2002年07月の記事


続・祈りの巫女9
 神殿は割にいつも誰かが使っていて、新米の祈りの巫女は強引に割り込むことなんかできなかったから、あたしが祈りを捧げられるのはたいてい夜になってからだった。本当はすぐにでも感謝の祈りを捧げたかった。でも、その日も神殿の予定はいっぱいで、あたしは夜までの時間を部屋で勉強することに費やした。
 あたりが暗くなってきた頃、1日の仕事を終えたリョウが、あたしの宿舎にやってきた。カーヤにその知らせを聞いて、あたしはセーラの物語を切りのいいところまで読んだあと、部屋を出た。
 リョウは食卓に座っていて、カーヤが入れたお茶を飲んでくつろいでいるところだった。
「ユーナ、お疲れさん」
「お帰りなさい、リョウ」
「今カーヤに聞いたよ。マイラの子供が無事に生まれたんだってな」
 リョウは笑顔でそう言って、隣に腰掛けたあたしの頭に手を乗せた。あたしはリョウが大好きだけど、そうして頭をなでられるのがなんだか子ども扱いされてる気がして、ほんの少しだけ嫌だった。
「うん、男の子だったの。……シュウなのかな」
 あたし、もしかしたらリョウに甘えてたのかもしれない。リョウは頭をなでながら、慈しむように微笑んだ。
「まだ判らないけど、たぶん違うと思うよ。っていうか、オレは違ってて欲しい。ユーナは? シュウの方がいい?」
「……判らないわ。でも、たぶん違う方がいい。シュウは1人だけでいいもん」
 マイラはあの子にどんな名前を付けるんだろう。シュウの名前を付けるのかな。それとも、ぜんぜん違った名前にするのかもしれない。
 神託の巫女の言葉が、あたしを不安にした。もしかしたらあの子はシュウなのかもしれない、って。何も教えてもらえなかったから、あたしはいろいろ想像して、リョウを目の前にしてふいにこぼれ落ちてしまったの。
「リョウ、たまにはあたしが作ったお夕飯を食べていって。1人で食べてもおいしくないでしょう?」
 少し重苦しくなった空気を感じたのか、気分を変えるようにカーヤが言った。
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続・祈りの巫女8
 マイラも赤ちゃんも疲れていたから、落ち着いた頃にまた来ることを約束して、あたしは神託の巫女と一緒にマイラの家を出た。帰り道で神託の巫女はしばらく話をしようとしなかったから、沈黙の中で少しずつ実感が湧いてくる。あたしはマイラの幸せを神様にお祈りして、その祈りはかなえられたんだ。あたしはやっと、祈りを本当にすることができたんだ。
 あたしはこのときシュウの命をも償うことができたような気がしていた。あたしを助けて死んでしまったシュウの命を、新しい命で償うことができたんだ、って。
 村の反対側のはずれを通り過ぎて、道が上り坂に変わる頃、ようやく神託の巫女が口を開いた。
「祈りの巫女、あなたには話しておかなければならないかもしれないわ」
 神託の巫女の声はあたしが想像してたよりもずっと苦しそうで、振り返って驚いてしまった。神託の巫女にはマイラに予言した時の明るい表情なんて微塵もなかったから。
「……どうしたの? あの子に何か悪いことがあるの?」
 目を伏せて、神託の巫女は悪い考えを追い払うように首を振った。
「いいえ、生まれた子には何もないわ。私の予言も嘘じゃない。……ごめんなさい。今日のことを守りの長老に報告して、判断を仰いでみる。遅かれ早かれ祈りの巫女は知らなければならないことだもの」
 それきり、神託の巫女が具体的には何も言わなかったから、あたしはよけいに不安になっていた。そんな気分のまま神殿に帰り着いて、宿舎のドアを開けると、待ちかねたようにカーヤがあたしを迎えてくれた。
「ユーナお帰りなさい。それでどうだった? マイラの子供は?」
 あたしは半分笑顔を作るようにしてカーヤに答えた。
「もうすごくかわいかったわ。男の子でね、マイラやベイクよりもずっと長生きして、オミの娘と結婚するんだって。もうびっくり! ……って、これは誰にも言っちゃだめよ。神託の巫女の予言は両親だけの秘密なんだから ―― 」
 カーヤに明るく話しながらも、あたしはさっき神託の巫女が言ったことが気になって、しばらく頭から離れなかった。
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続・祈りの巫女7
 神託の巫女の集中を妨げないように、誰もが無言で、赤ん坊すらも泣き声を上げなかった。あたしはまだマイラにおめでとうも言えなかったし、生まれた子供が男の子なのか女の子なのかも聞けなかった。しばらく沈黙の時間が続いて、やがて神託の巫女が静かに語り始めた。
