覚醒の森8
 なんのあてもなかったし、頼れる人もいなかった。本来なら1番頼りになるはずの自分自身の経験すらも、僕にはなかった。ルイのお金で買い食いしながら半日かけて駅まで辿りついて、そのあと電車に乗って大きな駅まで行ったらお金はほとんど残らなかった。ルイが激貧なのはどうやら本当だったらしい。
 想像以上ににぎやかな駅の繁華街で呆然としていた。夜だというのにあたりはものすごく明るかったし、人も店も車も今まで見たことがないほど多かった。目がチカチカして頭痛までしてくるような気がした。そのまま駅前通りを歩いていくと、少しずつだけど明かりは少なくなっていって、こころなしか通る人も減ってきていた。
 どこか、眠る場所を探さなければならなかった。ここが最初に目覚めた森の中ならどこでも寝られた。それでも僕が人の多い場所に来たのは、身体の中に眠る本能のようなものに導かれたからだ。最初に森を出て、ルイと出会ったあのときと同じように。
「ねえ、彼女。聞こえてるんだろ? 無視しないでよ」
 急にうしろから腕を掴まれて、それまで物思いに沈んでいた意識を引き戻された。振り返ると少し驚いた風に見える若い男が僕を見下ろしている。
「なにか?」
 周囲に人影はちらほらと見えたけれど、僕たちに注目している人はいなかった。僕の答えに男は目線を泳がせながら言う。
「あ、いや、さっきから何度も声かけてるんだけど。自分で言うのもなんだけど、そこそこイケてる方だと思うんだよね、オレ。君くらいかわいい子なら額も弾んじゃうし。オレにしておきなよ、お嬢さん」
 言葉の1つ1つの意味は判るのだけど、この人がなにを言いたいのかが判らなかった。だけど彼が誤解しているのだけは判った。
「僕、男だから。彼女じゃ振り向きようがないし、お嬢さんは気持ち悪い」
 男はしばらく絶句していたけれど、僕が離れようと向きを変えると急に引き寄せて車に乗せた。耳元に唇を寄せてささやく。
「家出して困ってるんだろ? 黙っててくれれば今夜寝るところも用意するし、お金もやる。おとなしくオレの言う通りにするんだ」
 男は僕を落ち着きのないホテルに連れて行って、夕食とシャワーとベッド、それに数枚のお札をくれた。