記憶・7
「オレは……何も覚えてない」
少女は驚かなかった。むしろオレが落ち着いたことを喜んでいるようだった。
「何も? あたしのことも?」
 そう尋ねられて、オレはなんだか彼女にすまない気がした。彼女はもしかしたらオレの大切な人だったかもしれないのだ。もしも大切な人に忘れられてしまったら、彼女は悲しむに違いないから。
 黙って頷いたオレに、しかし少女は特に気にした様子もなくにっこり笑った。
「自分の名前も判らない?」
 また、頷く。オレの肩を抱く姿勢を彼女が崩さずにいることが、オレは少し気になった。
「伊佐巳、というのよ。あなたの名前は伊佐巳というの」
 彼女が言った名前は、おそらくオレの名前なのだ。しかしオレにはその名前が自分の名前だとは思えなかった。たぶん記憶を失う前ならば一番慕わしいと感じていただろう名前が、今のオレにはまるで他人の名前のように空虚に響いた。オレが何の反応も示さなかったことは彼女にも判っただろうに、彼女はまったく気にしていなかった。
 いったいオレは誰なのか。そして、彼女はいったい……。