「……大丈夫よ。この子はベイクよりマイラより、ずっと長生きするわ。結婚相手はまだ生まれてないから名前は判らないけど……あら、偶然ね祈りの巫女、結婚相手はあなたの弟のオミの娘よ。少し年は離れてるけど、ちゃんと子供も生まれるわ。仕事も持って、幸せに暮らせるわ。安心してマイラ、ベイク」
 当然のことだけど、あたしは神託の巫女が予言するところを見たのは生まれて初めてだった。予言の言葉を聞いて、自然にベイクがマイラを抱き寄せた。この2人がどれほど安堵したか、言葉がなくても知ることができる。胸が詰まるみたいだった。
 いつの間にかあたしは涙を流してたみたい。かすんでしまった風景の中で、神託の巫女はベイクに赤ん坊を手渡した。
「ありがとう、神託の巫女」
「ありがとう……」
 まるで夢の中のようだった。幸せに微笑みあうマイラとベイク。今の2人の姿は、あたしが神様へ祈りながら、ずっと脳裏に描きつづけてきたそのままだったから。
「ありがとう、ユーナ」
 ベイクから赤ん坊を引き継いだマイラが言って、あたしを驚かせた。マイラは目に涙を浮かべて、でもすごく幸せそうに笑っていた。
「おめでとう、マイラ。よかったね」
 胸がいっぱいでそれだけしか言えなかったけど、マイラにはあたしの気持ちが判ったみたい。シュウの分まで幸せになるといいね。そんなあたしの心の声に、マイラが答えてくれた気がした。
「すごく大切に育てるわ。……この子の命は、ユーナとシュウにもらった命だもの」
 その時あたしは、今まで胸につかえていたものが、一気に解き放たれたような気がした。
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続・祈りの巫女6
「祈りの巫女いる? マイラの子供が生まれたわ」
 ドアの向こうから声がして、あたしがドアを開けるのを待ちきれなかったように顔を覗かせたのは、あたしがずっと待ち続けていた神託の巫女だった。
「ああ、よかったいたわね。すぐにマイラの家に行くから支度して」
「それで? 男の子女の子?」
「まだ聞いてないわ。そんなこと慌てなくてもすぐに判るわよ。先に行っててもいい?」
「待って! あたしも行く!」
 食事の途中だったからカーヤに一言ごめんなさいを言って、あたしは飛び出すようにドアを出た。神託の巫女に遅れないように坂を降りていく。神託の巫女は、子供が生まれるとすぐに食事の途中だろうが眠っている時だろうがかまわず呼ばれて、生まれた子供に関する予言をする。彼女は山道を駆け下りることにも慣れてるみたいだった。どうしてもあたしは遅れがちになって、坂の勾配が緩やかになる頃にはもう、神託の巫女の姿は見えなくなってしまっていた。
 マイラの子供が生まれたことがすごく嬉しかった。でも、同時に少し不安にもなっていた。もしもまた長く生きられない子供だったらどうしよう。1人目のシュウのように、幼くて死んでしまうことが判ってる子供だったら。
 シュウは、あたしの命を救うために死んでしまった。だからあたしは、今度こそぜったい、マイラに幸せになってもらいたいのに。
 走りながらもう一度神様に祈った。どうかマイラの子供が、マイラ夫婦よりもずっと長生きして幸せになりますように、って。
 そうして走り続けて、やっと村のはずれが近づいてきた。マイラの家は森の近くで、神殿からいちばん遠いの。息を整えながらドアをノックすると、手伝いにきていた女性たちの1人がドアを開けて、あたしを招き入れてくれた。
 部屋の中には2人の女性とベイク、ベッドにはマイラが疲れた表情で横になっていた。そして、生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら、神託の巫女が目を閉じて立っていた。
 あたしが目をやると、マイラは誇らしそうな、でも少し不安そうな目で、あたしに微笑んだ。
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続・祈りの巫女5
 リョウは17歳で、あたしが小さな頃からずっと遊んでくれた男の子。近くに住んでいて、6歳までは大っ嫌いないじめっ子、そのあとはいちばん優しくて大好きな人になった。あたしは祈りの巫女になって、神殿の専用の宿舎に住むようになったけれど、あたしよりも少し遅れてリョウも独立した。そのリョウの今の家は神殿から少し山を降りた森の中だった。
 あたしはリョウが大好きだった。だからカーヤが言うようにリョウの恋人になれたらいいと思ってた。セーラがジムに恋してたみたいに、あたしもリョウに恋してるのかもしれない。
「……リョウの気持ちはリョウのものだもん。祈りで変えたりできないのよ」
「でも、リョウに言われたんでしょう? 一緒に住みたい、って。それってあたしにははっきりプロポーズに聞こえるんだけど」
