六ヶ所村の記録
鎌田慧
岩波書店
上を返して下を探したら見つからず、あいだが開いてしまったので、記憶違いがあるかも。
満州帰りなどで開拓しても喰えず、ようやく砂糖大根が軌道に乗り、製糖工場も立ったら輸入品に負け、帆立貝の養殖がうまく行けば原子力船の母港ができる。開発して石油コンビナート、製鉄工場を作ると買い占めたら、来ないので赤字が積もり、この際なんにでも売ろうと石油備蓄基地、自衛隊射撃場、原発、あげくは核燃料サイクル基地。とずっと戦っていた人々。
「東北の太平洋岸の歴史には、大地震と大海嘯(津波)の歴史が刻みこまれている」図書館から