2000年10月の記事


永遠の一瞬・30
「……泣かないの。せっかくの美人が台無しだろ」
 シーラの頭をぽんぽんと叩くと、泣きかけていたシーラは大粒の涙を流した。
「そんな言い方ずるいよ。……サブロウはあたしのこと、美人だなんてぜんぜん思ってないくせに」
 思ってるよ。シーラより美人なんて、この世の中にいる訳ないとオレは思ってる。ほんとはいるのかもしれないけどね。だけど、今までシーラより美人だと思った女なんて、オレにはいないんだ。
「もっと自信を持ちなさいよ。……高校時代、君に片思いしてた男を、オレは3桁は知ってる。よく告白されたでしょ」
「……うん。でもなんか変な人ばっかりだった。告白できただけで満足です、みたいな」
 そりゃ、そうだろうな。シーラにはタケシが四六時中まとわりついてたから、シーラと付き合うためにタケシと一戦交える気には誰もならなかっただろうさ。
 その頃オレは学校の中ではあまりシーラと仲良くしなかったから、シーラはタケシと付き合ってるんだと思ってた奴はけっこう多かったに違いない。
「そのくらい、君は美人なんだよ。高嶺の花に思われてたんだから」
「そんなの嘘だよ。だって、サブロウはぜんぜんそう思ってない」
「そんなにオレが信じられないなら、タケシにでも聞いてみろって。オレのことは信じられなくても、タケシの言うことなら信じられるんだろ?」
「タケシはサブロウみたく嘘つきじゃないもん」
「だったらためしにタケシと付き合ってみれば? そういうのは別にタブーじゃないし、オレは喜んで君たち2人を応援するよ」
 シーラはまた少し傷ついたようで、目を伏せて、大粒の涙をこぼした。
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永遠の一瞬・29
 反対側の座席のドアを閉めるために、オレはかなり身体を乗り出さなければならなかった。だから、ドアを閉めたあとのオレの体勢は、ほとんどシーラにのしかかっているような格好になる。そんな体勢で腕を拘束して睨みつけているからだろう。シーラは身体を硬直させて、まん丸に目を見開いていた。
「シーラ、オレが交際してる女性について、君にとやかく言う資格はないだろ」
 オレとシーラは、今は恋人同士のように見せているけれど、実際は単なるチームメイトだ。オレが誰と付き合おうとシーラに何か言う資格はないし、オレの方もそうだ。シーラは反論の言葉を捜してる。だけど、けっきょく何も見つからないらしくて、硬直したまま沈黙していた。
「オレのプライベートに口を出すな。それだけは、君にもタケシにも許さない。……判ったな」
「……その人のこと、好きなの?」
「君には関係ない。オレはずっとそう言ってるだろ」
「サブロウは誰が好きなの? あたしよりその人の方が好きなの?」
「……本気で怒るぞシーラ。これ以上踏み込んだらオレは君とはチームを組めない」
 正直、オレは怖かった。シーラがその言葉を口にするのが。
 たぶん、シーラがそれを口にしたとき、オレは彼女の傍にいられなくなるから。
 微妙なバランスが、オレとシーラとタケシの間には存在している。
 そんなオレの、苦しまぎれとしか言いようのない脅し文句は、確かにシーラの心を動かしたようだった。
「……ごめんなさい。もう言わない。……チーム解消したくない」
 今にも泣き出しそうなシーラの表情は、オレには苦しかった。
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永遠の一瞬・28
 シーラをかわいいと思う。
 シーラを守りたいと思う。
 シーラには、世界で一番幸せな女の子になって欲しい。
 シーラの幸せを、永遠に守ってあげたい。

 帰り道、シーラを助手席に乗せて山道を下っていると、オレの携帯電話が鳴り響いた。
「取ろうか?」
「いや、いい。車を止めるから」
 ちょうど坂道の車止めスペースがあったから、オレはその隙間に車を停めて、電話を取った。相手は昨日の女性だ。どうやら金庫の中の番号を見ることができたらしい。
「はい……はい、判りました。どうもありがとう」
 シーラが見守る前で、オレは携帯電話にキスをする。
「……愛しています」
 電話にそう言った次の瞬間、シーラはドアを開けて車から飛び出して行こうとしたのだ。
「やめてよ! 放して!」
 すんでのところで腕を捕まえたけど、シーラは激しく腕を返してオレを引き離そうとする。こんなところで後先考えないで車を飛び出したら危険なんだ。このあたりは走り屋がうようよしてて、通り過ぎる車やバイクはみんなスピードを出してるんだから。
「子供扱いされたくなかったら子供みたいなことはしないの! 追いかけてくオレのことも考えなさい!」
「追いかけてなんか来なくていいもん! どうせサブロウはあたしのことなんかどうだっていいんだから」
「そんなわけないだろ!」
「だったらあたしと一緒にいるときに他の女にそんなこと言うなよ!」
 そう言われてもな。仕方ないだろ、あのキスと言葉が催眠術を解くキーワードなんだから。
 いっそ抱きしめて強姦してやろうか。そう、思わなくもなかったけれど、実際そういう訳にもいかないから、オレは強引にシーラを引き戻して、助手席のドアを閉めた。
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永遠の一瞬・27
 他の人間に向けるのと同じ優しさを、シーラにも向けるべきなのかもしれない。シーラは区別できないのだから。オレが他の女の子に向ける優しさが本物か偽物かなんて。
 どこかにあるんだろうな。シーラに対する誠意とか、そういうものが。
 まあ、どちらかって言えばシーラをいじめたい欲求の方が遥かに大きいと思うけど。
「優しくして欲しい訳?」
「……そんなこと言ってないもん」
「強情だな。優しくして欲しいなら欲しいって素直に言えばじゃん」
「サブロウなんかどうだっていいもん! あたしはすっごく優しい彼氏を見つけるんだから!」
「ああ、そりゃそうだろうよ。君の彼氏になろうとするなら、そうとう優しい男でなければ不可能だ」
「あたし帰る!」
 そう言ってシーラは勢いよく歩き始めたからとたんに足を滑らせた。危ういところで抱きとめたけど、オレが捕まえそこなってたら間違いなく岩に頭をぶつけていたところだ。
「滑りやすいんだからゆっくり歩きなさいよ」
「……ありがと」
「いいえ、どういたしまして、お姫様」
「そんなに子供扱いするなよ」