 そう言ってカーヤがからかったのは、あたしが祈りの巫女の儀式を終えた日の出来事だった。その時はリョウの家は整地もまだで、切り開かれた森の真ん中でリョウがあたしに言ったの。「オレがこの家に一緒に住むのはユーナに決めてる」って。あたしはその時まだ13歳で、このリョウの言葉がプロポーズだなんて思えなかったけど……
 祈りの巫女になって、カーヤとたくさん話しているうちに、あたしも気付いた。独身の男の人と女の子とが一緒に住むのって、結婚以外に考えられないんだ、って。
 リョウはあの時、あたしにプロポーズしたのかもしれない。あの時はそのことに気付かなくて、あたしもリョウに大好きだって言って、リョウは判ってるって言ったんだ。
 でも、それからのリョウの態度はそれまでとほとんど変わらなかった。もちろんリョウ自身がぜんぜん変わらなかった訳じゃなくて、あの頃よりもずっとたくましくなったし、どんどんかっこよくなっていったけど。
「たぶんリョウはプロポーズのつもりなんかなかったと思う。だってあたし、まだぜんぜんリョウにふさわしくないもん」
「そうね、ユーナはまだ14歳だものね。結婚を決めるにはちょっと早すぎるわね」
 カーヤがそう言ったとき、突然誰かが宿舎のドアをノックしたから、あたしは驚いてしまった。
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続・祈りの巫女4
「ユーナ、朝ご飯ができたわよ。食べましょう」
 カーヤの声が聞こえたから、あたしは現実に引き戻されて、本にしおりを挟んでから部屋を出た。とたんにスープのいい匂いが飛び込んでくる。あたしはものすごくお腹が空いてたことに気がついた。
「わあ、ジャガイモのスープね。おいしそう。いただきまーす」
「少し熱いかもしれないから気をつけてね」
「うん、ありがと」
 カーヤはすごく料理が上手だった。スープとハムの入った卵焼きとライスだけの簡単な食事なのに、あたしが自分で作るのとはぜんぜん味が違うの。向かい合わせに食卓について、おいしい食事を頬張りながら、あたしはさっきまで読んでいた物語の話を始めた。
「今ね、セーラがジムに片思いしてるところなの。すごく一生懸命なのよ。でもね、セーラの気持ちがなかなかジムに伝わらないの」
 カーヤは祈りの巫女の物語を読んだことはないみたい。過去に巫女はたくさんいたから、カーヤは歴史の流れを勉強することが必要で、あたしみたいに1つの物語をじっくり読むことなんてできないんだ。
「ジムって、セーラの騎士の1人なんでしょう? それなのに片思いなの?」
「セーラが13歳の頃は、ジムが騎士だってことはまだ誰も知らないの。だからセーラは、ジムが騎士だから好きになったんじゃないの。1人の男の子として好きになったのよ」
「祈りの巫女でも自分の恋は自由にならないんだ。ちょっと不思議な感じね」
「自由になんてできないのよ。だって祈りの巫女は、自分のことは祈っちゃいけないんだもん」
 自分のことは、すごく強い想いになる。その想いが強ければ強いほど、祈りの力も強くなる。そんな強い力で祈るのはよくないことなんだ。だから祈りの巫女は、ほかの人のことを祈るのはできるけど、自分のことを祈るのはできないことになってるの。
「それじゃユーナは、リョウの恋人になりたい、って祈りもできないんだ」
 カーヤにからかうように見つめられて、あたしは下を向いてしまった。
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続・祈りの巫女3
 2代目の祈りの巫女は1300年以上前の人で、名前はセーラっていう。ちなみにあたしは12代目の祈りの巫女で、11代目は120年以上も前の人だった。祈りの巫女はほかの巫女と同じ、1つの時代に1人しか生まれないけれど、ほかの巫女が死ぬと次の代の巫女が決まるのとは違って、祈りの巫女がいない時代もけっこう多いんだ。祈りの巫女はそれが必要とされる時代にしか生まれないの。祈りの巫女になる子供が生まれたときに神託の巫女が予言をして、あたしもそうやって祈りの巫女になった。
 だから、例えばカーヤは将来、神託の巫女や聖櫃の巫女になる可能性はあるけど、祈りの巫女にはぜったいになれない。この時代には祈りの巫女はあたししかいなくて、あたしが死んでも、次にその子供が生まれるまではまた祈りの巫女がいない時代が続くことになるんだ。
 セーラの時代はすごく特別な時代で、祈りの巫女と命の巫女とが初めて揃って生まれた。命の巫女は祈りの巫女と同じ、神託の巫女の予言で生まれるけど、祈りの巫女よりもずっと少ないの。たぶんまだ3人くらいしかいないんじゃないかな。そんな2人の巫女が揃うこともめったになくて、今のところセーラの時代が最初で最後だった。
