神泉苑
京都の二条城近くにある「神泉苑」へお参りしてきました。

平安京の造営のおりに御所の近くに作られた泉で、かつては広大な広さで東寺の空海と西寺の守敏の間での祈雨の法の争いとかで知られています、これに空海が勝ったために神泉苑では真言宗のお寺が管理するようになり、現在にも続いています。


池の正面に祀られている「善女竜王社」は、平安時代の天長元年(824年) 淳和天皇の勅命により弘法大師空海が池畔にて祈られ、北印度の無熱池の善女龍王を勧請されて雨が降り、人民が大いに喜び、祈雨の法を修して霊験があったと伝えられています。

また、日照りのおりには数々の名僧が競って祈雨の修を行ない、その中で舞いを奉納していた白拍子「静御前」を源義経が通りかかり、見初めたと云われて、恋の御利益もあり、池に架かる朱塗りの法成橋は、願い事を一つだけ思いながら渡り、「善女竜王社」へお参りすると願いが成就すると云われています。

貞観五年(863年)には、都に疫病が流行し、神泉苑で多くの御霊を鎮めるため御霊会が行われました。

当時の全国の国の数である66本の鉾を立てて、神泉苑の池にくりこみ、厄払いをしたと伝えられ、後世には、これが町衆の祭典として、鉾に車を付け、飾りを施して京の都を練り歩く、祇園祭の元になったと言われ、祇園祭の元祖と言われています。

今も絶えることなく、水を貯える神泉苑には、まさにパワースポットと云われるだけの伝説が伝えられています。


また島の中には歳徳神を祀る恵方社があります。

その歳徳神の祠は、正面の鳥居をくぐり、石橋を渡った右側に円形の石の台座の上に鎮座されております。

毎年、12月31日、大晦日の夜にご住職らが祠を持ち上げて陰陽道によって決定した新年の恵方(その年の幸運の方角)に恵方廻しされて向きが変えられます。

円形の台座は、すべての恵方に祠がおけるようになっていますが、いつ作られたかは、はっきりしないそうです。

いつ来ても恵方に向かってお参りできる「日本唯一の恵方社」と言われています。

神泉苑には水鳥や小鳥も多く、のんびり雰囲気でくつろげる憩いの場でもあると思います。