2000年02月の記事


記憶・10
 オレはたぶん、出会ったばかりの彼女に恋をしていた。
 もしかしたらそれは恋ではないのかもしれない。まるで産まれたてのヒナが初めて見たものを母親だと思い込むような、そんな心の動きだったのかもしれない。オレは彼女に気に入られたかった。彼女にいつまでもここにいてもらいたかった。
「伊佐巳、あなたは記憶を失ってしまったのね。そういうの、記憶喪失って言うのよね。本当に何も覚えていないの?」
 彼女はなぜここにいるのだろう。そして、オレはなぜここにいるのだろう。オレはどうして記憶喪失になどなったのか。肉体的にはおかしなところはない。オレはベッドに寝かされて寝巻きを着ていたが、オレの身体を治療したらしい痕跡は、少しも見つからなかった。
 周囲は病院のような真っ白な部屋。かなり広い部屋に、常識はずれに巨大なベッドが置いてあって、オレが寝ているのはその上だ。ほんとにこのベッドは常識を外れている。ベッドだけで畳3枚程度はありそうなのだ。
「何も覚えてないよ。自分のことは悲しいくらいに」
「それじゃ、質問ね。あなたは男性ですか? 女性ですか?」
「え? 男だけど……」
 反射的に答えて、改めて自分で驚いた。オレは男だ。これは記憶か? だけどオレは自分が女だとは到底思えない。感覚的にオレは自分を男だと思っている。
「ミオ、オレは自分が男だってことが判る。他の記憶は何もないのに、なんでか判るんだ」
「それは、伊佐巳に感覚があるからよ。伊佐巳の感覚は記憶と一緒に失われはしなかったんだわ」
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記憶・9
「あたしが呼びたい名前で呼んでいいのね。ありがとう。お礼に、伊佐巳にはあたしの名前を選んでもらいたいわ。伊佐巳が呼びたい名前をあたしに付けて」
 名前を付ける? 初めて出会った人間、しかも今まで自分自身の名前で呼ばれていた人間に、新たな名前をつけることなど、オレの感覚の中の常識にはありえないことだった。オレが知りたいのは彼女の本名なのだ。それ以外の名前に何の価値があるだろう。
「どうして? 君にはちゃんと名前があるんだろ?」
 その時、彼女はやっとオレから離れて、オレが寝かされているベッドに腰掛けた。
「知りたいの。伊佐巳が好きな女の子の名前」
 この、「好きな」はきっと、「女の子」にかかっているのではなく、「女の子の名前」にかかっているのだろう。この頃になるとオレにも彼女が意外に強情なのだということが判ってきていたので、諦めて、最初に思いついた名前を口にしていた。
「……ミオ。ミオと呼んでもいい?」
 このとき、彼女は初めて少し驚いたような顔を見せた。
「ミオ、って呼んでくれるの?」
 オレが頷くと、彼女は慈愛に満ちた微笑を浮かべて、オレに言った。
「ありがとう。とってもいい名前ね」
 彼女はオレが付けた名前を気に入ってくれたようだった。
それでもオレの中からは、彼女の本当の名前が知りたいという欲求が消えなかった。
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記憶・8
「それが、オレの名前?」
「ええ、そう。間違いないわ。これからあたし、あなたを伊佐巳と呼びたい。あたしがあなたをそう呼ぶことを許してくれる?」
 オレの中には違和感があった。彼女は、オレの記憶喪失を少しも気にしていない。普通ならもう少し驚くなり絶句するなり違う反応があるのではないだろうか。そういった違和感に気付くくらいにはオレは冷静さを取り戻していた。オレはもう一つの疑問を口に出していた。
「あの……あなたはいったい……」
 少女は少しすねたような表情を見せた。彼女を怒らせてしまったことを感じて、オレの心臓は大きく鼓動した。
「女の子に先に名乗らせるの? まず自分が名乗るのが普通でしょう? あなたは自分の名前を覚えていないから名乗れないのは仕方ないけど、あたしが教えたんだもの。あたしの名前を聞く前に、自分は伊佐巳です、って言ってくれてもいいんじゃない?」
 彼女がなぜ怒ったのか、その言葉の意味はオレには判った。
「ごめん。オレは自分の名前が判らないから、君がオレを伊佐巳と呼んでくれるんだったら構わないよ」
 オレがそう答えると、彼女は再びにっこりと笑った。
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記憶・7
「オレは……何も覚えてない」
少女は驚かなかった。むしろオレが落ち着いたことを喜んでいるようだった。
「何も? あたしのことも?」
 そう尋ねられて、オレはなんだか彼女にすまない気がした。彼女はもしかしたらオレの大切な人だったかもしれないのだ。もしも大切な人に忘れられてしまったら、彼女は悲しむに違いないから。
 黙って頷いたオレに、しかし少女は特に気にした様子もなくにっこり笑った。
