2004年06月の記事


真・祈りの巫女308
  ―― 祈りは、この世にあるすべてのものを超える。
 それは以前、守りの長老が言っていた言葉だった。あたしはその言葉を思い出していたの。おそらく守護の巫女が途中で言葉を切ったのも、彼女が同じことを思い出したからなんだ。
 あたしの祈りは時を超えていたのかもしれない。その考えに思い至って、あたしは愕然とした。1ヶ月どころの話じゃないんだ。だって、探求の巫女たちにいろいろ教えてくれた伝承者たちは、何100年も前から何代にも渡ってその話を言い伝えてきたんだから。
 探求の巫女、あなたはいったいどこから来たの? ……きっと西の海の向こうの島なんかじゃない。もっと遠くの、恐ろしいくらい遠くのどこかからやってきたんだ。シュウが言う別の世界って、きっと別の大陸や別の国という意味じゃない。
 探求の巫女、そしてシュウ、あなたたちはもしかして、未来からやってきたの……?
「 ―― いいわ。私には理解できそうにないから」
 守護の巫女がそう言って話を終わらせた気持ちは、あたしにはよく判った。周りにいた神官たちには判らなかったみたいで、また新たなざわめきが生まれていたけれど。
「要するに、あなたたち2人は、自分たちが体験した不思議な出来事の原因が知りたくてこの村に来たということね」
 シュウは守護の巫女の微妙に変化した声色にいくぶん警戒したみたいだった。
「それとあと、これ以上同じことが起こらないように結果を出しにきた、ってところかな」
「残念だけど、今の私たちにはその答えを教えてあげることはできないわ。本当に祈りの巫女の祈りが原因なのかどうか、それは私たちには判らない。おそらく当の祈りの巫女にも判らないことでしょう」
 守護の巫女に視線を向けられたあたしは、1つうなずくことで答えた。
「現実的な話をさせてもらうわね。今、私たちの村ではほかの土地の人たちの受け入れを一切拒否しているの。それはその人たちを守るためでもあるし、村を守るためでもあるわ。だから、よそ者であるあなたたちは、本当ならすぐにでもこの村を出てもらわなければならないの。これは有事が起こったときの村の決まりだから、たとえ探求の巫女と名乗っていたとしても従ってもらわなければならないわ」
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真・祈りの巫女307
 シュウは少し話を省略しすぎたようで、自分で自分の話を補足することができなかったみたい。やがて大筋を理解した守護の巫女がシュウに質問を浴びせた。
「それでは、2人とも知りたいと思ってたことはまだ判っていないのね。どうして自分が旅をすることになったのか、自分たちを導いたのがいったい誰だったのか」
「ああ、判ってない。……ただ、ここに辿り着いて思ったことはあるんだ。ここにはユーナにそっくりな祈りの巫女がいる。オレが知ってる人間のそっくりさんもいるし、どうやらオレにそっくりな奴もいたらしい。つまり、オレたちは少なくともこの村に関係があるってことだ。それとこの村が現在なにかに襲われているって言葉を合わせると、オレたちが授かった力はその何かを撃退するために必要だったのかもしれない」
「つまり、私たちの村があなたたちの目的地だったと、そういうこと?」
「そうだ。それとさっき説明してくれた祈りの巫女の役割の話をあわせて、もっと進んだ仮説も立てられるよ。……オレたちは、祈りの巫女の祈りに導かれた。祈りの巫女の祈りがオレたちに怪現象を体験させた力の、少なくとも1つにあたるんじゃないか、って」
 そのシュウの言葉を聞いて、今まで静まり返っていた人々がざわめき始めた。……そうだ、探求の巫女があの時言ったの。自分たちを呼んだのはあたしじゃないのか、って。
 あたしはずっと祈り続けていた。村を救って欲しい、って。神様はあたしの願いをかなえるために、探求の巫女たちを導いたの……?
