覚醒の森7
 このとき僕はいったいどんな表情をしていたというのだろう。恐怖に顔を引きつらせたルイは、僕の腕の重みから必死の形相で逃れて、そのあとじりじりと後ずさりを始めた。
「い、嫌だ、やめろ。……た、助けてくれ、バケモノ。おまえはバケモノだ!」
 その言葉を聞いた瞬間、僕の中から僕自身の記憶が呼び覚まされた。……そうだ、僕は以前、そう呼ばれていたことがある。そう呼ばれるのが嫌でずっと顔を隠していた。両親ですら愛することをためらうほどに僕の顔はバケモノだったから。
「……愛してるんじゃ、なかったの?」
 再びルイの肩を押さえつける。体格差では僕がルイにかなうはずなんかなかったのに、なぜかルイは僕から逃れることができなかった。
「僕が好きだから抱いたんだよね。ルイはそう言ったよね。……僕も、ルイが好きだから血が欲しいんだよ」
「最初から、人間じゃねえって知ってたら拾ってなんかねえ。抱いてなんかねえよ! ……寄るな、出てけ。こっから出てけよー!」
 きっと僕は、このとき初めて傷ついたんだと思う。もう何も考えたくなくて無理やりルイの首筋に吸い付いた。小刻みに震える身体を押さえつけて、口内に流れ込む血の味の甘さを舌の内側で感じる。僕が初めて感じた「満たされる」という感覚。いつしかルイは暴れるのをやめていて、気が付くと僕はベッドに座り込んだまま、死んだように眠るルイを見下ろしていた。
 身体は、満たされていた。だけど胸の真ん中にある大きな空洞はなんだろう。少し考えて、これが悲しみという感覚なのだと知った。僕はルイを失った。僕はルイを失ったことを悲しいと感じているのだと。
 悲しみを感じて初めて判った。ルイと過ごした時間が楽しかったのだということ。悲しみを知ったから、僕はなにが楽しいことなのかも理解できたんだ。ルイを失ったから、僕は楽しさと悲しさを理解した。
 ルイの旅行かばんを空にして僕のために買ってもらった衣服をつめる。ルイの財布の中から現金も失敬して、夜が明ける前に僕はルイの部屋を出た。駅までの道は遠くて考える時間はたっぷりあった。今までのことを1つ1つ思い返してみる。
  ―― 捜索願い、山を越えた隣の県で1件出てるらしいんだけどな。おまえの写真を見た両親が、息子とは別人だって言ったらしい。
 名前や当日着ていた服が同じことには気づいていただろう。それなのに確かめにすら来なかった両親に、僕は捨てられてしまったんだ。