鬼の災難
「鬼の災難」


(これは狂言の「節分」を原案にして私が書き起こした物です)

むかし、あるところに仲の良い夫婦がおりました。

ところが、旦那さんは、出雲のお社にお参りに行く事になり、奥さんは一人で留守を守ることになりました。

今日は節分の日です、奥さんは節分の豆を用意して神棚にお供えし、夜になって豆まきをするのを待っておりました。

そんな所へ現れたのが蓬莱の島からやってきた鬼一匹。

鬼は、お腹が空いたので何処かに食べ物がないかとうろつくうちに一軒の家の灯りが目につきました、その家こそ奥さんが留守を守る家だったのです。

鬼は、家の前まで来ると節穴から中を覗きました、すると、中には美しい女が一人でいます。

「これは良いわい」

鬼はそう思うと、家の戸をドンドンと叩いて

「こんばんわ、開けてください」

と家の中に呼びかけました。

奥さんは、突然の事で驚きましたが、なんだろうと思いましたが一人なので無用心です。

「今は主は留守にしています、御用は何でしょう?」

と、戸を開けずに問い掛けました。

鬼は、

「近所の者でござる、ここを開けてくだされ」

そう言って、ドンドンと戸を叩き続けました。

奥さんは、近所の人が何の用だろうと思い、戸を少し開けて見回して見ましたが誰の姿もありません、これは近所の若い者がイタズラでもしてるのかと思い、戸を閉めてしまいました。

