西院野々宮神社
昨日は、弘法さんへ行った後に西大路四条・西院まで行きました。

西院春日神社へ行った後で、四条中学の西側にある「西院野々宮神社」へと向かいました。

野々宮神社と言うと嵯峨野にある野々宮神社が有名で観光客にも大人気ですが、この西院の地にもあり、神社として祀られていて「西四条斎宮」とも呼ばれています。

平安時代、天皇の皇女から卜占で選ばれた皇女が、斎王となり伊勢へ赴くまでまでの期間を身を清めて過ごすために特別に築かれた御殿が「野々宮」で、伊勢へ赴くまでの一年間を過ごしたとされています。

ちなみに、斎王の住まいを野々宮と呼ぶようになったのは、桓武天皇の皇女で斎王となられて布勢内親王の時からで、この西院野々宮の地が野々宮と呼ばれる発祥の地で嵯峨野付近の野々宮へと繋がるみたいです。

西院野々宮神社は黒木の鳥居と社殿だけの質素な造りで周りを木々で囲まれて、本来の野々宮の雰囲気を一番残しているのかも知れないです。

現在の社殿は安永4年(1774年)に後桃園天皇が御所の賢所の社殿を寄進された物だそうです。

現在は、西院春日神社の境外の別天地として西院春日神社が管理されてるみたいで、後朱印や御由緒とかも西院春日神社でいただけます。

祭神は天照大神を祀る神社の地を探して彷徨われて伊勢神社の地へたどり着かれた垂仁天皇の皇女の「倭姫命」と先に書いた桓武天皇の皇女で斎王となられた「布瀬内親王」の二柱です。

野々宮としては布勢内親王と、醍醐天皇の皇女の雅子内親王がお住まいになられた聖地だそうです。

古くは養蚕・機織・織女の守り神とされ、今は女人守護・心願成就・家内安全などの御利益があるそうです。

こういう静かな聖地が残されているのも京都らしくて良いですね。