覚醒の森23
 自分がミクに惹かれていることは判っていた。長い時間を過ごせば過ごすほど、僕はミクと離れがたくなる。それが判っていて僕は手錠を言い訳にした。本当は僕は、ミクがどんなにしがみついてきていても、ミク1人を置いて助けを呼びに山を下りるべきだった。
 僕はミクの命をたてに彼女を脅迫して、ミクは僕のことを他人に話すと言って僕を脅迫した。僕がミクを殺せなかった時点で、僕は既に彼女に負けていたんだ。今、僕は完全にミクに捉まった。僕に対するミクの執着に、僕は完敗した。
「無理してしゃべらない方がいい。……支えてやるから、椅子に戻って」
 今にも泣き出しそうな顔で唇をゆがめたミクは、僕を見上げて1度うなずくと、僕にしがみついたまま椅子に座りなおした。僕も再びミクの隣に座る。彼女に声が戻った理由はおそらく問う必要もないくらい明白だった。
「僕は何もできない。何も与えてあげられない。家も、ごく普通の生活も、学校も、両親の愛情も。……冷静に比べてみればどちらが正しいのかはっきり判るはずだ。ミク、頼むから家に戻ってくれ。僕は自分のことだけで精一杯で、ミクのことまで背負えない」
 僕がミクに左手を預けると、ミクは手のひらに文字を書いた。「今、大河とはなれたら、一生あえない」
「だからなに? そんなこと、これから先も生きていれば何度だってあるよ。誰でも経験することだ」
「大河はひとりしかいない」「大河のことが好きだから」「あえないなら死んでるのとおなじ」
「僕はミクを好きじゃない。……別に好きな人がいるんだ。一二三って、すごく綺麗な人」
 ミクの指先の震えが僕の左手に伝わってくる。こうして僕に決断を迫られるのは、小さな女の子には酷なことなのかもしれない。だけど、僕を脅迫して対等な立場を要求したのはミクの方だ。しばらくうつむいたままだったミクは、僕に表情を見せずに再び文字を書いた。
「あたしの血を、ぜんぶあげる、大河に」
 思いもよらない返事だった。僕が黙っていると、ミクは続けた。「かちく、牛とおなじ」「いつでも血をのめる」「いらなくなったらころして」「すてないで」
 僕はミクのことを馬鹿だと思った。そして ―― それ以上に、僕は僕自身を馬鹿だと思った。
「……判った。僕がミクを飼うよ。今日からミクは僕の家畜……食料だ」