覚醒の森9
 同じことを何度か繰り返せば、たとえ記憶がなくても学習はする。どうやら僕は自分の身体をお金に換えることができるらしい。僕がこの街で覚えたことは多かった。駅のどの辺りにいれば声をかけてもらえるのか。どんな表情をすれば男の心拍数を上げられるのか。なにをすればより多くのお金をもらえて、どう振舞えば補導されずにいられるのか。
 おおよそ1ヶ月に1度、僕の身体は人間の血液を欲しがった。いつしかその変調が月の満ち欠けに支配されていることも理解した。満月の夜、僕の身体は狂ったように敏感になって、同時に血に餓えた。少しだけ利口になった僕は、男が行為に及ぶ前、僕が本当は男でバケモノだと気づかれないうちに血をもらうことも覚えていた。
 数ヶ月に1度、場所を変えながら僕はずっとさまよっていた。男ならとうぜんあるはずの声変わりを迎えることもなく、ルイの女友達にもらった洋服が窮屈になることもなく、いつまでたっても14歳の身体のままで。
 あれから2年以上は経っていただろう。僕はある程度人間の感情というものを理解していた。それは感覚としての理解ではなく、言葉や他人の行動を通しての理解だ。僕はいつものように駅近くの出会いスポットをうろついて血の犠牲者を探していた。金銭目的の援助交際とは別の場所を選ぶことにしていた。数週間前にテリトリーを変えたばかりで、だからこのスポットにくるのは今回が初めてだった。
 それまでの2年間、ルイほどの情熱を持って僕に執着した人間はいなかった。ルイほど僕を傷つけた人間もいなかった。だから僕は忘れていたんだ。人間というのは、とても残酷で恐ろしい生き物なのだということを。
「ねえ、カノジョ。よかったらオレたちと遊ばない?」
 人の多い場所をひと回りしたあと、人気のない路地に入ったときに声をかけられた。僕の外見はどう見ても中学生、ギリギリ高校生くらいにしか見えないから、人の多いところではなかなか声をかけてもらえない。だけど今日はそんな計算があだになった。振り返ると若い男が2人いて、近くに停めてある車にも最低1人はいることが判った。
「……遠慮します。だって人数合わないし」
「そんなの平気だよ。オレたちこういうの慣れてるし。それに、1対4ならお小遣いだって4倍もらえるんだよ」
 しゃべっている1人の目つきが怖くて逃げようとしたのだけど、車から出てきた2人も加わって手足と口を押さえられて、僕はあっという間に車の中に押し込まれてしまったんだ。