2025 12/31 19:14
Category : 日記
陸上競技場で行われた沖縄を代表するエイサー大会の光景。
三度目に沖縄を訪れた時は無人島でのシュノーケリングだけでなく、沖縄本島の観光も行った。
丁度この時(8月14日)に沖縄を訪ねた日は、全島を上げてのエイサーの大会の日であった。
今は亡き親友と、コザの運動公園陸上競技場で開催されていたエイサーの大会を見学に行き、次々に現れる様々なグループの勇壮な演武に、驚きを持って異国情緒を楽しんだものである。
つかばん青年会のグループは、若い男女が思い思いの衣装で、舞台で演奏する蛇味線や沖縄民謡に合わせて、エイサーを踊る様に焼縄の活力を思い知らされたものである。
三度目に沖縄を訪れた時は無人島でのシュノーケリングだけでなく、沖縄本島の観光も行った。
丁度この時(8月14日)に沖縄を訪ねた日は、全島を上げてのエイサーの大会の日であった。
今は亡き親友と、コザの運動公園陸上競技場で開催されていたエイサーの大会を見学に行き、次々に現れる様々なグループの勇壮な演武に、驚きを持って異国情緒を楽しんだものである。
つかばん青年会のグループは、若い男女が思い思いの衣装で、舞台で演奏する蛇味線や沖縄民謡に合わせて、エイサーを踊る様に焼縄の活力を思い知らされたものである。
2025 12/02 20:31
Category : 日記
沖縄を代表する勇壮な演武のエイサーの光景。
三度目に沖縄を訪れた時は無人島でのシュノーケリングだけでなく、沖縄本島の観光も行った。
丁度この時(8月14日)に沖縄を訪ねた日は、全島を上げてのエイサーの大会の日であった。
今は亡き親友と、コザの運動公園陸上競技場で開催されていたエイサーの大会を見学に行き、次々に現れる様々なグループの勇壮な演武に、驚きを持って異国情緒を楽しんだものである。
この写真は鍾乳洞で知られている玉泉洞王国村を見学した時の最後に、プロのエイサーグループの一糸乱れぬ勇壮な演武に感嘆した時の一枚である。
三度目に沖縄を訪れた時は無人島でのシュノーケリングだけでなく、沖縄本島の観光も行った。
丁度この時(8月14日)に沖縄を訪ねた日は、全島を上げてのエイサーの大会の日であった。
今は亡き親友と、コザの運動公園陸上競技場で開催されていたエイサーの大会を見学に行き、次々に現れる様々なグループの勇壮な演武に、驚きを持って異国情緒を楽しんだものである。
この写真は鍾乳洞で知られている玉泉洞王国村を見学した時の最後に、プロのエイサーグループの一糸乱れぬ勇壮な演武に感嘆した時の一枚である。
2025 09/24 16:50
Category : 日記
東京を代表する銀座四丁目の夏の光景。
今年の夏も連日猛暑続きの日が続いている。
日本で一番土地の高い場所も、この四丁目の交差点に近い鳩居堂の土地であると、毎年ニュースで報じられている。
私は現役時代この時計台のある和光ビルの反対側にある三越の隣のビルで勤務したことがある。
毎年秋になると、銀座祭りで次々に現れる装飾が施された花自動車を居ながらにして、眺めたものである。
ビルの向かい側にある名物の鰻店では、給料日になると、うな重に舌鼓を打ったのが懐かしく思い出される。
なおこの写真は、日産ギャラリーのショールームから撮った一枚である。
今年の夏も連日猛暑続きの日が続いている。
日本で一番土地の高い場所も、この四丁目の交差点に近い鳩居堂の土地であると、毎年ニュースで報じられている。
私は現役時代この時計台のある和光ビルの反対側にある三越の隣のビルで勤務したことがある。
毎年秋になると、銀座祭りで次々に現れる装飾が施された花自動車を居ながらにして、眺めたものである。
ビルの向かい側にある名物の鰻店では、給料日になると、うな重に舌鼓を打ったのが懐かしく思い出される。
なおこの写真は、日産ギャラリーのショールームから撮った一枚である。
2025 09/19 17:05
Category : 日記
東京を代表する銀座四丁目の夏の光景。
今年の夏も連日猛暑続きの日が続いている。
日本で一番土地の高い場所も、この四丁目の交差点に近い鳩居堂の土地であると、毎年ニュースで報じられている。
私は現役時代この時計台のある和光ビルの反対側にある三越の隣のビルで勤務したことがある。
毎年秋になると、銀座祭りで次々に現れる装飾が施された花自動車を居ながらにして、眺めたものである。
ビルの向かい側にある名物の鰻店では、給料日になると、うな重に舌鼓を打ったのが懐かしく思い出される。
なおこの写真は、日産ギャラリーのショールームから撮った一枚である。
今年の夏も連日猛暑続きの日が続いている。
日本で一番土地の高い場所も、この四丁目の交差点に近い鳩居堂の土地であると、毎年ニュースで報じられている。
私は現役時代この時計台のある和光ビルの反対側にある三越の隣のビルで勤務したことがある。
毎年秋になると、銀座祭りで次々に現れる装飾が施された花自動車を居ながらにして、眺めたものである。
ビルの向かい側にある名物の鰻店では、給料日になると、うな重に舌鼓を打ったのが懐かしく思い出される。
なおこの写真は、日産ギャラリーのショールームから撮った一枚である。
2025 08/22 16:24
Category : 日記
沖縄南端にある平和祈念公園の最先端の光景。
この「平和の火」のモニュメントの先は断崖絶壁となっており、沖縄戦で追い詰められた島民が投身自殺をした場所として知られている。
1995年6月23日に開園されたこの公園には、20万余名の戦没者達の名前が此処の記念碑(平和の礎)に刻まれている。
今年は太平洋戦争終結から丁度戦後80年の節目に当たり、6月23日には平和祈念式典が此処で行われた。
終戦末期の東京大空襲の時を、東京荒川の防空壕の中で体験した私は、当時の凄惨な光景をありありと記憶しており、この時期になると、現在の戦後育ちの人々が毎日平和に暮らせる有難さを、しみじみと感じるのである。
今は多少不便になった足腰のリハビリに来てくれる理学療法士の若者や、家の様々な事を支援してくれる子供たちに、戦争体験を話して聞かせる日々を送っているのも事実である。
この「平和の火」のモニュメントの先は断崖絶壁となっており、沖縄戦で追い詰められた島民が投身自殺をした場所として知られている。
1995年6月23日に開園されたこの公園には、20万余名の戦没者達の名前が此処の記念碑(平和の礎)に刻まれている。
今年は太平洋戦争終結から丁度戦後80年の節目に当たり、6月23日には平和祈念式典が此処で行われた。
終戦末期の東京大空襲の時を、東京荒川の防空壕の中で体験した私は、当時の凄惨な光景をありありと記憶しており、この時期になると、現在の戦後育ちの人々が毎日平和に暮らせる有難さを、しみじみと感じるのである。
今は多少不便になった足腰のリハビリに来てくれる理学療法士の若者や、家の様々な事を支援してくれる子供たちに、戦争体験を話して聞かせる日々を送っているのも事実である。