「少なくとも1つ、というのはどういう意味? あなたたちを導いた力は1つじゃなかったの?」
「導いた力は1つかもしれないけどね、オレたちはこの現象に、少なくとも2つ以上の力が加わってることを感じてたんだ。 ―― オレたちに進む道を教えてくれたのは、その多くは無関係の人間で、教えたあとに殺されてる。道を教えるだけなら殺される理由はないだろう。それと、たまにオレたちを邪魔するような力が働いたこともあるんだ。街中で狂ったヤケンの群れが襲ってくるなんて普通ならありえない」
「だけどおかしいわ。私たちの村を災厄が襲うようになってからまだ10日も経ってないのよ。もしも祈りの巫女の祈りが原因なら、どうして1ヶ月も前に探求の巫女を導くことができたの? それに ―― 」
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真・祈りの巫女306
 自分にまったく覚えがないことを話す周りの人たち。もしもそれが1人なら、単なる勘違いで済んだだろう。だけど、まわり中の人たちがまったく同じことを言ってたのだとしたら……。怖いだろう。まるで、自分の方がおかしくなってしまったみたいに思えて。
「オレとユーナはそのときまだ別々の町にいて、お互いのことを知らなかった。だけど思ったことは同じだったんだ。この不可解な現象が起こった原因を探す旅に出よう、って。そこでオレたちはエキ ―― 旅人が多く集まる場所へ行って、偶然出会って、自分たちが12年前に同じ町で過ごしていた幼馴染だったことを知ったんだ。オレたちはお互いのことを話し合って、2人で旅をすることに決めた。
 不思議な現象は旅を続けている間もずっと続いていた。あてもなくさまよっていると、誰かが進む道を教えてくれる。そして、教えてくれた誰かは近いうちに必ず非業の死を遂げる。最初はそのことが判らなくて何人もの人間を死なせちまったんだ。だけど戻ることは許されない。 ―― 旅を続けるうちに何人かの人間と出会った。その人間 ―― 仮に伝承者と呼ぼうか ―― は、オレたちに同じ話を聞かせるために存在するのだと言っていた。何100年も前からその時を待っていて、先祖代々その話を受け継いできたんだ、って」
 話している間に、シュウの顔がどんどん苦痛に歪んでいった。きっと犠牲になった人たちのことを思い出して、自分たちに理不尽な運命を与えた誰かに対する怒りが満ちてきているんだ。シュウも探求の巫女も、ここへ来るまでは平坦じゃなかった。のんきに2人旅を楽しんでた訳じゃないんだ。
 リョウを見ると、目を閉じて腕を組んだままシュウの話を聞いていて、表情を推し量ることはできなかった。
「オレたちは伝承者たちに切れ切れの情報を与えられた。探求の巫女は自らの行く道を追い求める巫女で、左右の力を統べる。左の騎士は探求の巫女を守る頭の騎士で、左の力のみを継承する。オレたちは伝承者たちに力を分け与えられたんだ。だけど、何のためにその力が必要なのか、そもそもオレたちがどうして旅をしなければならないのかは伝承者たちも判らなかった。
 やがてオレたちは、最後に出会った伝承者リオナに導かれて、次元の門をくぐった。で、出てきたところがこの村の神殿だったんだ」
 シュウはそこで息をついた。シュウの話には情報量があまりに多すぎて、誰も一言も話すことができなくなっていたの。これでもシュウはいろいろなところを省略しているのだろう。トツカと出会ったこともその1つなんだ。
 先に聞き出しておいてよかった。もしもあたしが聞いていなかったら、シュウはきっとここでトツカのことを話し出しただろうから。
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真・祈りの巫女305
 守護の巫女の開始の言葉でやや緊張した空気が、シュウが左の騎士と名乗っていると言われたことでまた少しざわめき始めた。みんな、探求の巫女の名前は昨日聞いていたけど、左の騎士の話は今が初めてだったから。
「静かにして。今日は議題が多いから手早く進めたいわ。昨日は遅かったからまだ2人ともこの村についてなにも知らないでしょう? まずはそれをこの2人に簡単に説明するわね」
 そう言って、守護の巫女は探求の巫女とシュウに、この村の神殿の制度について説明した。そのあと名前のついた巫女の紹介と、その役割についての説明があって、あたしも名前を呼ばれて2人に挨拶する。この巫女と神官だけの会議になぜ狩人のリョウがいるのかについての説明はなかった。でも、2人がそれについて疑問を持つことはなかったみたいで、あたしは心の中でほっとしていたの。
 シュウが守護の巫女にいくつかの質問をして、守護の巫女がそれに答えたあと、今度は2人が自分たちの説明をする番になった。
「ユーナはこういう席での会話に向いていないから、代わりにオレがぜんぶ話させてもらう。それでかまわないか?」
 シュウの話はそんな風に始まっていた。守護の巫女が了承すると、シュウは話を続けた。
「オレたちは別の世界から来たんだ。たぶんそれを1から説明しても理解するのにかなり時間がかかると思うから、ここからずっと西へ向かって、海を越えて更に向こうにある島国から来たとでも思っててくれればいい。その国はこの村や周辺の国よりも文明が進んでるんだ。オレとユーナはその国に住んでいる平凡なガクセイだった。……ガクセイは判らないんだっけ?」
「留学生のようなもの? ごくまれにだけどこの村にも来ることがあるわ。ここ100年くらいはきていないけど」
「留学生が判るなら話は早いな。それとほとんど同じだけど、オレとユーナは自分の町にいて、それぞれのガッコウで勉強をして過ごしていたんだ。そのガッコウが1ヶ月前に夏の長い休みの期間に入ったんだけど、それと前後してオレとユーナには不思議な出来事が起こった。……オレたちの周りにいる人たちの記憶がおかしくなったんだ」
 意味が判らなかった。言葉を切ったシュウに、あたしたちは話の先を急かすような視線を向けた。
