覚醒の森11
 手首と足首を拘束していたテープはずいぶんきつかったようで、解放されてからも手足がしびれてうまく歩くことができなかった。それでもよたよたしながら逃げ始めると、男たちはニヤニヤ笑いながら僕のむき出しの腕や足を狙ってナイフで傷をつけた。痛みと貧血、空腹と恐怖。木漏れ日のように降り注ぐ月の光を浴びて、僕はしだいに正常な意識を保つことができなくなっていった。
 中の1人に押し倒されたのは森の比較的平らな場所で、目の前にピンク色に染まった満月がくっきりと見えた。
「やっぱ野郎は面白くねえな。キャーキャー悲鳴上げて逃げ回れよ。てめえは人間狩りの獲物なんだぜ」
 しゃべりながら男は僕の服を脱がせ始める。このとき僕の中で何かが弾けたような気がしたんだ。頭の中がすっと澄んだようになって、気が付くと僕の右手は男の胸にめり込んでいて、指先からぽたぽたと滴り落ちた血液が僕のはだけた胸をもぬらしていた。
「おい、マッツン、急にどうしたよ」
 指先にぴくぴく当たっているのは男の心臓みたいだった。更に指を突き刺すと、心臓は僕の指をきゅっと締め付けてすぐに動かなくなる。覆いかぶさる男の身体を脇によけながら、からかうように覗き込んだ別の男の胸にも抜いたばかりの指を挿してみた。薄手のTシャツを突き破って、僕の指はすぐに2人目の心臓にめり込んでいた。
 それからのことはあまり覚えていない。気が付くと4人いた男はすべてその場に倒れていて、我に返った僕は初めて、自分が人間を殺すほどの力を持っているのだと知ったんだ。
  ―― さすがの僕も、4人もの人間を殺してしまったことはそれなりにショックだった。こいつらは僕を殺そうとした。だけど、だからといって、僕が同じように人間を殺していいはずがない。いくらこいつらが過去に同じような殺人ゲームをしていたからといって、見も知らない他人の命の罪を僕が罰していいはすがない。
 おそらく僕を殺したあとで一緒に埋めるつもりだったんだろう。最初に彼らに奪われた僕の荷物はすぐ近くに落ちていた。拾い上げようとして気づいた。いつの間にか僕の脇腹にもナイフが刺さっていて、思わず引き抜くと血が噴き出して身体がぶるぶると震えてきた。
 これから自分がどうすべきなのか、理性の部分では判らなかった。だけど本能は知っていた。すぐにここを離れて人間を見つけなければならないんだ。早く人間を見つけて、人間の生き血を吸わなければ。ここで倒れたら僕は本当に死んでしまうことになるのだから。