 いつもなら拳固の1つでもくれるシーラが、今回に限っては振り向きもしない。
 それはなんとなく居心地が悪くて、足場がしっかりするまでの間、オレはからかいの1つも口にできなかった。
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永遠の一瞬・26
「転ぶなよ」
「大丈夫。なんかすごく空気がきれい」
「それを言うなら、水しぶきがつめたい、だろ?」
「サブロウは来なくていいよ。感受性ぜんぜん持ってないんだから」
 悪かったね。どうせオレには君の感受性の豊かさは理解できませんよ。
 だけど危険なのも確かだから、結局オレは滝壷のしぶきが1番激しいところまで、シーラに付き合った。
 シーラはしばらく、落ちてくる水の塊を滝壷から見上げていた。
 オレもこんなに間近で見るのは初めてだ。滝のちょうど真ん中あたりに大きな岩が突き出ていて、その岩に水の流れが割られている。しぶきは霧のようになってもうもうと立ち込めていて、オレとシーラは既にずぶぬれ状態だ。車の中にシャツの着替えか何かあるといいんだけど。
「ねえ、サブロウ。あの真ん中の岩って、もう何百年も前からずっと、水の勢いに耐えてきたんだよね」
「ああ、そうかもな」
「すごいね、ずっと負けないできたなんて。……これからもずっと耐えつづけるのかな。何百年も、何千年も」
「そんなに持たないだろ。水に削られて小さくなってやがては消えちまうか、地震かなんかで落ちるか。だいたい地殻変動で水の流れ自体が変わっちまうんじゃねえの? 何千年も先にはさ」
「……やっぱりサブロウって感受性ゼロ」
「オレにそんなものを期待する方が間違いなんだろ?」
「あたし、サブロウのこと判んない。……みんな、サブロウは優しいって言うよ。学校で同じクラスだった子とかもみんなそう言ってた。でも、そんなの嘘だよ。……ぜんぜん優しくないよ、サブロウなんて」
 シーラの言うことは当たってる。オレは自分が優しい人間だなんて、これっぽっちも思ったことはなかった。
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永遠の一瞬・25
「あの子達、サブロウのことかっこいいって言ってた。背も高いし優しいし、あたし、羨ましがられた」
 そりゃあね、そう見られるように行動してる訳だから。そう見せてる限り、オレの寝起きが悪いことも、だらしないことも、ぜんぜん見えないだろうね。
「一緒にいる男がかっこ悪いより数倍いいと思うけど?」
「サブロウって、女の子なら何でもいいんだ。プレゼントまですることないじゃん」
「そんなことですねないの。ほら、これで機嫌を直しなさい」
 そう言って、オレはポケットから出したそれを、シーラの首にかけてやった。小さなガラス玉の、おもちゃのペンダント。彼女たちとは少しだけ差をつけたつもりなんだけどね。
 それは判ったのか、シーラは少し機嫌を直していた。
「指輪も欲しいな! 今度は本物がいい!」
「だーめ! そんなの経費で落ちるわけないでしょ」
「なんだよ! このペンダントも経費で落とすつもりだったの?」
「落とさないよ。これはれっきとしたオレのポケットマネーです。観光地のみやげ物屋のレシートが経費になるかって。……どうするんだ? 滝壷まで行くのか?」
「あ、うん、行く」
 シーラは看板を辿って滝壷までの道を下り始めたから、オレもあとについて歩いていった。途中からシーラは道を外れて、川縁の石を踏みしめて水のあるところまで行こうとしていた。1つのことに夢中になると後先考えないところはほんと、この子らしいというか。
 仕方ないから、オレもついていく。
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永遠の一瞬・24
 みやげ物屋でてきとうな使い捨てカメラと、ちょっとした小物をいくつか物色して急いで会計を済ませ、再び走って橋の上に戻った。シーラは彼女たちに話し掛けられたようで、作り笑顔で対応している。シーラはどちらかといえば内弁慶なタイプだ。他人と本当に打ち解けるのには時間がかかる。でも、打ち解けた風に見せる会話もできるから、初対面の人間がその違いを区別することはできないだろう。
「ごめんね。待った?」
「いいえ、ぜんぜんです。早かったですよ」
「もうちょっと待ってね」
 カメラの封を切って、フィルムを巻いたあと、彼女たちにカメラを渡してようやく柵の前に立った。シーラの肩を抱いて写真撮影。まだ見てはいないけれど判る。オレたちはたぶん、本当に幸せそうなカップルのように、写真に写ったことだろう。
「ありがとう、悪かったね」
「いいえ、こんなことぜんぜん大丈夫です」
「それじゃ、これは心優しい君たちへのお礼」
 カメラを受け取ったあと、オレは2人の髪にみやげ物屋で買ったマスコットをくっつけた。ウサギとクマの形で、手のところがクリップになってるやつだ。2人はちょっと驚いたけれど、嬉しそうで、でも少しすまなそうな顔をして言った。
「そんな、悪いですよ。たいしたことしてないのに」
「いいの。君たちはこの子を喜ばせてくれたから。気にしないでもらっといて」
 そう答えてシーラの髪をなでる。シーラは少し複雑そうな顔をしていた。
「なんか、彼女のことすごく愛しちゃってます?」
「そうみたい。オレ、今この子しか見えないから」
「いいなあ、うらやましい」
 小さなマスコットのお礼を言って、女の子たちは去っていった。横のシーラを覗き込むと、ちょっとすねたような顔でオレを見上げていた。
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永遠の一瞬・23
「 ―― あの、すみません」
 声をかけられて振り返ると、観光客風の女の子が2人、カメラを手にしてオレを見上げていた。
「はい?」
「写真、撮ってもらえませんか?」
「ああ、いいですよ。滝をバックにする?」
「はい! あ、これ、シャッター押すだけなんで」
 そう、使い方を説明しながら彼女が手渡してくれたのは使い捨てカメラで、オレは心の中で苦笑しながら少し後ろに下がった。柵から乗り出していたシーラも気付いて、写真の邪魔にならないようにオレの傍に寄ってくる。お決まりのかけ声をかけて写真撮影。2枚ほどシャッターを押して、笑顔で近づいてきた彼女たちにカメラを返した。
「ありがとうございました。……あの、よかったらあたし、シャッター押しますけど」
