永遠の一瞬・60
「 ―― サブロウ、サブロウ、なんでサブロウが……」
 シーラはほとんど泣きべそをかきながらハンドルを握る。タケシは素早くオレの袖を破り、肩を縛ったあとボウガンの矢を抜いた。オレの全身に激痛が走って血液が噴き出す。少しは毒が流れてくれるといいんだけど。
 あんまり長い時間正気を保っていられる自信はなかった。本部はオレの脱出経路を予測してか、あの50センチのビルの隙間からボウガンで狙ってきた。銃にしなかったのは即死させたくなかったからだろう。奴らの思惑通り、オレはタケシに連絡して現場を脱出することに成功した。
「シーラ、運転を代わるからサブロウを手当てしてやれ!」
 今のシーラの運転はかなり危険だ。タケシはそれに耐えられなくなったんだろう。走りながらタケシが運転席に移って、シーラが後部座席にやってきた。
「サブロウ! しっかりして! すぐに手当てするから!」
 男の化粧をしたシーラの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。それでも手早く救急箱を用意して、オレの腕に消毒液をかけてくれる。毒の傷みで既に飽和状態のオレには消毒液の痛みなんて微々たるものだ。そろそろヤバイかもな。一般人よりも多少毒への抵抗力はあるつもりだけど、ボウガンの毒は間違いなく致死量を越えてるはずだ。
 考えろ。本部はここまでやったんだ。だったら間違いなく次がある。確実にオレを殺せる手を打ってくる。そのチャンスはホテルの駐車場から中に入るまでの僅かな区間だ。潜入先のホテルを悟られたらオレの命は終わる。
「サブロウ、サブロウ」
 シーラが泣きながらオレの胸をゆする。大丈夫だシーラ。オレはまだ生きてるよ。
「シーラ。予約したホテルはどこだ!」
 タケシの言葉にためらいながらもシーラは答えた。
「えーとね! サングロリア、ウォーターハット、菊姫荘、新月、と、センチュリー!」
 センチュリー?
「判った!」
 タケシが目的地を定めたようにスピードを上げた。タケシが決めたホテルがどこなのかは判らない。だけど目的地はセンチュリーだ。シーラが選んだセンチュリーは、ルートセンチュリーじゃない。センチュリーヴィラの方だ。
 オレは目を見開いてシーラを見た。そして、何とか笑って見せる。かなり歪んではいたけど、笑ったことは伝わっただろう。残った左手で唇に手を当て、シーラを黙らせたあと、腕を伸ばしてバックミラーの前に指文字を作った。
 気付いてくれ、タケシ。オレが生き延びられるとしたらここしかないんだ。シーラが選んだ遊び心いっぱいのホテル。奴らの裏をかけるのは、シーラの気まぐれだけなんだ。
 その先、どうなったのか、オレは知らない。
 毒にむしばまれたオレの身体は、意識を保つことが出来なくなっていた。