会津墓地
今日は風が強くて冷たくて寒いねぇ。

今日は思う所があって、京都の黒谷にある会津墓地に行って来た。

幕末に会津藩主の松平容保が1千名の藩兵を率いて黒谷金戒光明寺を本陣として幕末の京都の守護を行った。

その結果、幕末の騒乱で多くの犠牲者を出したために金戒光明寺の上部に墓地を作り「会津墓地」としたのが始まりで、後に鳥羽伏見の戦いでの犠牲者も葬られたという。

墓地には多くの墓石が並んでいて、今でも顕花されているお墓もある。

幕末には多くの方が亡くなられたが、これだけ多くの会津の方も犠牲になられたことを思うと厳粛な気持ちになるね。

合掌・・・


また、近くにある紫雲石こと西雲院の境内には「会津小鉄」のお墓もある。

会津小鉄は幕末の侠客で、会津の中間部屋に入って頭も勤めて、池田屋事件などでも協力したと言う。

鳥羽伏見の戦いにも参加したそうで、放置された会津兵士の遺体を収容したり弔ったと言う。

私は新選組ファンなので、やはり会津と言うと親近感を覚えているのでお参りにも気持ちが入るよ。


お参りの後は、金戒光明寺の墓地を通っていくと、いろいろな墓石やお墓が合って興味深い。

いろいろとお墓をお参りした日だけど、寒さが厳しいだけに気が引き締まる思いがしたよ。