 どうやらオレたちをカップルと見て気を遣ってくれてるらしいな。まあ、2人で外に出るときは傍からそう見られるようにしているつもりだから、誤解しても彼女たちのせいじゃない。
「そう? ありがとう。でもオレたちカメラ持ってこなかったんだ」
「カメラだったらあそこで売ってますよ。……もし買ってくるんでしたら、あたしたち、待ってますけど」
 ……記念写真か。そういえばあんまり撮ったことなかったよな。
「どうする? 写真撮りたい?」
 オレはシーラを振り返った。シーラは何も言わないでオレをじっと見上げているけれど、目が爛々と輝いていて、訴えているのは明らかだった。もしかしたら今までも、シーラが写真を撮りたいと思った場面はあったのかもしれないな。オレはシーラの頭を1回なでると、彼女たちに笑顔で振り返った。
「ほんとに? 待っててもらってもいいの?」
「いいですよぉ。どうせ暇な女2人旅だしー」
「悪いね。すぐ戻ってくるから、ちょっとだけ待ってて」
 極上の笑顔を振り撒いて、オレは彼女たちが教えてくれたみやげ物屋へと走っていった。
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永遠の一瞬・22
 再びシーラを車に乗せて、オレはくねくねした山道の舗装道路を登っていった。さすが付近唯一の観光名所だけあって、車通りも少なくない。すれ違う車のナンバーも半分は他県だ。まあ、平日でもあるし、駐車場に苦労するほどではないだろう。
「ねえ、どこに向かってるの?」
 さっきから何度も看板が出てるはずなんだけどな。仕事中ならシーラもそういうものを見逃したりはしないけど、デートだと思うとあんまり気を回さないらしい。
「この先に滝があるんだよ。小さめだけど垂直に落ちてるからけっこう豪快」
「そうなんだ。滝って見るの初めてかも」
「小学校の遠足で見たでしょ? 白糸の滝とか」
「そうだっけ」
 ……別に、いいんだけどね。小学校の遠足を忘れたって、命に関わるわけじゃないし。
 オレとシーラとは正確には1歳半違いで、学年計算でも1年違うんだけど、オレの学年が1年遅れてるから遠足も修学旅行も全部一緒に行ってるんだ。
 駐車場に車を停めて、滝の全体像を見ることのできる橋の上まで歩いていった。今のところ観光客もまばらだから、のんびりゆっくり見られそうだ。
 それほど大きな滝ではないけれど、間近で落下してゆく水の塊はかなりの迫力だ。周囲の岩に反射するごうごうという音もいい。オレは滝が好きだ。滝には戦いのイメージがあって、そのイメージはタケシに重なるから。
「けっこう高いよ、サブロウ。ちょっと怖いみたい」
「乗り出して落ちるなよ」
「下にも行ってみたいな。濡れそうだけど」
 シーラも気に入ったみたいで、振り返った笑顔はオレには眩しかった。
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永遠の一瞬・21
 オレたちが宿泊しているホテルというのは、実はかなりいなかで、まあ観光地と言って語弊はないのだろうけど、たいした観光名所も近くには見当たらない。シーラを助手席に乗せて、とりあえずオレはシーラリクエストのマクドナルドを探した。昨日カーチェイスした通りにあったはずなんだ。そんな、かなり怪しげなオレの記憶に間違いはなく、巨大なマクドナルドのだだっ広い駐車場に車を停めて、朝食セットをはさんでシーラと向かい合わせに腰掛けた。
「お前、マクドナルドまで来てなんでホットケーキなんか食ってるの?」
 ホットケーキならホテルでも食えたじゃん。ソーセージエッグマフィンを頬張りながら、オレはボソッと言ってみる。
「いいじゃない。この薄っぺらいホットケーキとハッシュドポテトが食べたかったんだもん」
「いいけどね、オレは。……彼氏ができたらそういうことはするなよ」
「大丈夫だもん。あたしの未来の彼は、サブロウなんかよりずっと優しくてかっこよくて、わがままなんでも聞いてくれるんだから」
 はいはい。せいぜい夢でも見てなさいよ。……タケシだって怒ると思うぞ。わざわざマクドナルド探させられてホットケーキ食われたら。
「どこ行くか決めた?」
 シーラはオレの顔を見つめたまま返事をしなかった。特にどこに行きたいって訳でもないらしい。
「そんじゃ、オレに任せる?」
「うん、任せる。やっぱりデートコースは男の方が決めるのが筋でしょ」
「判りました。お姫様の期待にこたえられるデートコースを組みましょう」
「ランチとディナーはゴージャスによろしく」
 こんなラフな格好で、ゴージャスなディナーが出てくるような店に入れると思ってるのかね。
 別にいいんだけど、シーラはやっぱり子供で、世間知らずで、なかなか厄介な女の子だ。
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永遠の一瞬・20
 オレはベッドから起き上がって、車のキーを取った。
「腹減らない? 朝メシ食いがてらドライブでもしよっか」
 気分を変えるようにオレが微笑むと、シーラの表情が目に見えて明るくなった。
「する! あ、でもあたしお化粧してない!」
「大丈夫だよ。君は今のままで十分美人だから」
「どうしよ。うーん、でも、サブロウの気が変わっちゃったらやだからいいや。バッグだけ持ってくる。待ってて!」
 そうしてシーラが部屋を飛び出していったから、オレはカードキーを持って部屋を出て、そのままエレベーターホールに向かった。エレベーターを待っている間にシーラが追いついてくる。外に出ることが嬉しいのか、ちょっと息を弾ませながらも笑顔だった。
「なにが食べたい?」
「えーとね、ホテルじゃ絶対食べられないものがいいな。……マクドナルドの朝食セット!」
「君は安上がりでいいね」
「なんだよ。どうせあたしはサブロウが付き合ってる女の子みたいにお上品じゃないもん」
「たまにはいいよ。毛色が変わってて」
「……今日は他の娘の話なんかするなよ」
 始めたのはシーラの方だと思うけどね。でもまあ、そのへんの心理も判らない訳じゃない。オレもシーラに対してはそうとう意地悪だ。
「判ったよ。今日は君の行きたいところに連れてってあげるから。希望があるなら何なりとお言い付けくださいませ、お姫様」
 頭をぽんぽんと叩いて、少し子供扱いしたことにまたヘソを曲げるかとも思ったけれど、それは今はたいして気にならないようで、シーラは機嫌を直していた。
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永遠の一瞬・19