「自分の名前も判らない?」
 また、頷く。オレの肩を抱く姿勢を彼女が崩さずにいることが、オレは少し気になった。
「伊佐巳、というのよ。あなたの名前は伊佐巳というの」
 彼女が言った名前は、おそらくオレの名前なのだ。しかしオレにはその名前が自分の名前だとは思えなかった。たぶん記憶を失う前ならば一番慕わしいと感じていただろう名前が、今のオレにはまるで他人の名前のように空虚に響いた。オレが何の反応も示さなかったことは彼女にも判っただろうに、彼女はまったく気にしていなかった。
 いったいオレは誰なのか。そして、彼女はいったい……。
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記憶・6
 自分の全てがわからない。顔も、生い立ちも、親しい人間のことも。そういった自分に関する全ての記憶は、オレの中から失われている。オレは恐怖の濁流に飲み込まれるように我を忘れた。何が好きなのか、何が嫌いなのか。どうすればこの恐怖から逃れられるのか。オレは自分の頭の中の混乱と肉体の混乱とをどう認識することもできずにいた。たぶんオレはこのとき暴れていたのだ。その時、オレの感覚の中に響いてきた声があった。それはあの嫌な男の笑い声ではなく、やわらかな少女の声だった。
「……落ち着いて、お願い、大丈夫だから。あなたにはあたしがついてるから」
 その声には、オレの混乱を抑える、見えない力があった。オレはその声を聞くことで少しずつ落ち着きを取り戻していったのだ。
「大丈夫よ。大丈夫。心配しないで」
 やわらかくてあたたかい感触が頬にあった。あたりを見回すようにして、気付く。少女はオレの頭を抱きかかえてオレにずっと語りかけ続けていたのだ。
「あなたは大丈夫。あたしが傍にいる。だから落ち着いて。あたしのことを見て」
 言葉に合わせて、オレは少女を見上げた。オレの仕草に合わせて、少女もオレを見つめた。
 オレの目には少女はまるで女神のように見えた。
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記憶・5
「目が、醒めたの?」
 目覚めたオレを最初に迎えてくれたのは、そのやわらかな声だった。
 無意識のうちに目を開けると、まぶしい光に包まれて、1人の少女がオレを心配そうに見つめているのが見えた。
「あたしの姿が見える?」
 少女がオレを心配しているのだということがよく判った。見つめたまま、軽く首をかしげるようにしている。オレは早く彼女を安心させてやりたいと思った。
「……あ……あぁ……」
 この少女は誰だろう。オレは記憶を辿ろうとして、一瞬のうちに夢の全てを思い出していた。オレはまた夢の中と同じ事をした。自分は誰なのかという問いかけ。しかし、オレの中には何の記憶もない。
 これは現実なのか。まだ夢の続きなのか。現実ならばなぜオレは自分のことが思い出せないのだ。現実でもオレは記憶を失っているというのだろうか。
 オレの中に再び恐怖が湧きあがる。それは先ほどのようなどこか落ち着かない恐怖ではなく、突き上げてくる現実への恐怖。
「ああ……ぅうわああああぁぁぁぁぁ……!」
 叫ぶことで恐怖を忘れたかったのかもしれない。そんなことで恐怖が忘れられるのか、それらを冷静に吟味する判断力はオレにはなかった。
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記憶・4
「認めちまえよ。その方が楽だろ? お前はいつも楽な方にばっか流れていく奴だったじゃねえか」
 この男の言葉をまにうけてはいけない。もしも男の言うとおり、男とオレが同じものだったとしても、この男はオレの悪意や誘惑といった闇の心の方だ。オレが卑怯であるはずがなかった。少なくともオレは卑怯なことはするまいと思って生きてきたはずだった。
 オレは初めて、男に話しかけた。それは声を出したというより、自分の意思を伝えようと思念を送ったという方に近かった。
「オレは楽な方に逃げたりしねえ。お前とオレは違うはずだ」
 男はもうおかしくてたまらないというように、耳障りな声で笑いつづけた。
「ハハハ……バーカ。てめえ頭おかしいよ。そこまで言うなら証明してみりゃいいじゃねえか。お前がオレと違うって、ちゃんと証明しろよ。お前が判らねえBじゃねえってこと、オレに証明してくれたら信じてやるよ」
 男は笑い声をとどろかせながらしだいに遠ざかっていた。現れたときと同じように白いもやになって暗闇に消えていった。男が消えてもオレは自分が誰なのか判らないままだった。オレの記憶の中にはその断片すら存在しなかったのだ。
 その時、暗闇がいきなりスパークした。
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記憶・3
 オレの名前は……判らない。
 なぜ、判らない……?