「オレの両親は、オレが夏休みに長期の旅をすると話したと言う。ユーナはガッコウの友達に旅のことを話していたらしい。だけどオレにもユーナにもそんな記憶はまったくなかったんだ。……まるでオレたちの知らないところでもう1人の自分が行動していたみたいに」
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真・祈りの巫女304
 シュウと連れ立って守りの長老宿舎へ行くと、中には守りの長老と守護の巫女、そして既にタキと探求の巫女が来ていた。
「おはよう守護の巫女、守りの長老」
「おはよう、祈りの巫女。……ねえ、どうしてパートナーを交換してきたりするの? 私さっきあなたと探求の巫女を間違えちゃったわよ。悪ふざけのつもり?」
「あ、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの。ちょっとした経緯があって……」
「嘘よ。ちょっと言ってみただけ。その経緯についてはタキに聞いたわ。祈りの巫女はいつもの席について、シュウは探求の巫女の隣に」
 あたしはいつもの席、守護の巫女とタキとの間に座った。シュウはちょっとためらいながら探求の巫女が座った席まで歩いていく。そこは守護の巫女と守りの長老の対面で、1番離れているから小声で話すとこちらにはまったく声が聞こえなくなるんだ。探求の巫女は下を向いてシュウの視線を避けていたけど、シュウが誤解を解こうと必死で話しかけているのは様子で判った。
「タキ、探求の巫女を連れてきてくれてありがとう。変な役を押し付けちゃってごめんなさいね」
「いや。オレが話しかけた頃にはずいぶん落ち着いてたから楽だったよ。……神殿の石段に座ってたんだ、彼女。もしかしたらシュウに追いかけてきて欲しかったのかもしれないね」
 だとしたらまた少しへそを曲げちゃったかな。あたしでも、リョウと喧嘩したときにはやっぱりリョウに追いかけてきて欲しいもん。
 それから続々と巫女や神官たちが集まり始めたから、あたしとタキの会話もそれきりになっていた。リョウがやってきたのはほとんど最後の方で、探求の巫女から空席を1つはさんだ斜め前に座ったの。声をかけたあたしには手を上げて答えてくれたけど、探求の巫女のことは無視しているようで、そちらをちらりとも見ようとはしなかった。
 探求の巫女はじっとリョウの横顔を見つめている。……やだ、やめてよ。リョウはあたしの婚約者なんだよ。あたしのリョウをそんな目で見ないでよ。
「みんな揃ったようね。それじゃ、会議を始めるわ。まず初めに紹介しておくわね。私の正面にいるのが探求の巫女のユーナとシュウ。シュウは探求の巫女の左の騎士と名乗っているわ」
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真・祈りの巫女303
 シュウは3人の間にあった出来事をポツリポツリと話してくれた。そもそもシュウと探求の巫女とが再会したのは旅を始めた直後で、今から1ヶ月くらい前。すぐにお互いが幼馴染だということが判ったから一緒に旅をすることにしたんだって。その旅の途中で時々トツカとすれ違った。シュウは1人でトツカに会いに行って、そのときにトツカが探求の巫女の幼馴染だったことを知ったんだ。シュウはトツカを一緒に旅をしようと誘ったんだけど、トツカはそれを断って、更に探求の巫女に自分のことは話さないで欲しいとシュウに頼んだの。
 だから探求の巫女はトツカが幼馴染のリョウだってことを知らないで、やがてシュウと探求の巫女は恋人同士になった。……シュウはもしかしたら、探求の巫女にトツカのことを話したくなかったのかもしれない。トツカにそう頼まれたからだけじゃなくて。探求の巫女もそれを感じたからシュウのことをあんなに怒ったんだ。
「 ―― ユーナはいつもはあんな過激な怒り方はしない人なんだ。……オレ、完全に嫌われたかも」
「そんなことないわ。誤解やすれ違いなんてよくあることだもん。じっくり話し合えば探求の巫女も判ってくれるよ」
「だけどさ、黙ってるようにトツカに頼まれたことはオレしか知らないことだから、ここにトツカがいない以上ユーナに証明するなんてできないんだ。だいたいオレにだってトツカがそう言った本当の理由なんか判らないし。……もしもユーナがオレの話を信じてくれたとしても、それならトツカがユーナと会いたくなかったってことだろ? 余計にユーナを落ち込ませちまうよ」
 シュウの中にはいろんな感情があるんだ。トツカを邪魔に思ってたのも本当だし、トツカに助けられたことを感謝していて、心配していたのも本当。探求の巫女とトツカを会わせたくないと思っていたけど、それで探求の巫女が落ち込んじゃうのも嫌なんだ。そして、そんな自分の感情をぜんぶ素直に見せてくれる。……探求の巫女、あたしを羨ましがることなんかないよ。だってあなたはこんなにシュウに愛されてるんだもん。
  ―― リョウを守らなくちゃ。だってあたしにはリョウしかいない。あたしは、リョウを探求の巫女に奪われたくなんかない。
 そのためには早くこの2人に仲直りしてもらわないといけないよ。……だってリョウは ――
「……そろそろ会議に出かける時間になると思うわ。あたしカーヤに断ってくる」
 そう言ってシュウを残してオミの部屋へ行くと、オミと小声で話していたカーヤはちょっとばつが悪そうに目をそらした。
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真・祈りの巫女302
 シュウの頬を叩いた瞬間、探求の巫女はまるで自分が叩かれたかのような表情をした。唇を歪めて涙を浮かべた探求の巫女は、テーブルに身体をぶつけながら宿舎を出て行ってしまったの。あたしはシュウの名前を鋭く呼んだけど、シュウも驚いてしまってとっさに動けなかった。……だめだよ。外に出たら万が一にもリョウと会っちゃうかもしれないもん。だけど今シュウとタキを2人だけにはできない!
