心配してたのかな。シーラの表情はあせりと不安が見えて、少し泣きそうにも見えた。
「悪い、着替えてた」
「……だったら返事くらいしなよ。ルームサービスのコーヒーに何か入ってたかと思うじゃんか」
「お前が廊下で騒いでる方がよっぽど危険だよ。とにかく入れ」
 シーラを部屋に入れると、オレはひと通り廊下を見回して、扉を閉めた。シーラはソファまで歩いていって、どっかりと腰を落とす。チームのメンバー以外の人間がいるときはもっとエレガントに振舞うこともできるんだけどね。男の中で育ったせいか、シーラは言動も行動もどこか男っぽい雰囲気がある。
 オレもソファに腰掛けて、タケシがテーブルに忘れていったタバコに火をつけた。
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永遠の一瞬・33
 組織はいつも、オレを狙っている。オレを脅威と感じている。それがなぜなのか、正確なところはオレにも判らない。だけど、組織はオレが幼い頃から何度もオレを狙ってきた。偶然を装ったり、敵対する組織を装ったりしながら。
 オレの何を脅威と感じるのか判らなかったから、オレはいつでも平凡で、成績もそれほどよくない、優秀といわれるスターシップとはかけ離れた存在になろうと努力してきた。絶対タケシよりもいい成績は取らなかった。組織に敵対するような行動も言動もしなかったし、オレが知りえたことも表に出さないように、タケシにもシーラにも何も話さないまま、大人になった。
 だからタケシは何も知らない。オレが狙われていることも、オレが知っているあらゆることも。
 もしもそれを話したら、今度はタケシが狙われてしまうことになるはずだから。
  ―― オレは金庫を開けて、タケシが入れておいた2つ目のファイルを取り出した。
 その仕事の意味は見る前から判っていたけれど、ファイルをひと通り読んではっきり判った。この仕事はオレたちの逃走経路を特定するためのものだ。次の仕事が決まっていて、その仕事が割に急を要する仕事だった場合、逃走後の潜入場所は次の仕事場に近い場所を選ぶのが普通だから。
 今回の川田ビルの仕事から、この計画は決まっていたんだろう。オレは前に川田ビルに侵入したことがある。報告書は本部に上げてあるから、ビル内からの脱出経路もある程度見当がつく。これだけ用意周到に狙われて、もしも気付かなかったとしたら、オレは本部の思惑通り偶然を装って消されていたことだろう。
 だけど、これだけ用意周到に狙われたら、気付かない方だってどうかしているし、これまで生きてこられなかったと思う。
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永遠の一瞬・32
 牛と羊をたらふく食べて、牧場の牛と戯れ、シーラに記念写真を撮ってやったあと、すっかり機嫌を直したシーラを連れてホテルに戻ってきていた。と、ちょうど出かける間際だったタケシと遭遇する。これからタケシは、昨日のオレと同じように、川田ビル潜入の情報集めに向かうわけだ。
「ただいま、タケシ。本部の報告してる暇ある?」
「ねえけどしねえままでいるには深刻だ。今、金庫に入れといた。本部はオレたちに仕事をよこしたぞ」
 本当なら、作戦進行中に本部が別の仕事を入れてくることはありえない。その本当の深刻さはタケシにも判らないものだ。もしかしたらタケシやシーラを危険にさらしてしまうことになるかもしれない。
「断わってくれなかった訳はないよね。何か言ってた?」
「上からの命令の一点張りだ。作戦開始は今の作戦終了後で構わないって言われたら、オレに断わる口実はなかった」
「判った。……悪かったね、タケシに頼んじゃって」
「かまわねえよ。それより、お前ならもっとうまくできたかもしれねえ」
「オレでも同じだったさ。……念のため、シーラには内緒にしといて」
「判ってる」
 そう言ってタケシは部屋を飛び出していった。もしかしたら時間ギリギリまでオレを待ってたのかもしれないな。やっぱりめんどくさがらないでオレが本部に行くべきだった。
 オレが直接見ていれば、少しは奴らの考えていることが判ったかもしれない。
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永遠の一瞬・31
 とりあえずシーラもおとなしくなったから、オレは再び車を動かした。山のふもとまで降りて市街地に近づくと時刻は既にお昼に近い。朝食は遅かったけど、量をあまり食べなかったから、けっこう空腹だ。シーラリクエストのゴージャスなランチを求めて、市街地を抜け、更に別の高地を目指していった。
「そんだけ泣いたら腹も減っただろ。昼は肉料理でいいか?」
 オレの隣で、シーラはけっこう長い時間泣いてたんだ。泣き止んだかと思ってチラッと見るとまた泣き出す、みたいに。体調も少し悪いのかもな。滝のしぶきをかぶって冷やしたりしてなければいいんだけど。
 オレの言葉にまた何か文句を言おうとしたけど、さすがに空腹だけは隠せないらしくて、腫れた目をウェットティッシュで押さえながら言った。
「肉料理って、どんなの?」
「まあ、焼肉だな。牛とか羊とか」
「ひつじ? ひつじで焼肉するの?」
「嫌なら豚もあると思うけどね。そのへんは行ってから決めればいいし。それでいいね」
 またいろいろ言われても面倒だから、オレは強引にそう決め付けて、看板を辿っていった。小さな牧場の隣にある屋外レストランの、ほとんど整備もされてない駐車場に車を停めて、真っ赤な目をしたシーラといっしょに丸太のテーブルにつく。平日だからそれほど客も入らないのだろう。だだっ広い店内にはオレたちのほかにカップルが一組いるだけだった。
 てきとうに注文を済ませてシーラを見ると、少し気分が明るくなったのか、あたりをきょろきょろ見回していた。
「あっちの方に牛がいるよ。あとで見に行ってもいい?」
 牛肉を食べた直後に牛と戯れる、ってのもちょっと怖い気がするけどな。あんまりそういうことにはこだわらないんだろう。少なくともあんな泣き方をしてるシーラを見るよりは明らかに気が楽だった。
 オレは軽く生返事をして、運ばれてきた肉を鉄板の上で焼き始めた。
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