覚醒の森21
 文字を書き終えたミクは涙にうるんだ目で僕を見つめた。僕を睨みつけているような強さと、今にも泣き伏してしまいそうなはかなさが共存していた。ワラにもすがるような思いで僕にすがっていたのかもしれない。意識的になのか、それとも無意識的になのか、ミクは彼女の中に残る忌まわしい記憶の相手を僕にすり替えようとしているみたいだった。
 優しくしすぎた。ミクが小さくて不幸な女の子だったから、必要以上に気を許しすぎた。
「僕は君が思うほど優しい人間じゃないよ。君が僕に懐くのは勝手だけど、期待されるのは正直言ってうざい。……もう、思い出しているんだろ? 僕はひと月前のあの時、君といっしょにいた男を殺したんだ。それと、君は知らないだろうけど、あの山小屋に辿りつくまでにも4人殺してる。昨日あの子に小屋にいるところを見られた以上、戻れば僕は調べられて、殺人犯としてつかまるかもしれない。だから僕は、さっさと君を手放して、もっと遠くへ逃げたい」
 ミクの目が絶望的に見開かれる。ほんの少しだけ胸が痛んだけれど、既に言ってしまった言葉を取り消すことも、ここでやめることも僕にはできなかった。
「まだ幼い女の子なのにあんなひどい目にあってた君には同情してる。だから街まで連れていってあげることにしたけど、わがままを言うなら僕は自分を守るために君を殺さなきゃならなくなる。最初から君に選択肢はないんだよミク。これから先も生きていたいのなら、どんなに足が痛くたって、僕といっしょに山を下りるしかないんだ」
 話しながら途中になっている食事を片付けて、強引にミクの腕を引いて立ち上がらせた。そのまま再び歩き始める。足を引きずりながらついてくるミクにももう容赦はしなかった。彼女が2度と、僕と一緒にいたいなんて言わないように。
 適当な車を止めて、どうにか近くの駅まで送ってもらえた。次の電車が来るまで40分待たなければならなかった。閑散とした待合室の長椅子に腰掛けて、僕はそれまでの沈黙を破った。
「終点の乗換駅まではついていってあげる。電車を降りたら誰でもいい、近くの駅員に声をかけるんだ。助けてくれ、って言ってしがみつけば話を聞いてくれる。あとは覚えていること、僕のこと以外をぜんぶ話せばいい」
 ずっとうつむいたままだったミクは、心を決めたようにつばを飲み込むと、僕の左手を取った。