2004年04月の記事


真・祈りの巫女291
 部屋の明かりの下でよく見ると、シュウがマイラに似ているんだってことに気がついた。そういえばベイクにも少し似てる。ベイクは身体の大きなたくましい感じの人なんだけど、シュウはどちらかといえば細身で、身長もそんなに高くない。髪はリョウよりもずっと短くしていて、でも知的な感じがあって、雰囲気は神官に近いんだ。リョウは、あたしの左の騎士は死んだシュウなんだ、って言ってた。ここにいるシュウも探求の巫女の左の騎士だから、シュウは自分の村では神官のような仕事をしているのかもしれない。
 あたしがそうしてほんの少しシュウに見惚れている間、シュウと探求の巫女は小さな声で痴話げんかをしていたの。なるべく聞かないようにしてたんだけど、シュウのその声が飛び込んできてあたしは意識を引き戻されていた。
「 ―― おまえと同じ顔なのに祈りの巫女の方が美人でおしとやかだ」
 かなり軽い感じで言われた言葉だった。でも、探求の巫女は一瞬絶句して、そのあと拗ねたようにそっぽを向いてしまったんだ。
「どうせあたしはブスでガサツだもん! 祈りの巫女の方がいいならさっさと乗り換えれば!」
「……なんだよ。そんなことで怒るなよ。そういう意味で言ったんじゃねえよ」
 探求の巫女は、もしかしたら立ち上がってどこかへ行きたかったのかもしれないけど、思い直したのか椅子に深く腰掛ける。たぶん、ここを出たら今日眠る場所がなくなるってことを思い出したんだ。あたしはおかしくて含み笑いを漏らしていたの。なんか、この人かわいい。
「安心して探求の巫女。あたしにはちゃんと婚約者がいるから。あなたのシュウを取ったりしないわ」
 急にあたしが口を挟んだから、探求の巫女もシュウも驚いてあたしを振り返った。
「……婚約者って? ……親が決めたイイナズケとかか? だって、祈りの巫女はオレたちと同じくらいの年だろ?」
「イイナズケ……? あたしの両親は子供の結婚相手を勝手に決めたりしないわよ。それに、あたしはもう16歳だもん。女の子が結婚するのに早すぎる年じゃないわ」
「早すぎるよ! ……そうか、かなり判ってきた。祈りの巫女、オレたちの世界では、女性の結婚年齢はおおむね20歳代くらいなんだ。オレもユーナも16歳だから、付き合ってるとはいってもまだ結婚までは考えられない。それに、まだ2人ともガクセイで、成人してすらいないんだ。20歳になるまでは親の許しがなければなにもできないんだよ」
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真・祈りの巫女290
 シュウの言葉であたしも気づいた。あたしとシュウたちとは、距離の感覚がすごく違うんだ。あたしは探求の巫女が引っ越したと聞いて、マイラがあたしの家の近くから西の森の近くに引っ越したことを思い浮かべていたの。あと、リョウが実家から神殿の近くに引っ越したこと。探求の巫女はきっと、村の中を動いたんじゃなくて、別の村へ行ったんだ。でも、いったいどんな理由があって4歳の子供を持つ両親が村を離れたのかは判らなかった。
 5人分のお茶を用意して、あたしも再びテーブルに戻ってくる。……なんだか不思議。探求の巫女を見ているとすごく恥ずかしい気がするの。あたし、こんな顔をしてるんだ。熱いお茶に息を吹きかけている仕草とか、他の人がしているのならなんとも思わないことが、探求の巫女だと妙に気恥ずかしいんだ。双子の兄弟を持ってる人はみんなそんな風に感じるのかな。それとも、生まれた時から一緒にいればそんなことは少しも感じないまま大人になるのかもしれない。
「ねえ、2人は恋人同士なんでしょう?」
 ちょうどシュウがお茶を飲んでいるときにそう言ったからかな。シュウがむせるような咳をしたからあたしは笑ってしまった。
「……うん、まあ、一応そういうことになってるけど……」
「一応、って、はっきりしないの? 2人は将来結婚するんじゃないの?」
 シュウはちょっと大げさに見える仕草でテーブルに突っ伏してしまったの。探求の巫女の方は赤くなって下を向いちゃってる。……なんで? あたし、変なこと言った?
