覚醒の森17
 ミクは僕になついていた。だけど僕は忘れていない。僕が、5人の人間を殺した殺人者なんだ、ってことを。

 満月が近づくと、僕はミクの手錠を引きちぎれるかどうか試すようになった。もしも満月よりも前に手錠が外れれば、ミクを街へ連れて行く日が早くなる。僕があせる理由は簡単だった。このまま満月を迎えたら、僕はまたミクを血の犠牲者にしない訳にはいかなくなってしまうと気づいたこと。
 いや、僕があせっていた理由は、本当はまったく違うものなのかもしれない。手錠の輪をつなぐ鎖の部分なら斧で壊すことができたんだ。どんなにミクが嫌がってたって、たとえば眠っているうちに斧を振るうことだってできたはずなんだから。僕はこの穏やかな時間を失いたくないと思い始めていた。そして、そんな自分に負けてしまうのを恐れて、一瞬でも早くミクと別れたいと思っていた。
 満月が近づいて、僕はしだいに無口になっていった。そんな僕に影響されるように、ミクも少しずつ笑顔を見せなくなっていた。
 そして満月の夜。
 僕はミクが眠るのを待っていた。選択肢は今となっては2つしかなくて、僕は答えを出せずにいた。眠ったミクの血を吸ってミクの手錠をはずすか、ミクを置いて小屋を出て新たな犠牲者を探すか。もっと早く決断すれば別の選択肢もあった。さっさと斧で鎖を断ち切って、ミクをつれて街へ行っていた方が、今目の前にある2つの選択肢よりもはるかにマシだっただろう。
 寝床に入ったミクはなかなか眠らなかった。もしかしたら僕の気配に何かを感じているのかもしれない。そのとき、ふと入口の扉をノックする音と、その声が聞こえてきたんだ。
「あの、すみませーん。誰かいますかー?」
 まだ若そうな女の声だった。僕はほんの少し警戒しながら扉に近づいて、ゆっくりと扉を開いた。
「あ、あの、あたし、道に迷っちゃって。良かったら電話とか貸してくれませんか? ここケータイつながらなくて」
「……電話はないです」
「だったらひと晩泊めてください。お願いします! あたしほんとに困ってるんです! 助けると思って、お願いします!」
 僕はしぶしぶ扉を開けて、彼女を招きいれた。僕は既に彼女によってもたらされた3つ目の選択肢を選ぶしかなくなっていた。