 オレはリストをファイルにはさんで、備え付けの金庫にしまった。シーラが座っているベッドに寝転がる。今日の予定が昨日に繰り上がっていたから、今日のオレは1日暇だった。シーラ担当だと思えば退屈している余裕はないだろうけれど。
「ねえ、サブロウ。……あたし、必須の単位取った方がいい?」
 オレが昨日蒸し返したからだろう、シーラが訊いてくる。ほんとはずっと引っかかってたのかもな。誰も口に出さなかったから、シーラ自身もその話題を避けてきたのかもしれない。
「タケシは何て言ってたんだ?」
「自分はリーダーじゃないから何も言えない、って。サブロウに訊いてみろって」
 ……タケシの奴。さては面倒なことをオレに押し付ける腹だったな。おかしいと思ったんだ。進んで本部に出向いてくれるなんて。
「……まあ、シーラが単位を取ってくれたら、チームとして作戦の幅は広がると思うけどね。でも、今のままでも支障はないし、いいんじゃない? シーラが無理して嫌な単位を取らなくても」
 確かに酷な話だと思うよ。ヴァージンの女の子に、SEXのイロハをムリヤリ仕込むなんて。
 そういうところは組織の上の方も理解しているらしくて、必須科目とはいっても本人がその気になるまでは履修を猶予される風潮がある。
「……サブロウが補習してくれたら、取れると思う……」
 失敗したと思う。オレは昨日、たとえシーラが事故ろうが何しようが、こういう話を蒸し返すべきじゃなかったんだ。
「それならタケシに頼めって言ったろ?」
「頼んだよ。……だけど、タケシにも断わられたから」
 ……なるほど。それでか。昨日タケシの様子が妙だったのは。
 あのオクテ野郎は、オレがせっかくチャンスを作ってやったにもかかわらず、自分からフイにしてくれたらしい。
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永遠の一瞬・18
「サブロウ」
 オレはベッドに腰掛けて、シーラの作ったリストを見つめていたから、シーラはソファから立ち上がってオレの隣に腰掛けた。オレが見ているリストをシーラも覗き込む。シーラにしてみれば、自分が作ったリストの是非が気になってしかたがないんだろう。
「何回も確認したよ。変だった?」
「……いや、良くできてる。君にしては上出来」
「なんでそういう引っかかる言い方するんだよ」
「ちょっと黙ってて」
 オレは機材をひとつひとつ作戦と照らし合わせた。経緯を辿って、シーラが選んだ機材を使いながら頭の中で川田ビルに潜入する。内部の構造は前に実物を見ているから、わりとスムーズにシュミレーションすることができた。シーラはオレが考えていた侵入経路よりもずっとスマートな経路を想定していたのだ。
 確かに、この方が機材も少なくて済む。1箇所だけ、多少オレに負担がかかるところがあるけれど、そのデメリットよりもメリットの方が遥かに大きかった。
「このリスト、タケシに見せた?」
「見せてないけど。……変だった?」
「変じゃないって。天才的に良くできてる。君はすばらしく優秀で完璧なメンバーだ」
「なんでサブロウの言い方って、そういちいち引っかかるのかな」
 タケシの作戦じゃない。この作戦は、全部シーラが1人で考えたことだ。
 それにしても、どう誉めようがけなそうが、結局オレの言い方はシーラのお気には召さないらしかった。
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永遠の一瞬・17
 さすがにシーラの目の前で下着を着るのははばかられたから、オレは一度ユニットバスに戻って身支度を整えた。そうして部屋に戻ると、タケシは相変わらず煙製造に忙しく、シーラは恐ろしい目をしてオレを睨みつけていた。
「シーラ、オレのシャツ、どうした? 明日また使うんだけど」
「クリーニング。今日の夜までにできるってさ」
「ありがとう。気が利くね。君はいい奥さんになれそうだ」
「サブロウは娘に嫌われるオヤジになるよ」
 へえ、口ごたえするなんて珍しい。昨日タケシに何か言われたかな。
「シーラ」
 タケシが促して、シーラはテーブルの上に叩きつけるように1枚の紙を置いた。見るとさっきタケシが言ってた機材のリストだ。拾い上げて、ベッドに移動しながら軽く眺める。
「……ごめん、タケシ。やっぱり明日シーラと一緒に行って」
「判った。じゃ、オレはでかけてくる」
「ああ、頼むよ」
「ちょっとサブロウ。何か足りなかった?」
 タケシはシーラの頭を1回なでるようにして立ち上がると、車のキーを掴んで部屋を出て行った。
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永遠の一瞬・16
 昨日放り出したはずのスーツはベッドの上から消えていた。オレがそのまま眠っちまったから、おそらくタケシが片付けてくれたのだろう。シーラもタケシもけっこうまめなタチだ。リーダーがずぼらなチームのメンバーは自然にそうなるらしいな。
 ようやく頭がはっきりしてきたから、オレはシャワーを浴びようと立ち上がった。
「さっき本部から呼出し命令があった。出られるか?」
 作戦進行中だろうがなんだろうが、本部は構わず命令を出してくる。別に珍しいことじゃなかった。だけど、いちいち面倒なのも確かだ。
「タケシに頼んでもいい?」
「そう言うだろうと思って返事はしておいた。オレの担当は午後からだったからな。本部の方を午前中に片付けておく」
「頼りになるな。助かるよ」
「シーラが昨日機材のリストアップをやってたから、問題がなければついでに取ってきておく。……明日のお前の担当、少しは回してくれても構わないぜ」
「それはいいよ。シーラを見張っててもらった方が遥かに助かるし」
「まあ、そういうことなら今日はサブロウがシーラ担当だ。あんまりあいつを刺激するなよ」
 シーラ担当、か。タケシも言うことがきついこと。
「……外で動き回ってる方がよっぽど気が楽だね」
 タケシと少しの会話を交わしたあと、オレはシャワーを浴びた。鏡を見ながら昨日のキスマークを軽くマッサージ。腰にバスタオルを巻いて部屋をうろうろしていると、タイミングの悪いところでシーラがやってきた。オレの身体を上から下までジロジロと見回したあと、ソファのタケシの隣に座って、タケシの腕にしがみつくように顔をうずめた。
「タケシ、なんでサブロウはあたしに意地悪ばっかりするのかな」
 今回に関してだけ言うならば、それはまったくの濡れ衣だとオレは思う。