 2代目のセーラは、12歳で祈りの巫女の儀式を受けて、17歳で亡くなった。あたしはまだこの物語を読み始めたばかりで、今はセーラが13歳のあたりを読んでるの。今のあたしよりも少しだけ年下の、でもすごく活発で頭がいいセーラ。彼女はジムという青年に恋をしていた。この頃の物語はほとんどジムとの恋物語で、あたしはその恋を自分に置き換えるようにして、物語の世界に入り込んでいた。
 ジムと、もう一人セーラに心を寄せるアサという青年。この2人はのちに騎士と呼ばれることになる。騎士は祈りの巫女と同じ時代に、まるで祈りの巫女を守るように生まれてくることが多いの。ジムが右の騎士で、アサが左の騎士。2人の騎士がきちんと揃うこともあまりないから、本当にこの時代は特別だったんだ。命の巫女にも騎士はついていて、この時代には2人の巫女と4人の騎士が揃った。それはものすごく特別な時代で、その分とても大変な時代だったの。
 セーラは17歳の若さで亡くなってしまった。村を襲った大きな災いを回避するために祈り続けて。あたしは知識ではそれを知っていたけれど、物語のセーラはまだ13歳で、恐ろしい未来を知ることのない、幸せな女の子だった。
 あたしは物語を読みながら、セーラのジムに、リョウの姿を重ね合わせていた。
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続・祈りの巫女2
 あたしが儀式を受けて祈りの巫女と呼ばれるようになってから、1年余りが経っていた。あたしは14歳になって、やっと神殿での暮らしにも慣れてきたところ。神殿の宿舎にずっと住むようになって、世話係のカーヤと一緒に暮らしながら、あたしは祈りの巫女についての様々なことを学んでいた。1日のほとんどを勉強に費やして、神殿が空いている時間にマイラのために祈りを捧げて、あたしの1年は瞬く間に過ぎ去っていった。
 あたしが眠れないまま朝を迎えると、カーヤが少し眠そうな顔で起きてきていた。
「おはよう、ユーナ。……どうしたの? 眠れなかったの?」
 宿舎にいるときは、カーヤはあたしをユーナって呼んでくれた。そう呼ばれている時だけ、あたしは自分が祈りの巫女だってことを忘れていられる。あたしはカーヤのことが大好きだった。年下のあたしに仕えているのはあんまり気分がいいものじゃないだろうに、そんなそぶりを微塵も見せないカーヤに、あたしは彼女の意志の強さと限りない優しさを感じていた。
「マイラのことがすごく心配だったの。まだ産まれないのかな。もう産まれていい頃よね」
「ユーナ、子供を産むのって、すごく時間がかかるのよ。大丈夫、産まれたらすぐに神託の巫女のところに知らせがくるんだもの。神託の巫女にはちゃんと頼んでおいたし、すぐに教えてくれるわ。そんなことより出かける支度を整えて待ってないと、知らせが来た時すぐに駆けつけられないわよ」
「そうよね、大変!」
 カーヤに言われて、あたしはすぐに顔を洗いに台所へ行った。カーヤも着替えをして、顔を洗ったあと、朝食の支度を始めてくれる。あたしはなんだか落ち着かなくて、でもカーヤが朝食の支度をしている時間は勉強時間に決めてたから、台所からドアを隔てた勉強部屋で読書を始めた。
 今あたしが読んでいるのは、2代目祈りの巫女の日記を、のちの神官の1人が物語に起こしたもの。あたしの勉強の多くは、そうした昔の物語を読むことだった。
 読み始めて、あたしはすぐに物語りに引き込まれていった。
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続・祈りの巫女1
 真夜中の神殿で、あたしは神様に祈りを捧げていた。
 マイラの中に宿った小さな命。その命の火が消えないように。マイラが無事にお産を終えられるように。今度こそ、マイラとベイクが幸せに暮らせるように。
 一通り、祈りの儀式を終えて、あたしは立ち上がった。後ろに控えていたカーヤが気付いて近づいてくる。
「祈りの巫女、終わったの?」
「うん、あとは神様にお任せするだけ」
「無事に生まれるといいわね」
 マイラは、子供を産むには少しだけ年を取っていた。最初の出産が14年前、その子供を5歳で亡くしてしまってから、マイラは1人の子供を産むこともなかった。続けて産んでいればそれほど心配もなかったのだけど、14年も間があいてしまったから、もしかしたら子供だけじゃなくてマイラ自身も危ないかもしれないんだ。マイラは今苦しんでる。あたしの祈りが、少しでもマイラを癒すことができるのなら。
 あたしは、マイラを幸せにするために、祈りの巫女になったのだから。
「祈りの巫女、もう夜も遅いわ。ろうそくを消してもいい?」