「タキお願い、探求の巫女を追いかけて! 昨日の雨で地盤が緩んでるわ。もしも万が一のことがあったら ―― 」
「……判った。連れ戻してくるよ」
「いいわ。見つけたら直接長老宿舎に連れて行って!」
 タキが判ったという風に手を振りながら扉を駆け出していったから、あたしはほっとしてシュウを振り返った。……なんだかすごく打ちのめされた顔をしていたの。もしかしたら、シュウが探求の巫女に叩かれるのはこれが初めてだったのかもしれない。
「ごめんなさい。……今度こそあたしのせいね」
「……いや、原因を作ったのはオレだよ。祈りの巫女は悪くない」
 シュウはあたしを気遣ったのか、顔を上げて微笑みかけてくれる。でも心の中が探求の巫女のことで一杯なのは判った。
「よかったら話してみて。……そのトツカという人はシュウと同じで、探求の巫女とは12年くらい会ってなかったの?」
「いや、同じじゃないんだ。オレは子供の頃のトツカのことはほとんど覚えてなくてね。ユーナによればそいつはユーナよりも先に引っ越したらしいから」
「覚えてないの? だって近所に住んでたんでしょう? 4歳くらいの記憶だったらふつう残ってるわよね」
「まあね、近所は近所なんだけど、トツカはオレより3歳か4歳くらい年上だからね。その頃にはガッコウに通ってたはずだし、それだけ年が離れてれば一緒に遊んだりはしないよ。ほかにも遊び相手はたくさんいたしさ。ユーナがトツカを覚えてるのはたぶん、ユーナの父親とトツカの父親が仕事仲間だったからだ。……トツカってさ、ユーナの初恋の相手なんだよ。ユーナと再会したその日にそう言われた」
 そう言って、シュウは大きな溜息をついてテーブルに突っ伏してしまう。……奇妙な類似性を感じる。あたしにとって死んだシュウはきっと初恋の相手だった。探求の巫女にとってそれはリョウで、今は互いに交換したようにもう1人の人と恋人になってるんだから。
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真・祈りの巫女301
 リョウと別れて1人で宿舎に戻ると、探求の巫女とシュウは言い合いを終えていたようで、食卓に重苦しい空気が漂っていた。タキも食卓の空いた席に座ってる。あたしの顔を見るとまるで救い主が現われたかのように声をかけてきたの。
「あれ? 祈りの巫女、リョウは?」
「会議まではまだ時間がありそうだから、1度家に帰るって言ってたわ。ほら、昨日の夜から狩りの道具を持ったままだったから」
 カーヤがいなかったから、あたしはタキにお茶を出して、途中だった食事を再開する。探求の巫女とシュウは互いに目を合わせないように下を向いたまま残りの朝食をかき込んでいたの。ちょっとしか聞かなかったから判らないけど、シュウが秘密にしていたことが探求の巫女にバレちゃったみたいね。仲裁するつもりじゃなく、あたしはシュウに声をかけていた。
「どうかしたの? なんだかリョウのことで喧嘩になってたみたいだけど」
「ちょっとね。……祈りの巫女、彼は本当にこの村で生まれ育ったの?」
「そうよ。あたしが小さい頃からずっとこの村にいたわ。だからシュウが知ってる人とは別人よ。あたしが証明する」
 タキの何か言いたそうな視線を頬に感じていたけれど、あたしは無視した。
「シュウはどうしてそんなにリョウにこだわるの? 昨日カーヤを見たときとずいぶん違うけど」
「……トツカはオレたちと同じなんだ。つまり、オレたちもトツカも、理由の判らない旅をずっと続けてた。一緒に旅してた訳じゃないんだけどね、どきどきすれ違って……。数日前にオレたちがヤケンの群れに襲われてたとき、トツカはオレたちを助けてくれたんだ。それきり会ってなかったから心配してた。……ここに来ててもぜんぜんおかしくないんだよ。もしも本人だったら一言お礼が言いたくてね」
 シュウはすごく言いづらそうで、できるだけ言葉を選びながらしゃべってたみたい。シュウが言うヤケンという動物 ―― たぶん動物だろう ―― のことはあたしには判らなかったけれど、それがどんな姿をしているのかは想像できる気がしたの。
「シュウは見捨てたんだよ、トツカサンのこと。……あたしたちを助けてくれたのに。トツカサンがリョウチャンだって知ってたのに!」
「あの時はそうするしかなかったって、おまえも納得したじゃないか! オレたちにいったい何ができたって言うんだよ!」
 探求の巫女の言葉にシュウが反論したそのとき、とつぜんパチンと音がして、探求の巫女がシュウの頬を平手で叩いていた。
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真・祈りの巫女300
 あたしが笑顔を崩さずに断言したことで、シュウは少し自信がなくなってしまったみたいだった。リョウは動揺したまま黙り込んでる。タキは不審そうな視線をあたしに向けてきたけど、あたしは黙殺していたの。そんな奇妙な沈黙を破ったのは探求の巫女だった。
「……シュウ、トツカサンがリョウチャンだって、知ってたの……?」
 探求の巫女の声を聞いて、シュウは明らかにぎくりとしたように背筋を緊張させた。