 その時、顔が不快な笑い声を立てた。
「どうして判らねんだよ。オレはお前じゃねえか」
笑い声を間にはさみながら、男は言った。そのいやったらしい声がオレの神経を逆撫でした。そんな馬鹿なことがあるはずがない。こんなにオレに嫌悪感と恐怖感をもたらす存在が、オレ自身であるはずがない。
「数学の授業を覚えてるか? A=C、B=Cであるとき、A=Bが成立する。オレが誰なのか、お前は判らねえ。「オレ」を「A」、「判らねえ」を「C」とすると、それはA=Cだ。お前は自分が誰なのかも判らねえ。「お前」が「B」ならこれがB=Cだ。つまり、この法則で言えばA=B、つまり「オレ=お前」も成り立つって訳さ。判っただろ?」
 男はまるで冗談でも口にした後のように大きな声で爆笑した。オレはこの男にからかわれているのだと思った。しかし笑い事ではなかった。本当にオレは自分のことが判らないのだ。
 この男の言うことを証明できる根拠が、オレにはないのだ。
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記憶・2
 オレは自分の記憶をたどって、この恐怖の原因を突き止めようとした。絶対によく知っているはずの顔。恐怖、嫌悪、侮蔑、懐古……。オレはこの顔の呪縛から逃れるために生きていたはずだ。逃れるために、この顔の男に挑んでいたはずだ。しかしそれは記憶ではなく、あくまでオレの中に残る感覚に過ぎなかった。オレの中に記憶はなかった。この男が誰であり、自分とどういう関わりがあり、何を持って自分に恐怖を植え付けたのか、その記憶がまったくないのだ。オレは更に記憶をたどった。彼は、いったい誰だ。
 その時、その顔が言った。
「お前こそ誰だ」
 オレは……。
 言いかけて、オレは更に恐怖に縛られた。オレは、オレは、オレは……。
 オレはいったい誰だ。
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記憶・1
 オレは眠っていた。
 夢を見ていたのかどうかは定かではない。どこか暗いところをぼんやりと漂っている感覚がある。まるっきり何もない世界だった。上も、下も、右も左もない。真っ暗で、果たしてどこまでが自分に属し、どこからが自分でないものに属しているのか、それすらもわからないほど深い暗闇。
 そこには時間すらも存在しない。他者の介入はまったくない。介入、という感覚があるということは、オレはこの暗闇を自分に属するものと認識しているのかもしれない。しかし、それすらも定かではない。
 その時不意に、、暗闇が揺れた。
 白いもやが集まり、やがて誰かの顔らしき形を形成した。その顔にオレは恐怖を覚えた。なぜかは判らない。しかしそれは紛れもなく恐怖の感覚だった。
 顔は笑った。正常な知覚を持ってすれば美しいとすらいえるほど整った顔立ちをした男だった。年齢は20台後半くらいに見える。冷たい表情で笑う男は、たぶんオレがよく知っているはずの、オレの記憶に深く刻まれているはずの男だった。
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黒澤の日記が変わります
日記を書いてみて気付いたのですが、私ってば日記つけるほど日々充実してないんですよね。それはそれでいいのかもしれないですが、でもあんまり退屈な日記をつけるのもなんだな、と思ったので、この日記ページをちょっと違うことに利用してみたいと思います。
てな訳で、弥生の勝手な独断により、この日記は小説ページにすることにしました。
毎日続きを書けるかどうかは未定ですが、よろしければしばらくの間お付き合いください。
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なかなか表ページが更新できないのだ
既に私の小説を全て読み終わってしまったありがたい人もいることだし、また新しい小説をアップしようと狙っているのだけど、なかなか載せられそうなアイデアがなくて困ってしまった。
でも、裏サイトの方が上がったらちゃんとやらないとだよね。
なかなか難しいな。
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このところ毎日更新してない?
今日はひたすらオフラインで裏HP作ってました。ここからもジャンプできるようにリンクするつもりでいますが、行き方は秘密です。(あんまり人様にお見せできるような小説ではないので)
ところで私のノート君、突然音が出なくなって、突然復活するの、あれ、何とかしてくれませんかね。(負荷かけすぎ?)
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私の愛にこたえて
今日は1回しかフリーズしなかったね。

いーこいーこ。
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あなた、私のことキライ?
さっき自分のHPを開こうとしたら、IEがフリーズしてくれちゃって、強制終了したらば真っ青な画面と鳴りつづけるエラー音!
驚いてやはり強制終了したのだが、今度は画面がバグりつつ更に強烈なダミ声のエラー音が……
やはり私はこのパソコンに嫌われているのかもしれない。
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大変な目にあったのだ
私はノートパソコンを使っていて、マウスというものを持ってないんですが、バグリまくったので再起動をかけたらいきなり「マウスが接続されていません」などといわれてしまって、ポインタが動かなくなってしまったのだ。ほんと、一時はどうなるかと思った。(とりあえず日記が書けるということは回復したということじゃ)
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やっと音楽つけられたよお!
昨日の夜(というかほとんど今日の朝)6:00までかかってやっとHPの音楽の入れ方が判ったのだ。初心者でしかも友達少ないからきついなあ。さて、次は踊るドラえもんに挑戦だ!
(果たしていつのことになるのやら)
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たべたいよお
胃を壊してから一週間経ちました。おなかはすいてるし、食べ物はおいしそうに私を誘うのに、食べた後の苦しみが怖くて口にできないこの悲しさよ。体重3キロも減ってるし……。ダイエットじゃないのにリバウンドが怖い今日この頃。
しくん。
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