覚醒の森16
 小屋の中にも、ワゴン車の中にも、食料はたっぷりあった。レトルトのカレーやシチュー、パックライス、固形の栄養調整食、インスタントラーメンや焼きそば。僕もミクも1回の食事の量は少なかったから、ここにある食品だけで3ヶ月は暮らしていけそうだった。ミネラルウォーターのペットボトルもたくさんあったし、水道もきていたから、好き嫌いさえ言わなければなんの問題もないだろう。
 人里離れた山小屋だったけれどなぜか電気もきていたし、ガスもあった。コインを入れない洗濯機や、シャワーのない風呂には多少戸惑ったけれど、僕が判らないことはすべてミクが教えてくれた。僕はミクと一緒に洗濯をして、布団を干して掃除をして、食事を作って食べた。それは、僕が目覚めてからほとんど初めてと言っていい「生活」と呼べる経験だった。
 鎖がついているのにミクはとても働き者だった。この小屋には斧があったから、僕はミクの足にある手錠の鎖を切ってあげようとしたのだけど、それはミクが怖がった。もしかしたらミクは、あの日僕がその斧で怪我をしたことを頭のどこかで覚えているのかもしれない。それとも単に自分の足首のそばで僕に斧を振るわれるのが怖かっただけなのかもしれないけれど。
 ミクは僕よりも数センチ背が低いくらいで、驚くほどやせていた。だけど、つやのなかった髪はしばらくすると張りが出てきて、少しずつだけど顔色も良くなってきていた。身体中に浮き出た血管もずいぶん健康な色になったと思う。それは僕にとっても嬉しいと感じられる変化だったのだろう。僕は街に下りたら警察へ行く前に、1度だけミクと一緒に写真を撮りたいと思うようになっていた。
 写真に映った顔なら、僕は人間の血管を見ることができないから。
「 ―― 別に退屈じゃないよ。ここは静かで、すごく落ち着く気がする。なにより夏でも涼しいのがいい。僕は暑いのが苦手で、ずっと涼しいところへ行きたかったから」
 ミクは僕と話すとき、僕の手のひらに文字を書くようになっていた。だから僕はミクに左手を預けて、ミクは僕に寄り添っている。
「前からテレビは見てないんだ。昼間はけっこう眠ってることが多かったし、夜はそれなりに忙しかったし。……それはね、子供には教えられないよ。だってミクはまだ小学生だろ? ……僕は子供じゃないよ。ミクには14歳だって言ったけど、僕は本当は16歳なんだ。……見えなくてもそうなの。でも、ミクにもそう言われちゃうくらいだから、僕はまだほかの人には14歳だって言ってた方がいいね」
 血管に覆われたミクの顔が、穏やかに微笑むこの時間を、僕は好きになりかけていた。