「いつから知ってたの? どうしてあたしに黙ってたの? あたしが小さい頃にリョウチャンと仲がよかったこと知ってたはずじゃない!」
「あ、だからそれは、トツカの奴に頼まれて……」
「リョウチャンに会いたかったんだから! トツカサンがリョウチャンだって知ってたらもっといろいろ話ができたよ ―― 」
 そう、探求の巫女とシュウとがあたしの判らない理由で言い合いを始めてしまったそのとき、不意にリョウがあたしの手を引いて宿舎から連れ出してしまったの。タキは中の2人に気を取られてあたしたちには気づかなかったみたい。リョウは宿舎の裏手まであたしを連れてきて、やっと手を離してくれた。
「どういうことだ。あの2人は」
「昨日の夜とつぜん神殿に現われたのよ。経緯は神官か巫女なら知ってるはずだけど、リョウはうわさを聞かなかった?」
「村では誰もなにも言ってなかった。昨日はランドの家に泊めてもらったんだ。タキも話してくれなかったし」
「きっと驚かせたかったのね。タキらしいわ。……ねえ、リョウ。まさかあの2人のこと、知らないよね」
「……いや。覚えがない」
 あたしが恐る恐る訊いた言葉に、リョウはちょっとだけ沈黙したあと答えたの。あたしはその答えに心からほっとしていた。
「リョウも会議には呼ばれてるんでしょう? あの2人も出席することになってるの。たぶん詳しいことはそこで話してくれるわ」
「……」
「お願いリョウ、あたしと探求の巫女を間違えないでね。あたしはリョウからもらった髪飾りをいつも身につけてるから」
 リョウは何を考えているのか判らない表情をして、あたしの髪飾りをじっと見つめた。
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真・祈りの巫女299
「トツカサン! 無事だったの?」
「トツカ、おまえこんなところにいたのか?」
 そう言いながらシュウはテーブルを回ってリョウに近づいていく。少し遅れて探求の巫女も席を立っていた。タキは驚いたようにリョウのことを振り返ってる。リョウも驚いてはいたけれど、声を出すことはしなかった。
「心配してたんだぞ。あのままヤケンの群れに殺されちまったんじゃないかと思って」
  ―― ヤケンの群れ……?
 2人の様子は、カーヤを目にしたときとは明らかに違っていた。あたしも驚いてはいたけれど、冷静になるように自分に言い聞かせて、つとめてのんびりした口調になるように口を挟んだの。
「どうしたの? 2人とも。……もしかして、リョウにそっくりな人を知ってるの?」
 その場にいた全員があたしに振り返った。あたしは笑顔を浮かべて、ゆっくりとした動作でテーブルから立ち上がっていた。
「リョウ……?」
「ええ、探求の巫女。紹介するわ。あたしの婚約者で狩人のリョウよ。……リョウ、この人たちは昨日の夜遅く村に到着した旅人なの。彼がシュウで、彼女が探求の巫女のユーナ。あたしにそっくりで驚いたでしょう?」
 リョウの視線は探求の巫女に釘付けだった。あたしがリョウに近づいて、ちょっと腕を絡ませるようにすると、我に帰ったのかリョウがあたしを見た。かなり動揺しているのが判る。
「……トツカだろ? なんで黙ってんだよ。まさかオレの顔を忘れた訳じゃねえよな」
「シュウ、彼はトツカって人じゃないわ。だってあたしはずっと一緒にすごしてきたんだもの。リョウとそっくりな人と間違えてるのね」
「まさか! こいつは間違いなくトツカだ! あのときオレたちをヤケンの群れから庇って逃がしてくれた ―― 」
「あたしは小さな頃から一緒にいたのよ。14歳のときに気持ちを確かめ合って、あたしの15歳の誕生日に婚約したの。リョウは生まれた時からずっとこの村で育ったんだもん。シュウが知ってるトツカという人ではないわ」
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真・祈りの巫女298
 カーヤはあたしたちの食事を手早く作り上げるとテーブルに並べて、自分はオミの食事を持って奥へ行ってしまったの。なんだかカーヤはほんとに戸惑ってるみたい。もしかしたら、シュウに「カヤコと似ている」って言われたことで更に警戒しちゃったのかもしれない。
 2人ともカーヤの料理は気に入ったみたいで、実際に「おいしい」って口に出しながら笑顔で頬張っていた。それで少しの間会話が途切れてたんだけど、やがてお腹が少し落ち着いたのかシュウが言ったの。
「祈りの巫女、君はどうしてオレたちに根掘り葉掘り訊かないんだ? ……最初は旅人に慣れてるからなのかとも思ったけど、彼女の様子を見ればそうじゃないのは判る。普通だったらもっといろいろ訊くんじゃないのかな。たとえば、オレたちがどうしてあの神殿に現われたのか、とか。なんの目的で旅をしているのか、とか」
 あたしは心の中でかなり動揺してたんだけど、できるだけ表情に出さないように笑顔で答えた。
「それを訊くのはあたしの役目じゃないもの。たぶん食後の会議で守護の巫女が訊ねることになると思うわ。シュウだって何度も同じ説明をするのは嫌でしょう?」
「それはそうだけどね。でも君はいろいろなことに深く関わっているようだし、オレたちが知らないことも知っていそうな気がするんだ。……本当に、オレたちを呼んだのは君じゃないのか?」