「ええ、お願い」
 カーヤに手伝ってもらいながら、神殿のあちこちに置いたろうそくを消して、集めて回る。あたしがわがままを言ったからカーヤにもずいぶん迷惑をかけてしまった。カーヤはあたしよりも2歳年上の巫女で、今はあたしの世話係をしながら、巫女の修行を積んでいる。1年と少し前にあたしが祈りの巫女になってから、ずっとそばにいてくれる友達だった。
 神殿を出て宿舎に戻ってから、カーヤはそのままベッドに入って眠ってしまったけど、あたしはなかなか眠れなかった。今、マイラは最後の苦しみの時を迎えている。もう少しで赤ちゃんが産まれる。マイラを幸せにしてくれる、小さな命が。
 その夜、あたしはとうとう一睡もできないまま、ベッドに肘をついてマイラのために祈りつづけていた。
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祈りの巫女50
 シュウがあたしの命を助けてくれたから、今あたしは生きている。
 シュウがあたしを助けて死んでしまったから、優しくなったリョウがいる。
 リョウがたくさん優しくしてくれたから、祈りの巫女になったあたしがいる。
 シュウはその優しさで、死んでしまってからもずっと、あたしを助けてくれたんだ。シュウの優しさがみんなに伝わって、みんなの中に生きていて、あたしを祈りの巫女にしてくれたんだ。
 だから今度は、あたしがマイラを幸せにする番。
 シュウが死んで悲しい笑顔しか見せられないマイラに、あたしが本物の笑顔を取り戻してあげる。

 あたしは神殿で、マイラのために祈りつづけた。
 一生懸命、心の底から神様に祈りを捧げた。
 神様はきっと、あたしの祈りに答えてくれるって、心から信じて。

 だからその日、マイラが2人目の子供を身体に宿したことを知って、あたしはそれが神様からの贈り物であることを疑わなかった。
 新しい子供を産んで、愛情いっぱいにその子を育てて、今度こそ、マイラは幸せになれるはずだ、って。


 祈りの巫女になったあたしは、村のみんなを幸せにすることができるんだ、って。

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祈りの巫女49
「さて、そろそろ帰ろうか。あんまりユーナを独り占めしてもみんなに悪いしな」
「どうしよう! あたし、みんなに何も言わないで出てきちゃったよ」
「それは大丈夫だよ。オレがマイラにことづてしといたから」
 リョウは再びあたしの手を引いて、同じ道を歩き始めた。森の中の細い獣道だったから、裾が長い巫女の衣装では少し歩きづらくて、あたしの手を引いたリョウは何度も振り返っていた。
「ここももっとちゃんとした道に整えような。丸太で階段をつけたら歩きやすくなる」
「あたしもお手伝いする!」
「ありがと、ユーナ。でも無理はしなくていいよ。ユーナは今は祈りの巫女になるのに忙しいんだから」
 リョウはやっぱりあたしを少し子ども扱いしていて、儀式を終えて祈りの巫女になったのに、あんまり認めてくれてないみたいだった。ちょっとだけ悔しかったけど、でもそれも仕方がないことなんだな、って思った。あたしはまだ、リョウのことをぜんぶ判ってあげられないから。シュウのことを話していたリョウの言葉もあんまりわからなかった。シュウのことを思い出して、あたしは少しだけ大人になったけど、でも本当の大人になるにはまだまだずっと時間が必要なんだ。
 マイラが言ったみたいに、目の前にあることを1つずつ片付けていくと、あたしは知らない間に少しずつ大人になる。リョウの話す言葉もちゃんとわかって、リョウの悩みを聞いてあげたり、リョウを手伝ったりもできるようになる。そうしたらあたしは、いつかリョウのいちばん大好きな人になれるよね。マイラを幸せにできたら、リョウを幸せにすることもできるよね。
 リョウに、あたしがいるから幸せなんだ、って、思ってもらえるようになるよね。
「ねえ、リョウ。あたし、みんなを幸せにできる祈りの巫女になれると思う?」
 リョウは足を止めて、ちょっとまぶしそうに目を細めて、言った。
「ユーナはいつか、そこにいるだけで誰もが幸せになるような、そんな祈りの巫女になれると思うよ」
 そんなリョウの言葉にあたしは、リョウがあたしを少しだけ認めてくれた気がして、ものすごく幸せな気分になった。
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祈りの巫女48
 じっとあたしを見つめていたリョウは、このとき少しだけ目を細めた。
「……なんか、今日のユーナはきれいすぎて困るな」
 リョウ……あたしのこと、きれいだって言ってくれたの……?
