覚醒の森3
 僕はしばらく鏡の中の自分を見つめていたけれど、けっきょくそれが誰の名前なのかは思い出せなかった。
「なんか言ったか?」
 背後からルイが鏡を覗いてくる。隣に映ったルイの顔には、僕にはない無数の血管が見えた。よく見るとその血管はルイの首や手足にも見られる。僕の身体には一切なくて、それが僕には不思議だった。
「僕……なんだか気持ち悪くない? 全身真っ白で」
「……そうか? オレは別に気持ち悪いとは思わないぜ。っつーか普通思わねえだろ、ほくろも傷跡もない完璧な美少年目の前にして」
 どうやら僕はルイから見てもとくにおかしい外見をしている訳じゃないらしい。それを聞いて少しだけ安心した。
「とにかく服、さっさと着ろよ。風邪引くぞ。そうそうおまえの服、なんか血の跡らしいのがついてたけど、見たところ怪我はしてないみたいだな。なにかあったのか?」
 差し出された服を着ながら考えた。でも、自分で思い出そうとすると僕のジグソーパズルはとたんに薄情になって、なにも僕に教えてくれようとはしないんだ。僕はすぐにあきらめてしまった。
「思い出せないんだ。ルイに会う少し前よりも前のことは」
「記憶喪失、ってヤツか?」
「うん、たぶんそうなんだと思う」
「いったいどうしてそんなことになったんだ?」
 僕が答えずにいると、すぐにルイは自分がした質問の無意味さに気づいたんだろう。大きく溜息をついてから言った。
「まあ、きっと親は心配してるだろうからな。明日交番行って届けてくるか。捜索願いが出てるかもしれないし。大河、おまえ年は?」
「14歳」
「中学生か。……オレより6歳も年下なのに、かわいそうにな」
 ルイはそう言ったけど、僕は自分の何がかわいそうなのか、よく判らずにいた。