覚醒の森18
 女の子は僕よりも少し年上くらいで、どうやら日帰りハイキングの途中といったようなリュックと水筒を持っていた。ここはハイキングコースとそんなに離れていない場所なのか。だとしたら歩いて街へ降りるのもさほど難しくはないのかもしれない。
「え? 女の子2人だけなの? 大人の人は?」
 小屋の中をひと通り見回して、僕たちを年下と見たのか彼女はタメ口になった。僕が女の子に間違えられるのはいつものことだ。警戒されると面倒なので、そのまま勘違いさせておくことにした。
「いるよ。今は出かけてるけど。……そのへんに座って。何か飲む?」
「ええ、ありがと。歩きすぎてのどカラカラだったんだー」
「ジュースとかないから水かコーヒーになるけど」
「それじゃ、水でいいかな。一気飲みしたい気分だから」
 僕は台所へ行って、ペットボトルの水をコップに注いだ。今まで寝床にいたミクが起きてきて僕の背中に張り付く。ミクはいくぶん身体を震わせていて、僕に何かを訴えるような視線を向けた。安心させるように微笑んだあと、コップを女の子の前に置いた。
「その子、どうかしたの?」
「妹は人見知りが激しいの。気にしないで、いつものことだから」
 再び床に座った僕の手を取って、ミクが文字を書き綴った。僕は一瞬ドキッとした。なぜならミクは「ころさないで」と書いていたから。
 ミク、もしかして何かを思い出しているの? 僕があの男を殺したことを覚えているの?
「大丈夫、安心して。殺したりしない。ただ……少しだけ、彼女の血をもらうだけだから」
 そうミクに言って女の子に視線を戻したけれど、彼女は今僕が言った言葉が理解できないような表情をしていた。のんびりしている訳にはいかない。早ければ明日の朝には、彼女を探す捜索隊のような人たちが僕たちの小屋を探し当ててしまうかもしれないから。
「どうして道に迷ったりしたの? 今日あなたが来なければ、僕は現実を見ずにいられたかもしれないのに」
 だけどおかげで決心がついた。僕は驚く彼女に近づいて、首筋に唇を寄せた。