「ほんと? ほんとにそう思う? 今日のあたしはきれいだ、って」
 リョウは少し照れたみたいに目を伏せて、そのあと少し微笑んで、あたしの髪にもう一度花冠をかぶせてくれた。
「儀式も見てくれてた?」
「ちゃんと見てたよ。……あ、だけどオレは儀式の艶姿に騙された訳じゃないからな」
 そう言い捨てるみたいに言って、立ち上がったリョウは両腕を伸ばして、森の空気を身体いっぱいに吸い込んだ。
  ―― リョウは森の中に家を建てる。あたしはリョウの家を想像して、でも森の真ん中にある家なんて、あたしには想像ができないんだ。いったいどんな家になるんだろう。完成したら、あたしもちゃんと中に入れてもらえるかな。
「そうだ。あたし、リョウにありがとう、って言おうと思ってたの」
 リョウはあたしを振り返って、少し不思議そうな顔をした。
「……なに?」
「あたしを助けてくれたこと。森の沼から助けてくれて、命を助けてくれてありがとう。それからね、あたし、祈りの巫女になってやりたいこと、リョウのおかげで見つけたの。あたし、マイラを幸せにしてあげたいの」
 あたしの言いたかったこと、リョウに伝わったのかな。リョウは微笑んでくれて、しゃがんであたしの頭に手を乗せた。花冠が乗った頭に。
「マイラを幸せに、か。見つかってよかったな。でもそれを見つけたのはユーナ自身だろ? オレは何もしてないさ」
 そうなのかな。リョウがそう言ったから、あたしもなんとなくそうかもしれないって思って、それ以上何も言えなくて、少しの沈黙が流れた。サワサワって葉ずれの音が聞こえる。リョウがこれから住む場所は、すごく静かで、すごく優しい場所だ。
 あたしは、さっきリョウが言った言葉を思い出して、ここにリョウと一緒に住めたらすごく楽しいだろうな、って、ただそれだけを思っていた。
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祈りの巫女47
「……オレがほんとにシュウに認められた気がしたのはあの時なんだ。ユーナがまた沼にはまって、オレはユーナを助けることができた。オレはあの出来事が、シュウからオレ達2人への最後のプレゼントだった気がしてならないんだ。ユーナが記憶を取り戻して大人になるため。そして、オレがこれから自信を持って生きていくための」
 ずっと遠くを見つめていたリョウは、このときやっと、あたしを振り返った。
「オレは今やっと、シュウと同じスタートラインに立てた気がする。……ユーナ、オレは、この新しい家に一緒に住むのは、ユーナ1人だけに決めてるんだ」
 あたしはたぶん、リョウが言ったこと、半分も理解できてなかった。リョウの言うことはどこかちぐはぐで、あたしが知ってる現実とはまるでかけ離れていたから。あたしはリョウのことをたくさん好きで、リョウはあたしのことを少ししか好きじゃない。それがあたしの現実だったから、今リョウが言った言葉の本当の意味に気がついたのは、これから先ものすごく時間が経ってからのことだった。
 そんなあたしの混乱は、リョウの目にはどんな風に映ったんだろう。何も答えられないあたしの頭をなでて、リョウは微笑んでいた。
「でも、ユーナはそんなこと、気にしなくていいからな」
 リョウはいったい何を話してるの? もっとゆっくり、あたしがわかる言葉で話してよ。
「これはオレが勝手に決めてることで、ユーナにはぜんぜん関係ないから。ユーナはこれからゆっくり大人になって、誰かに恋をして、その誰かがもしもオレだったとしたら、そのとき初めて考えてくれればいいから」
 リョウ、誤解してるよ。だってあたし、今のあたし、リョウのことがすごく大好きなんだもん。ほかの誰より、リョウがいちばん好きなんだもん!
「あたし、リョウのことが大好き! ほんとよ。ほんとに大好きなの!」
「うん、わかってる」
 そう言ってリョウは、あたしの髪の毛をくしゃっとかき混ぜるみたいにした。花冠はいつの間にかリョウの手に握られてた。わかってるって、リョウは言ったから、あたしはそれ以上何も言えなくなっちゃったけど、あたしにはやっぱり、リョウがあたしの気持ちを少しもわかってないような気がした。
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祈りの巫女46