「あたしは誰も呼んだりしてないわ。本当よ。もちろん2人のことだって興味がない訳じゃないの。でも、難しい話をするより、まずは2人と友達になりたかったのよ。その方がいろいろ話しやすくなるでしょう?」
「……まあ、確かにそれも一理あるかな」
 シュウはそれでごまかされてくれたみたいで、あたしがほっとしかけたとき、不意に宿舎の扉がノックされたの。カーヤがいなかったからあたしが返事をして扉を開けると、そこにはタキとうしろにリョウが立っていた。
「おはよう、祈りの巫女。……あ、ここにいたのかシュウ! トイレに行くって出ていったきり帰ってこないと思ったら ―― 」
「トツカ!」
 まるでタキの言葉をさえぎるように立ち上がってそう叫んだシュウの視線の先には、こちらも少し驚いた表情のリョウがいたんだ。
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真・祈りの巫女297
 カーヤに付き添われて部屋を出てきた探求の巫女は、着慣れない巫女の服を着たせいか少しぎこちない動作で歩いてきた。もちろんサイズはぴったりで、シュウを見つけると少し照れたように微笑んだの。まるで自分がそこにいるみたいであたしもドキドキしてきちゃったけど、シュウの方が傑作だった。口をぽかんと開けたまま探求の巫女に見惚れてたんだ。
「おはようシュウ、祈りの巫女。……服を貸してくれてありがとう。でもなんかちょっと変な感じ」
「よく似合ってるわよ。……って、あたしが言うのも変ね。でも昨日の服よりもずっといいわ。巫女らしくて」
「大丈夫かな。みんなちゃんと見分けてくれる? 祈りの巫女と間違えられたりしないかな」
「そうね。間違える人もいるかもしれないけど、そのときは言ってくれればいいわ。祈りの巫女は髪飾りをつけてるから、って」
 食卓の椅子に座った探求の巫女は、意見を求めてシュウを見つめたの。それでようやく茫然自失状態から回復したみたい。シュウはちょっと顔を赤くして言ったんだ。
「女が着るもので変わるってのはほんとだな。……おまえに「マゴにも衣装」って言葉を贈ってやろう」
 シュウの言い回しがあたしには判らなかったけど、少なくともほめ言葉じゃなかったみたい。探求の巫女はちょっと口を尖らせた。
「シュウって素直じゃなさすぎ。っていうか独創性ゼロ。それじゃ内心の動揺がバレバレだよ」
「動揺するなって方が無理。……オレはおまえにはジーパン履いててもらった方が助かるんだ」
「なにそれ。シュウも祈りの巫女とあたしの区別がつかないの? 恋人なのに」
「無茶言うな。おまえ、自分と祈りの巫女がどれだけ似てるか判らないのか? しゃべってくれれば判るけど、黙ってられたら誰にも区別なんかつかねえよ」
 シュウはテーブルに肘をついて横を向いてしまったけど、その横顔に「惚れ直した」って書いてあるのが判って、あたし思わず吹き出しちゃったの。でも探求の巫女には判らないみたい。……あたし、いつもカーヤに鈍いって言われるけど、もしかしたらあたしもこんな感じなのかな。きっと探求の巫女も自分のことだから判らないんだ。だってあたしには、シュウが言う「助かる」って意味が、区別がつかないからってだけじゃないのが判る気がするんだもん。
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真・祈りの巫女296
 胸を突き刺す小さな痛み。それはきっとあたしがシュウを死なせてしまった後悔の痛みなんだと思う。小さくはなってくれるけど、消えてくれることはない。時々それは大きくなって、あたしの心を沈めてしまうの。
 でも今は、シュウと話している喜びの方が大きかった。シュウはすごく自然な感じであたしに接してくれるから、あたしもぜんぜん緊張しないでいられるんだ。こんな人は初めてだった。逆にあたしは今まで誰といても多少の緊張をしていたんだってことに気づいたの。
 シュウに惹かれていた。あたしにはリョウがいて、リョウのことが1番大好きなのは変わってなかったけど、シュウにも惹かれている自分に気づいていた。ずっとこんな風に話していられたらいいって思ったの。もちろんシュウにだって探求の巫女がいるんだもん。あたしは彼女からシュウを取り上げるつもりなんてぜんぜんなかった。
 カーヤはあたしがシュウと話し始めてからずっと席を外してたんだけど、いよいよ朝食の支度をする時間になったから、台所に戻ってきていた。なし崩しにシュウもここで朝食を食べることになりそうだから、カーヤは5人分もの朝食を作らなければならないんだ。そんなこんなで宿舎の中が騒がしくなったからだろう、探求の巫女が目覚めて部屋のドアから顔だけ覗かせたの。気づいてあたしが席を立つと、カーヤが近づいてきてあたしに耳打ちしたんだ。
「ユーナ、お願いだから1人にしないでよ」
「大丈夫よ。それにあたし、昨日探求の巫女に着替えを貸す約束をしたの。……あたしはどっちでもいいけど」
「……判ったわ。あたしが行く」
 そう言ってカーヤが着替えを取りにあたしの部屋へ行ったから、あたしも食卓に戻る。いぶかしそうに見つめるシュウに言ったの。
「カーヤね、シュウのことが怖いみたい。2人っきりになりたくないんだって」
