覚醒の森5
 交番に行ったときの出来事を、ルイは詳しくは話してくれなかった。どうやら僕のことはルイがしばらく預かってくれることになったらしい。ルイはアルバイトをしながら写真家を目指しているのだと言った。そして、今までに撮った写真をたくさん僕に見せてくれた。
「オレはどこでどの写真を撮ったのかぜんぶ覚えてるからな。もし見覚えがある景色があったらすぐに言うんだぞ」
 ルイが出かけている間、僕は写真を見たりテレビを見たりして1人で過ごしていた。そのうちにルイの部屋に友達が遊びにくるようになって、彼らと一緒に僕を遊びに連れ出してくれるようにもなった。僕の中の言葉が増えて、断片的な記憶もいくつか思い出すことができた。だけど情緒の面では僕はほとんど発達しなかった。
「 ―― 大河おまえ、カラオケ楽しくなかったか?」
 楽しい、って言葉は知っている。その意味も判るけど、ルイにそう訊かれても僕は満足に言葉を返すことができなかった。僕には楽しいという状態がどういうものなのかが判らなかった。自分の感情というものに言葉を当てはめることができなかった。
 ルイはきっと、僕のそういうところをどうにかしたいと思ってくれたのだろう。仕事で出かけるとき以外は必ず僕を連れて行ってくれたし、撮影で遠出するときには合間に僕の写真を撮ってくれたりもした。ルイが楽しいと思うことを僕にたくさん経験させてくれた。でも僕はずっと変わらないままで、悩みながらも自分のどこが悪いのか理解しないままでいた。
 だんだん、ルイが僕を見つめる表情から笑みが消えていった。僕が気づいて振り返ると視線をそらされることが多くなっていった。
 その日の夜、テレビを見ていた僕はルイの視線に気づいて振り返った。でもルイが目をそらすことはなくて、逆に僕に近づいてきた。
「……オレ、もう限界だ、大河。……嫌だと思ったらちゃんと抵抗しろよ ―― 」
 ルイは僕の顔を上げさせると、互いの唇同志を触れさせた。この行為の言葉は「キス」だ。 ―― 嫌だとは、思わなかった。
 僕の服を脱がせたルイは、布団の上に僕を寝かせると、自分も裸になった。僕の身体に触れて、まるで人形でも扱うかのように僕の身体を動かした。僕が痛いと思うこともした。だけど、ルイが身体に触れていることを、僕は嫌だとは思わなかった。
「おまえが好きだ、大河」
  ―― その日以来、ルイの友達が遊びにくることは2度となかったし、ルイが僕を外に出すこともなくなった。