「シュウは確かに優しいけど、優しいだけじゃだめだ。オレはシュウよりも年上だし、オレの方がぜったい頼りになる。シュウよりもオレの方がぜったい強いんだ、って思ってた。いざというときにユーナを守れるのはオレの方だ、って。……たぶんオレはそう思っていたかったんだよな。でもあの時、シュウは死んじまった。ユーナを守って、ユーナの命を助けて」
 リョウは、遠くを見つめたまま、あたしを振り返ることはしなかった。
「オレはあの時シュウに負けたんだ。優しさも、強さも、ユーナへの思いの強さも」
 あたしは、ただ呆然と、リョウが話す言葉を聞いていることしかできなかった。
「シュウが死んでオレがショックだったのは、シュウがオレに残した敗北感と、もう2度とシュウには勝てないんだ、って絶望感だった。これからオレがどんなに強くなっても、シュウはもうオレには手が届かない。ユーナの中に、シュウを超える奴なんか現われない。……ところがさ、ユーナはユーナでショックのあまりシュウを忘れちまったんだ。これはチャンスだと思ったね。同時に、優しかったシュウを失ったユーナのシュウに、オレはなれるかもしれないと思ったんだ。オレがシュウのように優しくすれば、ユーナはシュウを大好きだったみたいに、オレのことを大好きになってくれるかもしれない、って。それでオレはユーナに優しくし始めて、でもそうしてるうちに、それが正しいことなんだ、って、少しずつ判ってきた。オレが優しくなれば、ユーナだって優しくなる。ほかのみんなだって優しくなる。オレのまわりの世界がまるで違うものになったみたいだったな」
 話し続けていくうちに、リョウは少しずつ自信を取り戻したように、力強い笑顔を浮かべた。そんなリョウはやっぱり、あたしが知っていたリョウとはまるで違って見えた。あたしが記憶を取り戻したことが、リョウ自身をも変えてしまったみたいに。それは今までの優しいだけのリョウじゃなかった。昔の意地悪なリョウや、今まであたしに見せなかったリョウ、新しく変わったリョウが混ぜこぜになって、あたしの目の前に存在しているみたいだった。
「……ただね、オレは、シュウに対する敗北感だけは、いつも心の中に持ってたんだ。オレは優しくなって、ユーナに大好きだって言ってもらえるようにもなったし、狩人になって強くもなった。だけどどうしても、シュウに勝った気がしなかった。シュウがオレを認めてると思えなかったんだ」
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祈りの巫女45
 そう、あたし、たくさんのシュウの夢を見ながら、すごく不思議に思ったことがあったんだ。シュウはいつもいじめっ子からあたしを守ってくれた。そのいじめっ子って ――
「ねえ、リョウ。あの頃のリョウって、もしかしてすごく意地悪じゃなかった?」
 振り返って、リョウは今まであたしが見たこともないような表情で、にやっと笑った。
 そうだったんだ! あたしに意地悪してたいじめっ子って、リョウのことだったんだ!
「やっぱりユーナはそれも思い出してたんだ」
「でもどうして? シュウが死んでからのリョウは、いつもずっと優しかったじゃない。どうしてあの時はいじめっ子だったの? それがどうしてこんなに優しいリョウになったの?」
 あたし、夢の中で思い出をたどりながら、あのいじめっ子がリョウだったこと、しばらく気付かなかった。気付いてからもなかなか信じられなかった。だって、リョウはほんとに優しくて、あんなに意地悪だった男の子と同じ人だなんて思えなかったから。リョウが優しく変わったとき、意地悪だったリョウをあたしは覚えてない。もしも覚えていたら信じられたかもしれないけど。
「実はオレ、このことをユーナに訊かれるのが怖かったんだ。まあでもけじめはきちんとつけとかないといけないし。……つまりね、シュウが死んだことって、オレにとってもかなりショックな出来事だったんだ」
 リョウは遠くを見つめて、今度は少し照れたように話し始めた。
「あの頃、ユーナはシュウとばっかり遊んでた。シュウは優しいから大好きなんだ、っていつも言ってた。オレがユーナと遊びたいと思っても、ユーナとシュウはいつも一緒で、オレが入り込む隙間なんかなかったんだよな。……オレ、あの頃それが悔しくてさ。一生懸命ユーナの気を引こうと思って、ユーナに意地悪してた。オレと遊んだ方がぜったい楽しいのに、って言いたかった」
 ……リョウ、そんなこと思って、あたしに意地悪してたの? あたしの靴を隠したり、髪の毛を引っ張ったり、背中にカエルを貼り付けたりしたの、みんなあたしと遊びたかったからなの?