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永遠の一瞬・15
「……サブロウ、サブロウ! なんて格好で寝てんだよ!」
 翌日の目覚し時計は、なぜかタケシの野太い声じゃなく、シーラの甲高い声だった。布団をはがされて眩しさに目を細める。目の前にはちょっと怒ったようなシーラの顔があった。
「ヤダもう! 香水の匂いなんかさせてるな! ワイシャツもしわくちゃにしてー。……さっさと脱ぐ!」
 寝ぼけながら身体を起こすと、シーラは手早くオレのシャツを脱がせにかかった。と、シャツをはがすシーラの手が一瞬止まる。そのあと待っていたのは、脱がされたシャツでの顔面一撃。
「サイッ、テー!!」
 そう叫びを残して走り去るシーラの後姿を、オレは呆然と見送った。まだ少し寝ぼけてるな。部屋を見回すと、相変わらずタケシが吸殻を大量生産している姿が見えた。
「……なんだ……?」
 オレが言うと、呆れたようにタケシが煙を吐いて、自分の胸元あたりを指差した。
「ココ、くっきりとついてる」
 しばらく意味が判らなかったのだけど、それが判ったとき、オレは正直ちょっとあせった。
「やっばー。気をつけてるつもりだったんだけどな。やられたわ」
「昨日の女か」
「明日までに消えるだろうなあ。明日の方が本番だってのに」
 タケシはほんとに呆れてしまったらしく、天井に向かって大きく潮吹きをした。
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永遠の一瞬・14
「シーラがなんで単位を取らねえのか、知ってるだろ」
 なるほど。なんでタケシがこんな話を始めたのか判ったわ。オレもタケシもシーラが取りたくない単位なら取らなくてもいいと思ってる。オレたちはチームだ。できないことがあるなら補い合えばいい。
「ヴァージンだから、じゃねえの?」
「判ってるなら蒸し返すな。てめえは自分で自分の首を締めてるんだぞ」
 シーラが取っていない単位ってのは、要するにベッドの上での技術な訳だ。異性を篭絡させる技が必須で、その他にいくつか任意の単位もある。オレが取った単位の中にはシーラの必須科目もあるから、シーラがその単位を持っていなくても、チームとしてはそれほど困ることはないんだね。……まあ、そのおかげでオレはかなりいそがしい思いをしてるけど。
「だいたいなあ。なんでオレがそんな話を蒸し返したかって、ひとえにお前がシーラをちゃんと見張っててくれなかったからじゃないよ。公道でカーチェイスする羽目んなったオレの身にもなってくれる」
「それは悪かったと思ってる。だけどなあ。オレにだって生理現象もあれば都合もあるんだよ。シーラの見張りだけやってられるわけじゃねえんだ」
「だから言うんだ。 ―― シーラをお前の女にしろよ」
 タケシはおもしろいくらいピタッと、動きを止めた。オレにはシーラと寝ろとかなんとか言いながら、自分が言われるとは思ってなかったんだろうか。
「一度やっちまえばあのじゃじゃ馬もおとなしくなるだろ。オレはひじょうに助かるけどね」
「……オレにはできねえよ。シーラが好きなのはオレじゃねえ」
 そんなの、抱いちまえばそいつが一番になると思うけどね。
 タケシもやっぱり、今の関係を崩すのをどこかで恐れてるのかもしれない。
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永遠の一瞬・13
 部屋に戻ると、タケシが憮然とした表情でオレを睨みつけていた。テーブルには2つ目の灰皿が既に吸殻の山を形成しつつある。その吸殻の山と同じだけ、オレに言いたいことがあるのだろう。
「あーあ、つっかれたぁ。シーラに伝言頼んだの、聞いてくれた?」
 灰皿の上に吸いかけがあるというのに、タケシは新しいタバコに火をつけた。どうやら気付いてないらしい。オレはスーツをベッドの上に放り投げて、灰皿の上にあったタケシの吸いかけを取り上げて、深く吸い込んでみた。けっこうきつい。
「タケシと間接キス、しちまった」
 そのままベッドに寝転がると、タケシは心を決めたのか、そう言った。
「サブロウ、シーラと寝てやれ」
「やだね」
 シーラを好きなのは、オレじゃなくてタケシだ。なんでタケシに頼まれてオレがシーラと寝なきゃならない。
「タケシと寝た方が遥かにマシ」
「オレはそういう趣味はねえ」
「オレだって。女の方がいいさ」
「……シーラだって女だろう」
「シーラは女じゃない」
 オレがいない間にシーラと何があったのかは知らないけど、タケシはずいぶん思いつめてるみたいだった。
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永遠の一瞬・12
 電話の人物が紹介してくれた女性を車に乗せて近くのホテルまで行く。数時間をそのホテルで過ごしたあと、再び女性を車に乗せて、女性の自宅近くまで送り届けた。ずいぶん長い時間ホテルで過ごしてしまったので、時刻は既に夜に近かった。別れ際に車の中で熱烈な抱擁と濃厚なキスを交わして、せいぜい失礼にならない程度の秒数で引き離したあと、オレは彼女の前で指を鳴らした。
 オレより倍以上年上の女性は、がっくりと首を落として、身体の力を抜いた。
「いいですか。あなたは車を降りた瞬間、オレのことは一切忘れます。今日は1日中、街でショッピングをしていました。オレにも、あの人にも会わなかった。いいですね」
 女性はオレの言葉にこくんとうなずいた。
「ご主人に電話がかかってきたら、どうしますか?」
「……ベッドルームの金庫をあけて……」
「そうです。金庫を開けて、中に書いてある番号を記憶します。そのあと、オレに電話をしますね。電話番号はいくつでしたか?」
「090−****−****」
「はい、けっこう。そのあとどうしますか?」
「……全部忘れます……」
「そう、完璧です。……では、車から降りてください」
 女性はのろのろとした動作で車から降りた。オレは走り去りながら、軽くクラクションを鳴らした。今の一瞬でとりあえず催眠状態からはさめたことだろう。あとは彼女が指示どおりに行動してくれればいい。
 オレは少し遠回りをしながら、シーラとタケシが待つホテルへと車を走らせていった。
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永遠の一瞬・11
 だけど、そこでシーラに負けるってのもなんだしね。
「シーラ、君は必須科目の単位を1つ、まだ取ってないでしょ」