鬼は、人に姿を見られないように「隠れ蓑」を着けたままだったので、姿が消えていたのです。

鬼は気が付いて「隠れ蓑」を脱ぐと、もう一度戸を叩いて呼びかけました。

奥さんは、また誰かのイタズラかと思い、

「先ほど様子を見ましたが誰もいませんでした、おおかた何方かがイタズラされてるのでしょう、お帰りください」

そう言って戸を固く閉じたのでした。

鬼は何とか開けさせようと思い

「いやいや隣の者でござる、イタズラではございません、用事がございますので戸を開けてくだされい」

奥さんは、隣の方なら開けない訳にもいかないと思い戸を開けますと、そこには恐ろしい鬼が立っています。

「きゃ~鬼が出た、恐ろしや恐ろしや」

そう叫ぶと奥に逃げ込んでしまいました。

鬼は、うろたえて

「いやいや恐ろしい事はござらん、御安心くだされい」

そう言いましたが、奥さんは

「鬼が恐ろしくない訳はございません、恐ろしや、恐やの恐やの」

そう言って身構えています。

「鬼にもいろいろとござって、私は恐くない鬼ですから大丈夫でござる」

鬼は、そう言うと奥さんに近づいて行きました。

奥さんは、鬼が側に来たので恐ろしく思いましたが、もともと気が強くて肝の座った人でしたから、側にあった箒を持つと

「ええ側に来ないでください、出て行ってください」

そう言うと箒で鬼を追い払おうとしました。

実はこの鬼、女好きな所があるのですが、少し気が弱い所がありまして、奥さんに箒で追い立てられて困ってしまいました。

「なんとなんと、出て行けと言われるなら出ても行きまするが、腹が減ってどうにもなりませぬ、せめて何か食べ物をいただいたら出て行きまする」

そう言って座り込んでしまいました。

奥さんは、早く追い払おうと思い、仕方なくお粥を用意して持って来ました。

「さぁ、これを食べたらさっさと出て行ってくださいませ」

そう言うと鬼にお粥の器を差し出しますと、鬼は受け取ってガツガツと食べ始めました。

「これは暖かくてうまいわい」

そう言いながら、ふと奥さんの姿を見ると美しくて色気のある艶かしさです。

鬼は、すすっと奥さんの側に寄ると手を握ろうとしました。

奥さんは、驚いて両手の爪で鬼の顔中を掻き毟ると

「あれ~、この鬼め何をする、出て行け、出て行け」

そう言って、また箒で鬼を追い始めました。

鬼は、出口まで追い立てられると

「いやいや、待ってくれ、そなたはこの家に一人かえ?」

そう聞きました。

奥さんが

「余計なことです、それを聞いてなんとする」

そう言いますと、鬼はいやらしく笑うと

「ふふふ、一人なら寂しかろうほどに、わしが慰めてやろう」

そう言って奥さんに近づいて腰に抱きつきました。

奥さんは、鬼の顔を思い切り張り倒すと、鬼を引き離し、箒を持つとボコボコと鬼を叩き廻しました。

「あ痛ぁ、あ痛ぁ、ちょっと待ってくだされ、止めてくだされ」

そう言うと鬼は、また出口まで逃げると叩かれた痛さで半べそになっています。

「そなたの姿があまりに美しいから、つい手がでただけじゃ、許してくだされぃ」

鬼は、そう言い訳すると涙を浮かべています。

奥さんは、それを見て考えました。

「あれあれ、鬼が涙を浮かべている、この鬼は案外と気が弱いのかも知れない、鬼の目にも涙と言う言葉もあるし、どうやら私に懸想しているようだ、昔から鬼はいろいろと宝物を持っていると聞く、それならうまく鬼を騙して宝物を取り上げてやろう」

そう思うと、少ししなを作って鬼に語りかけました。

「まぁ鬼さんたら、そんなに私を思ってくださるの?」

鬼は、風向きが変わったのに驚きながらも言いました。

「わしは、人間の女でこんなに美しい女は初めてじゃ、なんとか思いを適えてくれぃ」

奥さんは、それを聞くと流し目で秋波を送ると

「昔から鬼は宝物を持つと聞きます、そんなに私を思うなら私にそれをくださいませ、気持ちを見せてくださいな」

そう鬼に向かって言いました。

鬼は、それを聞くと喜んで

「おお、いかにも鬼は宝物を持っている、打出の小槌と隠れ蓑、雲に乗れる笠の三宝じゃ、これをそなたに渡すから思いを適えてくだされぃ」

奥さんは、鬼から宝物を受け取ると、それを奥に押し隠しました。

鬼は、うれしそうに笑うと、奥さんの側にすっと近づき

「えへへへ、これで、そなたはわしの思いのままじゃ、それ、もっとこちらへ寄りなされ」

そう言って笑顔を浮かべています。

「まぁまぁ、焦らずに用意をしますので少しお待ちを」

そう言うと、奥さんは神棚に行くと、供えてあった節分の豆を手に取りました。

鬼が、物問いたげな顔でいますと、奥さんは

「今夜は節分の夜、もう豆まきの時刻です」

そう言うと、豆を掴み

「福は内ぃ~、福は内ぃ~」

と、豆を家に蒔きました。

さぁ、鬼は驚きました、なにしろ節分の豆は鬼には大の苦手です。

「おお、なんじゃこりゃ」

そう言って鬼が豆から逃げようとすると、今度は奥さんは豆を鬼に向かって投げつけ

「鬼は外~、鬼は外~」

そう叫んで鬼を追いまわします。

鬼は逃げ回りますが、豆は体に当たって痛くてたまりません。

「鬼は外~、鬼は外~、鬼は出て行け~」

奥さんは、鬼に目掛けてバシバシ豆を投げつけます。

「うわぁ~、これはかなわん」

そう言うと鬼はとうとう逃げ出してしまいました。

奥さんは、逃げ出した鬼に目掛けて豆をさらに投げつけると、家の戸をきちりと締め切り戸締りをしました。

こうして、奥さんは鬼を追い払った上に、鬼の宝物まで手にいれて、しかも一人で鬼から操を守って追い払った賢い婦人として褒め称えられ、やがて戻ってきた旦那さんと裕福に幸せに暮らしました。

それに引き換え、鬼の方は宝物を取られた上にさんざん豆をぶつけられて痛い思いをした上に鬼の仲間内からも馬鹿にされて、人間の所は二度と懲り懲りと思うのでした。

おしまい・・・