覚醒の森27
 翌日、涙目で僕を揺り起こしたミクに、僕は何も話さなかった。その判断は間違っていたのかもしれないけれど、たぶん話していたとしても結果は同じだった。その夜も僕はエンコーに出かけていって、翌日の昼にテントまで戻ると、ミクは荷物とともに姿を消していた。
 理屈も何もなくミクの居場所はすぐに判った。だから僕はその足でミクの気配を辿っていった。テントを張った川を少し上流にさかのぼった大橋の上。近づく僕に気づいたミクは駆け去ろうとしたけれど、僕はミクの腕を捕まえて放さなかった。
「や、放して! ……あたし、もう大河と一緒にいられないんだから」
「どうして? ミクは僕のことを嫌いになった?」
「だって……あたし、大河のことを刺したんでしょう? 大河にあんな、大怪我させるなんてあたし ―― 」
「少し痛かっただけだよ。傷は綺麗に治ってるし、ミクを怒ってもいない。だから落ち着いて。……少し話をしよう、ミク」
 ミクはかなり混乱していたようで、それからじっさい話ができるほどに落ち着くまでもずいぶん時間がかかっていた。ようやく橋のコンクリートに並んで腰掛けることができたから、僕は自分より背が高くなってしまったミクの肩をずっと抱いていた。
「 ―― あたし、大河のことを包丁で刺した。あの状況ではそうとしか思えないのに、でも自分ではぜんぜん覚えてないの。あたし、夢遊病になっちゃったの? どうしてあたし、包丁なんか持ち出したりしたの?」
「僕にも判らないよ。あの時ミクは、とつぜん人が変わったみたいになって、包丁を振り回し始めた。まるで別の人格が乗り移ったみたいだった。だから僕はミクを気絶させたんだ。朝になったら元にもどってたからほっとしたよ」
「そのときに殺してくれればよかったのに。……ううん、今からでも遅くない。大河、あたしを殺して。また大河を傷つける前にあたしを殺して」
「そう結論を急ぐことはないよ。僕はミクに刺されても痛いだけだし、これから先いつでもミクを殺せる。ミク、僕のそばにいるんだ。そうすればほかの人間を傷つけずにいられる。いつまた夢遊病になっても誰にも迷惑をかけなくてすむ」
「……あたし、大河のそばにいて、いいの……?」
「僕がこうして迎えに来た。しかも自分を包丁で刺した人間をだ。……それで答えにならないか?」