2026 11/02 20:04
Category : 日記
三度目の中国行は、夜の出発となった。
今回の目的はシルクロードの玄関口である西安と中国の首都北京を巡る旅であった。
当時西安への直行便は少なかったが、どうしても兵馬俑等のある城郭都市を訪れたかったので゛西安行きの直行便を選んだ。
成田空港は海外に行く度に利用したが、夜行便は珍しくこの燃えるような夕焼けに、暫し搭乗便の窓からこれか始まる中国への旅に思いを馳せたのであった。
今回の目的はシルクロードの玄関口である西安と中国の首都北京を巡る旅であった。
当時西安への直行便は少なかったが、どうしても兵馬俑等のある城郭都市を訪れたかったので゛西安行きの直行便を選んだ。
成田空港は海外に行く度に利用したが、夜行便は珍しくこの燃えるような夕焼けに、暫し搭乗便の窓からこれか始まる中国への旅に思いを馳せたのであった。
2026 08/31 16:44
Category : 日記
那覇港から高速艇で一時間、慶良間諸島にある無人島の夏の光景
座間見島の民宿のボートに乗って朝この無人島に着く。
サンゴの死骸が長年の風化で出来たこの島の砂は真っ白である。
数ある無人島の中の一つであるこの島には、トイレも無ければ売店なども勿論ない。
夕方4時頃に民宿のボートが迎えに来てれるまでは、エメラルドグリーンの海中に群がる熱帯魚と一緒に夏の慶良間の海を楽しむのが、忘れられない思い出である。
座間見島の民宿のボートに乗って朝この無人島に着く。
サンゴの死骸が長年の風化で出来たこの島の砂は真っ白である。
数ある無人島の中の一つであるこの島には、トイレも無ければ売店なども勿論ない。
夕方4時頃に民宿のボートが迎えに来てれるまでは、エメラルドグリーンの海中に群がる熱帯魚と一緒に夏の慶良間の海を楽しむのが、忘れられない思い出である。
2026 07/24 06:35
Category : 日記
日本時間早朝から行われたサッカーワールドカップ優勝決定戦は、スペイン対アルゼンチンの息詰まる戦いの結果 1対0でスペインが優勝した。
スペインがW杯で優勝するのは2010年に行われたオランダとの戦いで優勝して以来と聞く。
何と、この年のこの時に私はスペインのバルセロナに居た!
偶然の一致とは言え、その時優勝したスペインは、国を挙げての感激ムードに浸っており、観光客をも巻き込んでの大騒ぎであった。
そんな偶然もあり、メッシなど有する強豪アルゼンチンにひょっとして勝つのではないかと、唾を飲んで見ていたのであった。
スペインがW杯で優勝するのは2010年に行われたオランダとの戦いで優勝して以来と聞く。
何と、この年のこの時に私はスペインのバルセロナに居た!
偶然の一致とは言え、その時優勝したスペインは、国を挙げての感激ムードに浸っており、観光客をも巻き込んでの大騒ぎであった。
そんな偶然もあり、メッシなど有する強豪アルゼンチンにひょっとして勝つのではないかと、唾を飲んで見ていたのであった。
2026 07/20 08:46
Category : 日記
那覇港から高速艇で一時間、慶良間諸島にある無人島の夏の光景。
座間見島の民宿のボートに乗って朝この無人島に着く。
サンゴの死骸が長年の風化で出来たこの島の砂は真っ白である。
数ある無人島の中の一つであるこの島には、トイレも無ければ売店なども勿論ない。
毎夏学生時代の友人とこの島を訪れていた目的は、シュノーケリングを楽しむためであった。
夕方4時頃に民宿のボートが迎えに来てれるまでは、エメラルドグリーンの海中に群がる熱帯魚と一緒に夏の慶良間の海を楽しむのが、忘れられない思い出である。
座間見島の民宿のボートに乗って朝この無人島に着く。
サンゴの死骸が長年の風化で出来たこの島の砂は真っ白である。
数ある無人島の中の一つであるこの島には、トイレも無ければ売店なども勿論ない。
毎夏学生時代の友人とこの島を訪れていた目的は、シュノーケリングを楽しむためであった。
夕方4時頃に民宿のボートが迎えに来てれるまでは、エメラルドグリーンの海中に群がる熱帯魚と一緒に夏の慶良間の海を楽しむのが、忘れられない思い出である。
2026 06/05 20:07
Category : 日記
イスタンブール旧市街の岬の先端にあるトプカブ宮殿の中庭の花壇の花々。
14世紀オスマン・トルコが西洋の大半を支配していた頃、メフメット二世の命によりこの宮殿は建設された。
トプカブとはトルコ語で「大砲の門」を意味し、都を守る巨大な大砲などが設置されていた。
この広大な宮殿の中には世界中から集められた宝飾品などが展示されており、いかに勢力が巨大であったかを知ることが出来る。
それらの金銀財宝だけでなく、世界中から連れてこられた美女を収容したハレムなども存在していた。
14世紀オスマン・トルコが西洋の大半を支配していた頃、メフメット二世の命によりこの宮殿は建設された。
トプカブとはトルコ語で「大砲の門」を意味し、都を守る巨大な大砲などが設置されていた。
この広大な宮殿の中には世界中から集められた宝飾品などが展示されており、いかに勢力が巨大であったかを知ることが出来る。
それらの金銀財宝だけでなく、世界中から連れてこられた美女を収容したハレムなども存在していた。