 オレが言うと、シーラは痛いところを突かれたのか、下を向いてしまった。
「しかも受講すらしてない。オレもタケシも2年も前に取ってるし、オレは任意の方も3つばかり取ってあるんだよ。……要するに、君はまだ半人前なの。だから半人前らしく、リーダーの行動には口出ししないこと。いいね」
 シーラは下を向いて顔を赤くしていたけれど、やがてボソッと言った。
「……サブロウが補習してくれたら受けるよ」
「そういうことならタケシに頼むんだね。あいつの方が成績は良かった」
「タケシは任意取ってないもん。……サブロウ、あたしのこと、嫌いなの?」
 顔を上げたシーラは、少し泣きそうな顔をしていた。
「嫌いな訳ないだろ? 何でそんなこと訊くの」
「だって、サブロウはいっつもあたしのこと邪魔にする」
 ……あのなあ。泣きたいのはこっちの方だ。なんだってシーラはこう、オレに絡むようなしゃべり方をするんだ。
「シーラ、オレは君のことは大好きだし、君は美人でかわいいし、魅力的だと思うよ。だから、君がオレの邪魔をしなければ、こんなところでこんな話をすることはないんだ。……判ったね。判ったらオレを行かせて。あんまり時間がないんだ」
 判ったのか、それともほんとは判ってないのか、とりあえずシーラはオレが車に乗るのを邪魔することはなかった。自分の車に乗り込んで、再びエンジンをかける。アクセルを踏んで車を発進させると、背後でシーラの叫ぶ声が聞こえた。
「サブロウの嘘つきー! サブロウなんか大っ嫌い!!」
 ……やっぱり、ぜんぜん判ってなかったらしい。
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永遠の一瞬・10
 あまり時間もなかったから、オレはすぐにタケシの車を発進させた。すると、背後でエンジンをかける音が聞こえる。まさか自分の車のエンジン音を聞き間違えはしなかった。シーラの奴、運転席に移動して、オレの車を動かしたのだ。
「……誰か、助けてくれよ」
 ひとりごちて、駐車場を抜け、一般道に入る。少し遅れてシーラも出てきていた。まさかこんなところでカーチェイスをする羽目になるとは。いったい何が気に入らないんだあいつは。
 オレはスピードを上げて、さして多くもない車の間をすり抜けた。シーラの奴も、かなり危なっかしい運転でそれでもピッタリとついてくる。オレはなんとかシーラを巻こうと更にスピードを上げて、シーラも必死でついてきて、2台の車の攻防はしばらくの間続いた。だけど、このまま続けてたら間違いなく事故る。オレじゃなくてシーラの方が。
 あきらめて、オレはスピードを落とし、ウィンカーを出して路肩に停車した。シーラもついてきて、オレの前方に車を止めた。
 オレは車を降りて運転席のドアを開け、シーラを引きずり出した。
「どうしてオレの邪魔をするわけ?」
 オレが怒っているのが判ったのだろう。上目遣いでシーラはオレを見上げた。
「サブロウはあたしに何にも話してくれないじゃないか。あたしだってチームの一員だよ。サブロウが何をしてるのか、知る権利はあるはずじゃない」
 そう言われてしまうと、オレも弱いところがある。確かにシーラの言うことは大部分で正しいから。
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永遠の一瞬・9
 すぐに軽くシャワーを浴びて、髪をセット。ラフ目のスーツに着替えて、ネクタイを締めた。姿見でひと通り点検をする。オレは長身でタケシほどごつくないから、そういう格好をすればけっこう見られるスタイルになる。ホストクラブにでも就職すればナンバーツーくらいにはなれそうな容姿だ。
 車のキーを持って、地下の駐車場に向かった。自分の車のキーを開けて運転席に座る。と、背後にわずかな気配を感じた。オレは1つため息をついて、振り返らないで言った。
「そんな隙間に隠れてないで出て来なさい」
 あきらめたのか、ルームミラーにシーラの姿が映った。
「どうして判ったんだよ」
「判るさ。お前の気配くらい判らないでどうする」
 オレたちはそれぞれの車の合鍵を互いに持ち合っているのだ。当然、シーラもオレの車のキーを持っているし、オレも2人の車のキーは持っている。
 オレは再びドアを開けて、シーラに声をかけながら降りた。
「鍵、かけとけよ」
 そう言って、オレはタケシの車が駐車されている方に向かった。この際しかたがないからタケシの車で我慢しよう。
「ちょっと! 待ってよ! ……なんで! このドアなんで開かないんだよ!!」
 後部座席にはチャイルドロックって機能がついてるんだよ。外からは開くけど、内側からは開かないんだ。これがタケシなら間違いなくロックを確認してから乗り込むんだけどね。シーラはそこまで頭が回らないらしい。
「……信じらんない!」
 信じられないのはこっちだ。オレはタケシの車に乗り込むと、エンジンをかけた。
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永遠の一瞬・8
 ルームサービスに電話をして食事が届く間も、タケシが帰ってくる気配はなかった。当然1人分しか注文していないから、オレは勝手に朝食を摂り、歯磨きをして、ベッドに寝転がった。食事を1人で摂ったのは別にタケシに意地悪をしている訳じゃない。万が一オレたちの正体がバレていて、食事に毒でも入っていたとしたら、全員一緒に倒れてはその後の証拠隠滅すらできない状況になりうるからだ。
 オレはリーダーだから、一番最初に食事をすることに決めている。まあ、オレの寝起きは悪いから、オレより先にタケシがレストランで食事を済ませている時の方が、はるかに多いのだけど。
 ベッドに寝転んだのとほぼ同時に、電話のベルが鳴った。
「はい、……はい、はい、……今日ですか? ……判りました。すぐに伺います。1時間くらい見ていただければ。……はい、では」
 オレは受話器を置かないで、すぐに内線番号を回した。
『はい』
「シーラ? タケシそっちにいる?」
 シーラのむっとしたような気配が伝わってくるようだ。
『あたしじゃダメなわけ?』
「いや、別にいいけど。そんじゃ、タケシに伝えてくれる? オレ、これからちょっと出かけてくるから」
『今日はどこにも出かけないって言ってたじゃない。どこに行くの?』
「そんなの別に訊くことないって」
『なんだよ! あたしに言えないようなところなの?』
「そうなの。子供には判らないところ」
  ―― ガチャン!!
