記憶・4
「認めちまえよ。その方が楽だろ? お前はいつも楽な方にばっか流れていく奴だったじゃねえか」
 この男の言葉をまにうけてはいけない。もしも男の言うとおり、男とオレが同じものだったとしても、この男はオレの悪意や誘惑といった闇の心の方だ。オレが卑怯であるはずがなかった。少なくともオレは卑怯なことはするまいと思って生きてきたはずだった。
 オレは初めて、男に話しかけた。それは声を出したというより、自分の意思を伝えようと思念を送ったという方に近かった。
「オレは楽な方に逃げたりしねえ。お前とオレは違うはずだ」
 男はもうおかしくてたまらないというように、耳障りな声で笑いつづけた。
「ハハハ……バーカ。てめえ頭おかしいよ。そこまで言うなら証明してみりゃいいじゃねえか。お前がオレと違うって、ちゃんと証明しろよ。お前が判らねえBじゃねえってこと、オレに証明してくれたら信じてやるよ」
 男は笑い声をとどろかせながらしだいに遠ざかっていた。現れたときと同じように白いもやになって暗闇に消えていった。男が消えてもオレは自分が誰なのか判らないままだった。オレの記憶の中にはその断片すら存在しなかったのだ。
 その時、暗闇がいきなりスパークした。