覚醒の森22
 ミクの細い指が僕の手のひらを滑っていく。「ぜんぶはなす」「大河が男をころしてくれた」
 突如、僕の中に普段では考えられないほどの怒りが湧き上がってきた。隔離された待合室にはほかに誰もいなかったけれど、多少声を押し殺して僕は言った。
「最初に言ったはずだ。黙っててくれることが君を助けるための条件だ、って。約束できないなら脅しじゃない、本当に君を殺すよ」
 本気でそう思った僕の目つきは、自分では見えないけれどそうとう怖かったに違いない。ミクは一瞬肩を震わせたけれど、怯んだのはその一瞬だけだった。「いやならいっしょにつれてって」
「殺すと言ってるんだ。君が選べる選択肢は2つしかない。口をつぐんで家に帰るか、ここで僕に殺されるか」
 ミクの指がすばやく文字をつむぐ。「だったらころして」「大河とはなれたくない」
「……話にならない」
 僕は立ち上がってミクの手を振り払った。さすがに今まで5人を殺した僕でも、ミクを手にかける気にはなれなかった。だからといってミクを連れていけはしない。僕だって今までまったくそれを考えなかった訳じゃないんだ。だけど、たとえば寝る場所1つにしたって、僕はいつもエンコー相手が用意してくれたベッドで過ごしている。まさかミクに同じことをさせる訳にはいかない。
 ミクの足は限界だ。今僕が逃げても追いかけてくることはできないだろう。しゃべれないミクが誰かに僕のことを伝えるのにだって相応の時間がかかる。ミクのことはここへ置いて、今はできるだけ遠くへ逃げてしまえばいい。
 そう思って自分の荷物だけを持って待合室を出ようとしたときだった。背後からその声が聞こえた。
「……たい、が……」
 ひどくかすれた、まるで100年も生きている老婆のような声だった。思わず振り返ると、ミクが必死の形相で僕に手を伸ばしていた。
「……置いて、行かないで。……それだけはいや……!」
 立ち上がって僕を追いかけようとしたのかもしれない。だけどミクの下半身は動かなくて、ミクは手を伸ばしたまま椅子から転げ落ちた。何も考えられなかった。気が付くと僕は駆け寄っていて、座り込んだミクの肩を支えていた。