記憶・8
「それが、オレの名前?」
「ええ、そう。間違いないわ。これからあたし、あなたを伊佐巳と呼びたい。あたしがあなたをそう呼ぶことを許してくれる?」
 オレの中には違和感があった。彼女は、オレの記憶喪失を少しも気にしていない。普通ならもう少し驚くなり絶句するなり違う反応があるのではないだろうか。そういった違和感に気付くくらいにはオレは冷静さを取り戻していた。オレはもう一つの疑問を口に出していた。
「あの……あなたはいったい……」
 少女は少しすねたような表情を見せた。彼女を怒らせてしまったことを感じて、オレの心臓は大きく鼓動した。
「女の子に先に名乗らせるの? まず自分が名乗るのが普通でしょう? あなたは自分の名前を覚えていないから名乗れないのは仕方ないけど、あたしが教えたんだもの。あたしの名前を聞く前に、自分は伊佐巳です、って言ってくれてもいいんじゃない?」
 彼女がなぜ怒ったのか、その言葉の意味はオレには判った。
「ごめん。オレは自分の名前が判らないから、君がオレを伊佐巳と呼んでくれるんだったら構わないよ」
 オレがそう答えると、彼女は再びにっこりと笑った。