 耳元で盛大な音をさせて、電話は切られていた。
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永遠の一瞬・7
 オレたちは、ある組織に所属している、いわゆる秘密工作員だ。幼い頃からの一貫教育によって、3人1組のチームに育て上げられる。まあ、簡単に言えば組織的な集団泥棒のようなものだ。主に産業スパイのようなことをやっていて、企業同士の過当競争に茶々を入れて、報酬を稼いでいる。
 オレたちのような3人組をまとめてスターシップと言うのだけれど、そのほとんどは組織員の2世だ。オレの両親も組織の一員で、どうやら組織を裏切って殺されたらしい。そんなことは公にはされないし、オレがそれを知っている方がおかしいのだけれど。事実、タケシもシーラも自分の両親が誰なのかは知らない。
 スターシップ、チーム名レヴァンス、リーダーサブロウ。それがオレだ。本部からファイルを受け取って、指示どおりの仕事をこなし、その報酬は自分の命。オレたちは、仕事をすることで、組織から自分の命を買っているのだ。
 そんなこんなでまあ、内情はかなり過酷なのだけれど、それなりに楽しんでやってるといっていいんだろうな。ほとんど1年中ホテルに滞在していて、遊んでいるようなものだし、時々仕事しちゃ、命がけの綱渡りを楽しんでる。真面目にやってたら気が狂う。組織の上の連中は、オレが両親のように裏切るかもしれないって、いつも目を光らせているから。
 いつまで持つ命かなんて判らないけど、これがオレの生きている世界なんだ。
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永遠の一瞬・6
 タケシがタバコに火をつけて、ふうっと、ため息のように吐き出した。シーラがいなくなるととたんに静かになる。彼女はオレたちの中で、よく言えばムードメーカー、悪く言えば騒音メーカーだ。
「なんだってああいう言い方をするんだ」
 責められているとは思えないけれど、やっぱり責めてるんだろうか。タケシの低い声は、その辺の見極めがけっこうむずかしい。
「いや、単におもしろくて」
「いいかげんほんとのことを言ってやったらどうだ? あいつだってもう大人だろう。そのくらいの必要悪は理解できる年齢だ」
 自分の年を棚に上げてよく言うよな。タケシだってシーラと同じ18なんだ。
「なぐさめてやれば? お前の優しい心に胸を打たれてクラッとくるかもよ」
「やだね。めんどくせえ」
 そういうのをめんどくさがってるようじゃ、女なんかモノにできないって。タケシの奴も本人が思っているほど大人じゃないんだ。そういうオレも大人かどうかなんて判らない。……まあ、シーラよりははるかに大人だと思えるけど。
「判ってるんだろ? シーラの気持ち」
「タケシの気持ちなら知ってるけどね」
「あくまでシラを切るか。……まあ、好きにすりゃいい。どうなったってオレは知らねえ」
 立ち上がって、灰皿にタバコを押し付けて、タケシは部屋を出て行った。おそらくシーラの部屋に行ったのだろう。
 なんだかんだ言っても、タケシは人一倍優しい男だし、誰よりもシーラを好きなんだと思う。
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永遠の一瞬・5
「シーラ、タケシ、決行の日を決めたよ。3日後の土曜日、深夜11時だ」
 オレが言うと、2人とも一瞬表情を硬くした。だけどそれほどの緊張感はない。この程度の仕事ならば、過去にいくらでも成功させてきた。そのうえ、川田ビルは以前に別件で侵入したことがある。わりに楽な仕事の1つだった。
「役割分担は? このあいだと同じ?」
「ああ、変更の必要はないだろ。タケシが配電関係で、オレが実行係。シーラは逃走経路の確保だ。細かい打ち合わせは当日するとして、前日までに必要な機材をピックアップして本部に取りに行かないとね。……タケシ、シーラ、2人で頼むよ」
「判った」
「サブロウは?」
「オレのことは気にするな。その日はちょっと野暮用がある」
「……まさか、デートだったりする?」
「当たらずとも遠からず、だったりして」
 オレが言うと、シーラが怒ったように口を尖らせた。それには構わず、オレはファイルを閉じた。
「シーラ、隅から隅まで読んでおいて。……隅から隅まで、だぞ」
 オレの駄目押しに、シーラは本気で怒ったらしい。ファイルをオレに叩きつけて言った。
「今度は誰だよ! しょうこ? まさえ?」
「だから気にするなって。ノーコメント」
「信じらんない! 仕事より女を取るなんてサイテー!!」
「悔しかったらお前も彼氏作ってみろよ。ちょっとそこらで笑顔の1つでも振り撒けば引っかかる男はいくらでもいるぜ」
「サブロウなんか大っ嫌い!!」
 怒り狂って、それでもファイルだけはしっかり掴んで、シーラは部屋を出て行った。
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永遠の一瞬・4
 顔を洗って、簡単に髪を撫で付けていると、シーラはやってきた。
「サブロウ、ちゃんと起きてる? タケシおはよう」
「ああ」
「サブロウは?」
「洗面所にいる。そろそろくるだろ」
 声が聞こえたから、オレは適当なところで切り上げて、洗面所から顔を出した。
 それまで、さんざんシーラのことを悪し様に言ってきたけれど、オレはシーラのことはかなりかわいいと思う。というか、シーラは美人だ。タケシと同じ18歳で、普通にしていればちょっと綺麗な女の子なのだけれど、化粧をして服装を替え、それなりの表情をすると、シーラは絶世の美女になる。だけど今日はただの打ち合わせだけで、外に出る予定はなかったから、シーラは化粧もせず男物のチェックのシャツとGパンをはいて、長い髪を肩にたらしたままオレたちの部屋に現われていた。
「おはよう、シーラ。今日も美人だね」
「おべっかなんか信じないよ。サブロウは口うまいんだから」
「おべっかじゃないって。君は世界一の美人だよ」
「判った、言い直すよ。 ―― ほんとのこと言われたってあたしぜんぜん嬉しくないよーだ」
