覚醒の森12
 どのくらい、僕は歩き続けていただろう。受けた傷はすぐにふさがって、それ以上失血することはなかったけれど、痛みまで消えてくれはしなかった。いったい僕はどんな山奥に連れてこられたというのか。既に山の稜線が明るくなり始めているのに、集落どころか山小屋1つ見つけることができなかった。
 森の中を歩いていたら、初めて僕の名前を呼んでくれたルイのことを思い出した。初めて僕を好きだと言ってくれた人だった。あれから僕はいろいろな人に出会って、それなりにたくさんのことを覚えてきたけれど、ルイのことだけは今でも判らなかった。本当に僕を好きでいてくれたのか、それとも独りでいる寂しさを紛らわしたくて僕に触れたのか。僕をバケモノと罵ったルイが、あのあとほんの少しでもその言葉を後悔してくれたのか。
 今、ルイと再会できたのなら、彼は僕になんて言うのだろう。ひどいことを言って悪かったと僕に謝ってくれるだろうか。それとも、人を殺した僕を見て、やっぱりおまえはバケモノだったと僕を罵るのだろうか。
 今の僕に、誰か1人でも「愛している」と言ってくれる人がいるのだろうか。……いるはずがない。僕は紛れもなくバケモノで、4人もの人間を殺した殺人者なんだから。
 唐突に目の前に現われた山小屋には、夜明け間近だというのに明かりが灯っていた。人がいる。無意識のうちに唾を飲み込んだ僕は、少しためらいながらも誘惑には勝てずその扉をノックもせずに開けていた。中では、中年の男と小さな女の子が裸で重なり合っていた。
「てめえ……見やがったな!」
 男は裸のまま僕に向かって襲い掛かってきた。その表情は狂気に支配されていて、触発された僕もどこかおかしくなっていた。いや、僕はあの4人の男たちを殺した時から既に狂い始めていたんだ。斧を手にした男は僕の肩口に得物をめり込ませて、返り血を浴びて更に鬼のような形相になっていた。
 気付いたとき、目の前には腹を割かれた男が既に息絶えていて、扉の向こうでシーツを握り締めた女の子が呆然と僕を見つめていた。
 最期の力を振り絞るように、僕は小屋の中へと歩いていく。溢れ出る血液は僕の体力を奪って、ほんの少しでも少女が逃げる仕草をしたらもう辿りつくことはできそうになかった。だけど……少女は凍りついたようにそのままで、僕の行動を受け入れてくれたんだ。