「なんで? 傷つくなぁ。オレそんな怖そうに見える?」
「見えないわよ。でも、この村にはあまり他所の人は来ないし、来ても巫女宿舎まで踏み入ることはまずないから、みんな慣れてないの。カーヤも慣れてくれば親しく話してくれるわ。だから悪く思わないでね」
 シュウはちょっとすねたようにぶつぶつ言ってたけど、やがて着替え終わった探求の巫女が部屋から出てくると、途端に表情を変えた。
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真・祈りの巫女295
「困ったわね。ベッドを貸してあげたいけど、ここは巫女宿舎だから基本的に男子禁制なのよ。奥の部屋にあたしの弟がいるけど、非常時でしかも怪我をしてるから特別に置いてもらってるだけだし」
 あたしの弟と聞いてシュウはちょっと不思議そうな顔をしたけれど、1人で納得したらしくて何度かうなずいた。
「たぶん今横になったらしばらく起きられそうにないからここでいいよ。午前中の会議にはオレも呼び出されてるしね。それが終わる頃になれば、さすがに他の神官たちも忙しくてオレどころじゃなくなるだろうからさ。神官宿舎でベッドを借りるよ」
「それでいいならかまわないけど。……あたしも訊くかもしれないわよ、空が青い理由」
「……頼む、それだけは勘弁して」
 シュウが脱力してパタンとテーブルに突っ伏す。その仕草と口調に笑いを誘われて、あたしが声を上げて笑い出すと、シュウもつられて笑った。……なんか、シュウってすごくいいよ。あたしは同じ年齢の男の人と親しく話す機会なんてなかったから、こんな雰囲気を知らないんだ。もしもあたしのシュウが生きていたらこんな感じだったのかもしれない。自然に話して、穏やかに笑いあって、まるで空気のようになんの意識もなく傍にいて ――
「 ―― 祈りの巫女、君は昨日もそんな目でオレを見ていたね。いったい何を考えてるの?」
 不意に声をかけられて見ると、シュウは穏やかでいて、でもまっすぐな視線であたしを見つめていた。
「なんだろう、なにかを懐かしんでる感じがする。……もしかして、オレのそっくりさんもこの村にいるの?」
「うん。……いた、って言った方がいいかもしれないわ。あたしの幼馴染のシュウは、5歳のときに死んでるの。あなたを見ているとシュウのことを思い出すんだ。もしも生きていたら、って。……ごめんなさい。あなたはあたしのシュウじゃないのに」
「謝らなくていいよ。オレはかまわないから。……そうか、辛いことを思い出させてたんだな。オレの方こそ謝らないと」
「ううん、シュウのことを思い出すのは辛くないの。まったく辛くないといえば嘘だけど、むしろ今ここにあなたがいて、あたしにシュウを思い出させてくれるのは嬉しい。永遠になれなかったはずの大人になったシュウと語り合ってるような気がするから」
 話しながら、あたしは胸に重苦しい小さな塊があるのを感じていたけれど、なぜかそれを心の中から追い出したいとは思わなかった。
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真・祈りの巫女294
 翌朝、あたしはカーヤに揺り起こされて目を覚ました。目を開けるとカーヤの不安そうな顔があったの。いつもと違う目覚めに戸惑ってたんだけど、すぐに昨日はカーヤ部屋で探求の巫女と一緒に眠ったんだってことを思い出していた。
「目が覚めた? ユーナ。……ユーナよね?」
 カーヤは声をひそめて言う。探求の巫女はまだ眠っていて、カーヤは2人の服装を確かめてからあたしの方を起こしたんだろう。それでもぜったいの自信はなかったみたい。
「大丈夫よ。あたしは祈りの巫女の方のユーナだから。……なにかあったの?」
「あの人がきてるの。昨日のシュウって人。お願いユーナ、起きてきて。あたしあの人と2人っきりでいたくないの」
 あたしはシュウが何かおかしなことをする人だなんて思ってなかったけど、カーヤの気持ちも判る気がしたから、なんとか眠気を振り払ってベッドから起き上がった。カーヤがあたしの服を部屋に取りに行っている間に髪を整える。……なんだか鏡を見てると変な気持ちになるよ。この顔とそっくり同じ顔の女の子が、今同じ部屋のベッドに寝てるなんて。
 着替えて部屋を出ると、ものすごく眠そうな顔をしたシュウが、ほとんどテーブルに突っ伏すような格好で座っていた。
「おはよう、シュウ。早いのね。探求の巫女はまだ眠ってるわよ」
「おはよう。……君は祈りの巫女の方だよね。早い、っていうか、けっきょく昨日から寝てないんだ。……参ったよ、あいつ」
「どうして? ベッドの寝心地が悪かったの?」
「ベッドにすら入らせてもらえなかった。……最初はよかったんだ。ふだんオレが眠る時間よりもずいぶん早かったから、宿舎の食堂でタキの奴としばらく話してて。あいつ、すごく好奇心旺盛でさ。空が青い理由から始まって、虹のでき方とか光のクッセツの話とか、四季の変化からワクセイキドウの話になって……あとなに話したかな。とにかくそんなことをぜんぶ説明してたらいつの間にか夜が明けちゃってね。起きてきたほかの神官たちまで寄ってたかってオレに話をせがむ訳。やってられないから逃げてきたんだ。……祈りの巫女、悪いんだけどしばらくオレのことかくまってくれ。ベッドを貸してくれとは言わない。ここでも、どこか他の部屋の隅でもかまわないから」