 どちらかといえばぶっきらぼうな、男のようなしゃべり方で、シーラはそっぽを向いた。オレがからかっていることを判ってるから、そういうやりとりを本気に取るようなことはしないのだ。まだまだ子供だと思う。姿はすっかり育って、誰もが振り返るような美人なのだけれど、そして本人にはそういう自覚もあるのだけれど、シーラはオレの前では昔とぜんぜん変わらない子供だった。
 すごく、かわいいと思う。オレは彼女に世界で一番幸せな女の子になって欲しかった。
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永遠の一瞬・3
「……判りました。喜んで肺ガンにならせていただきます。オレにも1本くれる?」
「勝手に吸えよ」
 着替えを終えたオレは、テーブルに置き放してあったケースから1本取り出して、くわえて火をつけた。未成年の喫煙が身体に及ぼす影響を知らないわけではないけれど、オレはそれほど長生きするつもりもないし、おそらくできないだろうから、あまり気にしなかった。どう考えたって肺がんで死ぬより先に、他の理由で死ぬ確率の方が高いのだ。
 しかし、タケシはどうしたって18歳の未成年には見えないけどな。付け加えるなら、オレは19で、奴よりも1つ年上なんだ。
「サブロウ、昨日整理した資料、どこにある」
「ああ、どこかな。昨日寝ながら眺めてたから」
 オレはベッドの方へ行って、バインダーにはさんだ資料を探した。もしかしたら見ながら眠っちまったのかもしれない。ベッドの裏へ回ると、枕もとの奥にそれらしきものが落ちているのが見えた。
「やっぱりここだ。タケシ、悪いんだけどベッド動かすの手伝ってくれるか?」
「……相変わらずだな。だらしねえ」
 文句を言いながらもタケシは手伝ってくれて、オレはベッドの隙間からバインダーを拾い上げた。タケシに手渡すと、歩きながらパラパラとめくった。
「川田ビルは前にも入ったことがあるからそれほど調べる必要はなさそうだな。決行はいつにする?」
 そう、タケシが聞いたのは、単にオレがリーダーだからだ。決行の日はほとんど決まっている。できるだけ早く見つかりにくい、週末土曜日の夜。
「シーラがきてからな。……のんびりしてる暇ないじゃん。とりあえず顔だけでも洗っとかないと、シーラに何言われるか」
 ほとんどとぼれてしまったタバコを灰皿に押し付けて、オレは洗面所に向かった。
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永遠の一瞬・2
「……いいかげんに起きろよサブロウ」
 その、野太い声が、いつものオレの目覚し時計だ。寝返りを打ちながら伸びをして、枕もとの時計を探る。7時38分。確かにそろそろ起きる時間だな。
「おはよう、タケシ」
「早くねえよ。8時にはシーラがくるぜ。着替えの情けねえ姿、あいつに見られてもいいのか?」
「まあ、いまさら見られて減るモンじゃないけどね。ああ、そんなに睨むなって。起きるよ。起きるから」
 ベッドから跳ね起きて、タバコを吹かしてオレを睨みつけるタケシの前を通り過ぎると、オレは着替えを始めた。タケシは身長はオレとさほど変わらないのに、横は明らかにでかく、ごつくて巨大な男だ。そんな奴がプカーとか煙を噴きながら睨みつけている姿は実に怖い。子供の頃から一緒に育っていなければ、一目見て付き合いを考えるところだ。
「朝から不健康だね。何本目よ」
「さあ、数えてねえ。少なくとも片手じゃねえかな」
「お前と一緒の部屋じゃこっちが肺ガンに侵されそうだ。やっぱりタケシが一人部屋のほうがいいかもね」
「で? お前とシーラが同部屋か? そんな危険な」
「オレは何もしないよ」
「バーカ。そんな心配してねえよ。オレはサブロウがシーラに襲われねえか、それを心配してるんだ。……まあ、お前がいいなら好きにすりゃいいけどよ」
 確かに、オレがシーラに襲われる確率は、オレがシーラを襲うよりも、明らかに高いような気がした。
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永遠の一瞬・1
 みんなで、わになって、おゆうぎをしていた。
 ぼくのとなりには、シーラがいて、シーラのとなりに、タケシがいる。
 てをつないで、まわりながら、おうたをうたった。
 いつもとおなじ、ぽかぽかとあたたかくて、ねむってしまいそう。
 だけど、ぼくはまどのそとに、みたんだ。
 ようちえんの、もんのまえに、おおきなトラックがとまった。
 そのにだいから、なんにんかのおとなが、ならんでかおをだした。
 てに、きかんじゅうを、もってた。

 ぼくは、はんたいがわのおともだちの、てをはなした。
 それから、ならったばっかりのたいじゅつで、シーラをたおした。
 そのあと、タケシもたおした。
 ふたりともびっくりしたけど、ぼくはふたりのうえに、かぶさった。

 すぐに、すごいおとがして、まどのガラスがわれた。
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新連載「永遠の一瞬」スタート!
明日(10月2日)から、こちらのページに毎日連載小説第2弾「永遠の一瞬」を掲載します。
主人公「サブロウ」の一人称で、チームメイト「タケシ」「シーラ」と過ごした数日間を執筆していきます。
ジャンル分けはむずかしいですね。SF小説のような、恋愛小説のような、青春小説のような。
まあ、いつもの黒澤のよく判らない小説になることでしょう。

ところで、こちらの小説は、「まぐまぐ」さんからメールマガジンとしても配信することにしました。
毎日のぞきにくるのが大変な人は、ぜひ登録してやってくださいませ。
なんたってうちのページは重いですから(笑)
登録用HPアドレスは、http://gatecity.gaiax.com/home/kurosawamio/main です。
ぜひ、よろしくお願いします。

では、また明日お会いしましょう。
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