覚醒の森20
 ミクの足首を手当てしたあと、外が明るくなるまで眠らせている間に、僕はミクの荷物を作った。機械的に手を動かしながら僕はずっと考えていた。さっき、少しだけ思い出すことができた、一二三のことを。だけどそれは夢のようにあいまいで断片的な記憶だった。
 レースのカーテン越しに見えた横顔はさびしそうな溜息をついていた。ずっと同じ部屋に閉じこもったままだったから、僕は窓から侵入して一二三と話をした。色が白くて、細くて、まさに深窓の令嬢という言葉がぴったりくるような綺麗な人だった。病弱に見えたけれどなにか病気がある訳でもなさそうで、だからどうして独り部屋に閉じこもっていたのか、今思い返しても僕には理解できなかった。
 その、一二三の顔。そして、ときどき姿を見かけたアイツの顔。
 僕の今の顔はその2人に似ていた。記憶をなくす前の僕は仮面をかぶらなければ見るにたえないほどバケモノだったのに、今では誰もが見とれるほどの綺麗な顔に変わっていた。僕が森で記憶をなくしたあの直前、あの2人に関係するなにかがあったんだ。そして僕は、あの2人と同じ綺麗な顔と、14歳から成長しない身体に変わってしまった ――
 無事にミクを送り届けたら、戻ってみるべきかもしれない。僕が初めて目覚めたあの場所まで。
 地名も風景もほとんど覚えていない。だけど時間をかけて探せば、ルイと暮らしたアパートも、僕が最初に目覚めた森の中も、一二三が住んでいた石造りの建物も見つけることができるはずだ。
 夜明けに近い早朝、僕は無理矢理ミクを起こして、朝食後に車のわだちを頼りに山を下り始めた。監禁生活が長かったのかミクの足はかなり弱っていた。こまめに休息をとりながら歩き続けて、昼過ぎにはどうにか舗装された道路まで辿りつくことができていた。
 通り過ぎる車にすらミクはおびえていた。ヒッチハイクをあきらめて道路脇の広い場所で弁当を広げたとき、僕はミクに訊いてみた。
「ミク、君はいったいどのくらい思い出しているの? あの夜に何があったのか、覚えている?」
 ミクはおずおずと僕の手を取った。「あたしが、いやだって言ったから、大河がだいてくれなくなった」
 意味が判らなかった。「もう泣かないから、ゆるして」「ずっと大河といっしょにいたい」「大河のこと、大好き」
「ミク……? もしかして、なにか勘違いしてる? 僕は君を抱いたことなんて1度も ―― 」
 ミクが僕の手のひらを叩いて言葉をさえぎる。「うちに帰れなくていい」「山小屋にもどりたい」「大河とくらしたい」