「……参ったな。まさかいきなりそんなことを訊かれるとは思ってなかった。……それ、今答えなきゃダメ?」
「ううん、そんなことはないわ」
「だったら保留にしといて。……ユーナ、黙ってないでおまえも何とか言えよ」
 シュウの最後の言葉は隣の探求の巫女に向けて言われたものだったのだけど、あたしはちょっと身構えてしまう。だって、ユーナは探求の巫女の名前でもあるけど、あたしの名前でもあるんだもん。……シュウは、あたしを助けて死んでしまった幼馴染の名前。もしもあのシュウが生きていたら、やっぱりこのシュウとそっくりな男の人に成長していたのかもしれない。
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真・祈りの巫女289
「カーヤ、神殿の炊き出しはまだ残ってるかな。あたしもみんなもおなかが空いてるの」
「ええ、たぶんあると思うわ。すぐに持ってくるわね。ユーナはお茶をお願い」
「カーヤ1人じゃ4人分は無理だろ? オレが一緒に行くよ」
 カーヤは2人に軽く会釈をして、そそくさと宿舎を出て行った。そのあとをタキが追いかけていく。2人に初対面の挨拶もしなかったところを見ると、やっぱりカーヤはちょっと不安に思ってるみたい。……無理もないよね。いきなりあたしと同じ顔をした人が神殿に現われたんだもん。不安というよりも不気味に思ってたってちっともおかしくないよ。
 カーヤを見送っていた2人を食卓の椅子に座らせて、ものめずらしそうに部屋の中を見回す2人にお茶を用意しながら話しかけた。
「カーヤは誰かに似ているの? さっきカヤコと言ってたけど」
「ああ、オレの家の近所に住んでる女の子にそっくりなんだ。……カーヤっていうんだな。名前も似てる」
「そっくり、って。あたしと探求の巫女くらい似ているの?」
「同じ服を着てたら見分けがつかないくらい似てるな。まるで生き別れの双子の姉妹みたいだ。ユーナと祈りの巫女もそうだし、どうしてこの村にはオレが知ってる人がいるんだろう」
「探求の巫女はその人のことを知らないの?」
 あたしは疑問に思ったことをそのまま口にしていたの。だって、カヤコはシュウが知っている人なのに、探求の巫女が知らないのがすごく不思議に思えたんだもん。
「ユーナは4歳のときに引っ越したんだ。オレもカヤコも小さな頃はよく遊んだんだけど、ユーナが引っ越してからは1度も会ってなかったんだ。だからオレもユーナと会うのは12年ぶりくらいじゃないかな」
「1度も? シュウがいた村には祭りはないの? だって、どんなに遠くに引っ越したって、お祭りで年に1回くらいは会えるでしょう?」
 あたしの言葉に、シュウと探求の巫女は驚いたように顔を見合わせた。
「ユーナが引っ越したところはそんなに近くじゃないんだ。……歩いたら丸1日くらいかかる程度には遠いと思うよ」
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真・祈りの巫女288
 シュウの言葉の意味は判らなかったから、あたしは聞き流すことにして、祈りの巫女宿舎の扉をノックした。幸いカーヤはまだ起きていてくれたみたい。扉を開けて、あたしに微笑みかけてくれたの。うしろにいた3人にチラッと視線を向けたけど、扉を大きく開けただけでひとまずあたしを宿舎に招きいれてくれた。
「お帰りユーナ。聞いたわ。とうとう祈りが通じたのね、おめでとう」
 神殿に戻ってから初めて、あたしはほっとしている自分を感じていた。だって今までは誰もそう言ってくれる人がいなかったんだもん。もちろん神殿に新たな問題が起きていて、みんなそれに気を取られてたからだってことは判ってたけど、やっぱりあたしは自分の祈りが通じたことを誰かにほめてもらいたかったんだ。
「ありがとう。カーヤにそう言ってもらえて嬉しいわ。……さあ、みんな入って。カーヤ、今日は探求の巫女にここへ泊まってもらうことになったの。かまわないでしょう?」
「ええ、……あたしはもちろん」
 カーヤがちょっと不安そうに言ったのは、きっと探求の巫女と一緒の部屋を使うことになると思ったからだ。誰だって初めて会った人と同じ部屋に2人きりになるのは不安だもん。あたしは今夜の寝室を交代してもらう話をしようとしたんだけど、ちょうど扉を入ってきたシュウに遮られてしまったの。
「……カヤコだ」
「え? カヤコチャン?」
 探求の巫女の声に振り返ると、彼女はシュウを見上げて不思議そうな顔をしていた。シュウは少しの間カーヤを見つめて、やがて探求の巫女に向き直る。
「ああ、カヤコだ。……4歳のとき以来会ってないんじゃユーナが判らなくても無理はないな。でもオレはずっと近くに住んでたから判るよ。彼女、間違いなくこっちの世界のカヤコだ」
 シュウの言葉の意味がすべて判った訳じゃないけど、あたしは以前リョウが初めてカーヤを見たときのことを思い出していた。
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