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祈りの巫女44
「そういえばまた言ってなかったな。……ユーナ、祈りの巫女の称号おめでとう。それから、13歳おめでとう」
 そう言ったリョウは今までよりも少し声を低くして、真面目そうに見えたから、あたしも姿勢を正してきちんと答えていた。
「どうもありがとう。これからは、今までよりもずっとがんばって、1日も早く一人前の巫女になります」
「ずっと寝込んでたみたいだけど、身体の具合は大丈夫なの?」
「うん、昨日にはすっかり元気になった。リョウはどうしてきてくれなかったの? あたし、リョウのことずっと待ってたのに」
 あたしがそう言ったとき、リョウはちょっと困ったような表情をした。
「祝い料理の材料を集めるの、思ったより大変だったんだ。村の狩人総出でね」
 リョウに言われて初めて気がついた。あれだけの料理を作るために、リョウたち狩人はものすごくたくさんの獲物を狩らなきゃならなかったんだ。
「ごめんなさい! リョウもほかのみんなも、あたしのためにすごく忙しかったんだ」
「まあね。でも、オレが忙しかったのはそれだけじゃなくてね。……それもこれもぜんぶ言い訳だな。実はオレ、ユーナに会うのが少し怖かったんだ」
「怖いなんてどうして思うの? あたしの何が怖いの?」
 どうしてだか判らなかった。リョウ、あたしと会うのが怖かったの? あたしはリョウを怖がらせるようなこと、ぜんぜん思ったこともなかったのに。
 気が付くと、リョウは今まであたしが一度も見たことがない、あたしには意味がわからない不思議な表情であたしを見ていた。
「ユーナ、シュウのことをたくさん思い出した?」
 リョウにそう言われて、あたしはまたシュウのことを思った。いつも優しくて、いつもいじめっ子からあたしを守ってくれたシュウ。強くて、勇敢で、あたしが大好きだったシュウ。
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祈りの巫女43
 リョウが選んだのはかなり細い獣道で、巫女の衣装を着けたあたしにはずいぶん歩きづらかった。リョウはずっとあたしの手を取っていてくれて、あたしが飛び越せないせせらぎを越えるときは、ひょいと抱き上げて運んでくれた。今日のリョウはいつもよりずっと優しくも見えたし、逆にすごく乱暴な感じもした。こんなリョウを見るのは初めてかもしれない。リョウはあたしよりもずっと大人だったのに、まるで子供に戻ってしまったみたいだった。
 やがて、リョウが足を止めたのは、森の木がそこだけ少し切り開かれた場所だった。いくつかの切り株と、隅の方に材木が積み重なった広場。材木はもう枝が切り落とされて、皮も剥がしてあった。リョウはその材木に腰掛けて、そのあと自分の上着を隣に乗せて、あたしが座る場所を作ってくれた。
「ここ……誰かの家になるの?」
 その材木の切り方を見ればそうとしか思えなかったけど、こんな不便なところに家を建てる人がいるなんて、あたしは信じられない気がした。だってここ、ほんとに森の真ん中で、まわりには誰の家もなかったんだもん。
 あたしが材木に腰掛けると、リョウは微笑みながらあたしに言った。
「ここにはね、オレの家が建つんだ。……ユーナ、オレ、独立することにしたんだ」
 あたしは驚いてリョウの顔を見つめた。リョウは今まで、あたしの家の近くに両親と一緒に住んでたんだ。そんなリョウが独立する。リョウはここに1人で住むの? それとも……
「独立、って。……リョウ、結婚するの……?」
 リョウもあたしの言葉にちょっと驚いたみたいだった。
「さすがに結婚はまだしないよ。いずれすることになると思うけどね。そのときはここに一緒に住みたいけど、今はまだ1人だ。オレはここに家を建てて、これからずっとここに住むんだよ」
 リョウは本当に嬉しそうで、でもあたしはまたリョウが遠くに行ってしまった気がして、少しさびしくなった。あたしが巫女になって、少し大人になっても、リョウはもっと遠くに行ってしまう。あたしはリョウに追いつくことができないんだ。
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祈りの巫女42
 神殿前の広場では、祈りの巫女誕生の祝い料理が振舞われて、村人総出の盛大なパーティが始まっていた。あたしはあっという間にみんなに囲まれてしまって、料理のお皿や飲み物をもらって、代わる代わるお祝いの言葉を言われた。あたしも笑顔でありがとうを言いつづけて、いったいどのくらいの時間が経っただろう。相変わらずリョウの姿はちらりとも見えなくて、あたしはなんだかそわそわしてしまって、食べ物もあんまり喉を通らなかった。
 たくさんの人ごみの中に目をこらしてリョウを捜す。その時だった。神官たちの宿舎のある方にリョウが立っているのが見えたのは。
 リョウは微笑みながらあたしを見ているだけで、近づいてきてくれようとはしなかった。あたしはいろんな人たちに囲まれてたからすぐには動けなくて、じっとリョウを見つめていたら、リョウの唇がゆっくり動いたんだ。
  ―― オ・イ・デ
 リョウはひとつひとつ区切るみたいに言葉を形作って、あたしにはリョウがそう言っているように見えた。あたしは料理のお皿と飲み物をテーブルに置いて、人ごみを掻き分けながらリョウがいた方へ行こうとした。なかなか進めなかったけど、ようやっと人の輪から抜け出すと、リョウはもうそこにはいなくなっていた。
 キョロキョロしながらリョウを探す。すると神官の宿舎の陰から腕がニューッと伸びてきて、あたしを手招きする。なんだかからかわれてるみたいな気がしてちょっとだけ腹が立った。でもその手がある方に歩いていくと、そこにはリョウが待っていて、あたしの手を引いて言ったんだ。
「ユーナに見せたいものがあるんだ。一緒に来て」
 そう言ったリョウがなんだかものすごく嬉しそうで、そんなリョウの顔を見ていたら、さっき少し怒りかけたのも忘れてしまった。
「なあに? あたしに見せたいもの?」
「くればわかるよ」
 リョウはあたしの手を引いたまま、森に囲まれた山道を少しずつ降り始めたんだ。
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