覚醒の森26
 あとから考えれば、僕がミクに恨まれていたとしても、それはあたりまえのことだったように思う。僕はミクを家畜として扱って、毎月ミクの身体から血を抜いていた。1ヶ月間ミクの身体が必死で蓄えた血を、僕はとうぜんの権利のように搾取していたんだ。本来ならばその血はミクの体内で有益に使われるものだったはずなのに。
 ミクは学校へも行けず、友達も作れず、僕のために炊事や洗濯をして毎日を過ごしていた。12歳から15歳までの、人生で1番大切な時間を僕のために犠牲にした。王子様の幻想が崩れたのなら、ミクの中に残るのは後悔だけだっただろう。僕はそんな簡単なことすら、事が起こってからでなければ理解することができなかった。
 満月の夜、いつの頃からか僕は、ミクの身体に食欲と性欲とを同時に感じるようになった。ミクを横たえて抱きしめるとき、ミクの首筋に唇を寄せたとき、ミクが返してくるわずかな反応が僕をおかしくさせた。はやる気持ちを抑えて血を吸い続けると僕の身体も少しずつ落ち着いてくる。だけど、今日の儀式はそのまま終わってくれはしなかった。
 ミクがいきなり僕の身体を引き離していた。そのときのミクの表情はいつものミクとはまったく違っていた。人間というのは表情1つでまるで別人のようになってしまうものなのか。焦点の合わない目でにやりと笑ったミクは、呆然とする僕の腕から逃れると、とつぜん包丁を手にして僕に襲い掛かってきたんだ。
 ミクの攻撃から逃げることができなかった。肩口から脇腹まで袈裟がけで切られたあと、鳩尾に差し込まれた包丁の柄をやっとのことで捕まえた。なおも僕に刺さった包丁を返そうとするミクの身体を押し倒してのしかかった。間近で見つめたミクは明らかに正気じゃなかった。
「ミク、ミク、……頼むから、手を放して……!」
 鳩尾に刺さったままの包丁が、僕とミクとの攻防で無秩序に動き回る。そのたび僕の身体に痛みが走りぬけた。自分が殺されないためにはミクを殺すしかない。かつての僕ならば間違いなくそう思っていたはずなのに、今の僕はミクを殺すことすら思いつかなかった。
 死なない程度にミクの首を絞めて、やっと気絶させることができた。ミクの隣に仰向けに寝転がった僕は突き刺さった包丁を抜いて、そのあと意識を失っていた。