 ……聞きながら、あたしは大きな溜息をついていた。
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真・祈りの巫女293
「旅の荷物は持っていないの? 着替えは?」
「持ってたんだけど、ここへ来るときに置いてきちゃったの。……気にしないで。あたしはこのまま過ごすから」
「そうはいかないわ。あたしの服を貸してあげる。でも、今夜は無理ね。カーヤが休む前に気づけばよかった」
「ありがとう。寒くないし、今夜は下着で寝るから大丈夫よ。……祈りの巫女に服を借りたりしたら、ますます見分けがつかなくなっちゃいそう。大丈夫かな」
「髪の長さもほとんど同じなのね。でも、あたしは髪飾りをつけているから大丈夫よ。これはめったなことでは外さないから」
 カーヤとオミを起こさないように小声で話しながら、あたしは灯りを持って探求の巫女をカーヤの部屋まで案内した。そういえば明日はオミにも紹介しなくちゃならないわね。きっとオミもびっくりするよ。
「それ、恋人からのプレゼントなの?」
 あたしが横になる前に髪飾りを外していたら、探求の巫女が服を脱ぎながら聞いてきた。
「うん、そう。あたしが15歳のときに、婚約のしるしに、ってくれたものなの。材料を手に入れるのがすごく大変だったのよ。北カザムの毛皮を使ってるんだけど、本当なら毛皮は神殿のもので狩人が自由にはできないの。だから、毛皮に傷がついて売り物にならない北カザムを狩らなきゃいけなかったんだけど、今まで何度もほかの狩人が挑んでそのたびに逃げてきた大きなオスだから、すごく大変だったんだって。……これはあとから他の人に聞いた話」
 話しながらカーヤのベッドに横になると、急に眠気が襲ってくる。あたし、今日はほんとに疲れてたんだ。
「祈りの巫女の恋人は狩人なんだ。……すごく愛されてるんだね。うらやましい」
「探求の巫女にはシュウがいるじゃない。きっとシュウだって負けないくらい愛してくれてるよ……」
「そんなことないよ。シュウは ―― 」
 けっきょくあたしが覚えていたのはそこまでだった。眠りに引き込まれながら判った気がしたの。きっとあたし、探求の巫女にリョウのことを自慢したかったんだ、って。あたしも探求の巫女とシュウのことをうらやましく思ってたんだ。
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真・祈りの巫女292
 それからのシュウの話は不思議だった。シュウの村では、子供たちは6歳になった春から全員ガッコウというところに通うようになる。そこで文字を習って、いろいろな勉強をみんな一緒にするんだって。その話の途中にカーヤとタキが帰ってきたから、あたしはカーヤにあたしの部屋に寝るように言って先に休んでもらったの。カーヤは少し渋ってたけど、どっちみち食卓の椅子は4脚しかなかったし、食器の片付けは明日カーヤにお願いすることでようやく納得してもらったんだ。
 食事をしながらもシュウの話は続いていた。タキも会話に加わって、あたしとタキは何の遠慮もしないで代わる代わるシュウに質問を浴びせていたの。
「 ―― 神官や巫女になるならともかく、村で畑を耕したり狩りをしたりするのに文字を覚える必要はないだろ?」
「勉強をするのには必要だよ。あと、文字がなければ生活もできない。店の看板やネフダも読めないし、計算ができなければ物を売ることも買うこともできない」
「ああ、そうか。シュウの村には通貨があるんだな。だけど通貨がある村でも文字を知ってる人はあまりいないよ。看板はたいてい絵で書いてあるし、物の値段は店主に訊けばその場で判る。だいたいどうしてガッコウなんてものがあるんだ? ガッコウがなければ文字は要らないじゃないか。村の歴史を勉強したって畑仕事の役には立たないだろ?」
 あたしはタキの言葉が不思議でならなかった。だって、タキは畑仕事をするのが嫌で神官になったんだって、あたし前に聞いたことがあるんだもん。もしもシュウの村のようなガッコウがあったら、タキは神官になるよりずっと幼い頃からいろいろな勉強ができたんだ。それなのにシュウの村の制度に反対するような立場でいるなんて。 ―― ちょっと考えて判った。タキはシュウがうらやましかったんだ、って。
 だんだん話が複雑になって、あたしは会話に入れなくなっていった。食事が終わってからも2人の会話は途切れなかったから、さすがにあたしも疲れていたし、適当なところで2人を宿舎から追い出したの。宿舎の中が静かになって、探求の巫女と2人きりになると、なんだかさっきの気恥ずかしさが戻ってくる。お互い照れたように見つめあってしまって、探求の巫女もあたしと同じように感じているんだってことが判ったんだ。
 探求の巫女はもう1人のあたしだ。何の根拠もなかったけど、あたしは自然にそのことを感じていた。
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