2021年06月の記事


仁和寺
京都の仁和寺へ久しぶりにお参りして来ました、だいたい一年ぶりくらいでしょうか。

あちこち新しくなったり変わったりしてて少し戸惑いました。

今の時期は人も少なくてゆっくりお参りできますね。

境内やお庭の新緑も良いですね。
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青葉まつり
京都の智積院さんの青葉まつりにお参りして来ました。

6月15日は弘法大師の御生誕日とされ、弘法大師をお祀りする真言宗のお寺などでは法要が行われたりします。

智積院さんでは、青葉まつりといろんな行事や法要がおこなわれます。

ちなみに昨年はコロナの影響で中止されました。

私も毎年お参りしているので、今年は開催されて良かったです。

青葉まつりの中でも一般的なのが諸堂めぐりです。

受付で台紙をいただいて、講堂・金堂・大師堂・密厳堂・明王堂の5つのお堂をお参りして朱印をいただきます。

5つとも満願すると、御守りのお札がいただけます。

朝からたくさんの方がお参りに来られて諸堂めぐりをされていました。

昨年は出来なかったですが、今年は無事に満願出来て良かったです。
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八橋忌
京都の「八はしでら」こと、金戒光明寺塔頭の常光院へお参りして来ました。

6月12日は、八橋検校の御命日で京都の法然院と常光院ではそれぞれ別に八橋忌が行われます。

京都の名物として有名な八ッ橋は、その発祥には諸説あり、お店によって違っています。

琴の奏者だった八橋検校に所縁のお菓子だと言う説や琴の形に似せて八ッ橋を作ったた言う説などあります。

ちなみに八ッ橋は焼いたお煎餅のようなお菓子で焼いていないのは生八ッ橋で、中に餡を挟んだ物は餡入り生八ッ橋となります。

八ッ橋の老舗の聖護院八ッ橋は法然院で八橋忌(非公開)を行い、井筒八ッ橋は常光院で八橋忌を行います。

常光院は、八橋検校のお墓のあるお寺で、私はだいたい毎年の八橋忌にはお参りして御朱印をいただいています。

昨年は中止でしたが、今年もお参りして御朱印をいただきました。
帰りに八ッ橋を買って帰りました。
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美少年の墓
京都に美少年の墓があります。

京都洛西の金蔵寺近くに、一度に必ず一つのお願いを必ずかなえてくれると言う一願不動明王がまつられている不動堂があります。

その横に、「美少年の墓  梅若丸 律師桂海」と記された小さな宝篋印塔があります。

それが美少年の墓です。

これは、室町時代初期の僧侶と稚児との愛を主題とした物語の「秋夜長物語」で登場する美少年梅若と僧侶律師桂海の供養塔になります。

二つの石塔の片方が「梅若丸」のお墓で、もう片方が「律師桂海」の墓になります。

この二つのお墓には悲しい物語が伝えられていました。

比叡山・延暦寺の僧であった桂海は三井寺に立ち寄ったおりに、美しい少年の梅若丸と知り合い、お互いに惹かれあって結ばれてしまいました。

やがて、桂海は心ならずも延暦寺に帰っていきましたが、残された梅若丸は桂海の事が忘れられずに、三井寺を抜け出して延暦寺に向かったのですが、途中で山伏に捕まってさらわれてしまいました。

三井寺では美童の梅若丸が行方不明になっているので騒動になり、これは延暦寺の桂海の所為ではとなって延暦寺に攻め込んで争いとなってしまったのです。

何とか山伏から抜け出した梅若丸は自分のせいで争いになってしまった事を知り、心を痛めて琵琶湖の瀬田の唐橋から身を投げて亡くなってしまいました。

一方、梅若丸の死を知った桂海も大きなショックを受けて、梅若丸の遺骨を引き取ると、それを首からかけて山野をさまよい、やがて京都の金蔵寺にたどり着くと後に金蔵寺の住職にまでなりました。

金蔵寺の近くに梅若丸の墓を作ると130歳で亡くなるまで墓を守り続けたそうです。

昔は僧籍や武将での男性同士の愛情と言うのも割りと多かったですね、有名な武将でも男性同士の話も多いです。

お寺や戦場では女性は入れないから、どうしても男性同士と言うのもあったみたいです。

悲恋に終わったお話ですが、今は仲良く二人のお墓が並んでいます。
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鳥に襲われました
また、襲われました( ω-、)

松ヶ崎の橋の近くでコンビニで買ったパンを一口食べた時に、何かに顔を叩かれたような衝撃がありました。

何?何?と思ったら、どうやら鳥が私のパンを狙って襲って来たみたいです。

指から血が出てケガしてるし・・

しかも、まだ諦めずに上を旋回してますがな。

鳥に狙われたパンを食べる気にもならず、横に置いたらサッと持って行かれました。

パンはともかく指と顔が痛いっす(;つД`)。

前にも平安神宮で襲われたり、ベンチでカラスに退けってトントンされたしな。

鳥に狙われ易いのかな?
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信長忌
6月2日は、織田信長の命日ですので、京都の阿弥陀寺へお参りして来ました。

阿弥陀寺は、織田信長の本廟となっており、織田信長と息子の信忠の墓や本能寺の変で亡くなった森蘭丸や森三兄弟の墓が並んでいます。

当時のご住職と織田信長が懇意にしており、本能寺の変の知らせを受けたご住職が本能寺へ駆けつけると信長は既に亡くなっており、家臣たちにより密かに葬られる所でした。

ご住職は信長の首を預かり、身体は荼毘に伏されたそうです。

ご住職は、信長の首を寺に持ち帰り密かに墓石を建てて供養しました。

後に、信長の後継者争いの頃に豊臣秀吉から葬式を出したいと申し入れがありましたが、後継者争いに利用されるのが嫌なので断ったそうです。

秀吉は、代わりに大徳寺の総見院を信長の墓所として葬式を行いました。

阿弥陀寺では、信長の命日の6月2日に信長忌を行っています。
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壺井地蔵尊
京都の円町にある壺井地蔵尊にお参りして来ました。

壺井地蔵尊は、太子道(旧二条通り)にあるお地蔵様で、地下に降りた所に祀られています。

むかし、奈良時代の高僧である行基がこの辺りを通ったおりに、清水の涌く場所を見つけ、付近の住民が井戸にしました。

その後、その井戸から石地蔵が見つかり、壺井地蔵尊としてお祀りしたのが始まりだとされています。

今でもお地蔵様の下に井戸が見えています。

他にも何体かお地蔵様が祀られています。

駐車場の一角にあり、周りを塀で囲んでお祀りされてるのは今でも大事に信仰されているのでしょうね。

太子道は、昔は太秦広隆寺へお参りする参道だったそうで、広隆寺が聖徳太子のお寺なので太子道となったのでしょうね。

むかしは、この壺井地蔵尊の井戸で一休みする人も多かったそうです。
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