幻想の街25
「ミチ! どうした? いるのか!」
 聞こえたのはカズ先輩の声で、あたしがうろたえている間に血相を変えたカズ先輩がリビングに飛び込んできたんだ。息を切らせたカズ先輩はあたしを見つめたままピタッと動作を止めた。きっとあたしがここにいる理由が理解できなかったんだろう。
「ミチ……。サエコちゃん、どうしてここに……?」
 あたしが何も答えずにいると、カズ先輩はソファに倒れているミチル先輩に駆け寄って肩を揺り動かした。
「ミチ、ミチ! しっかりしろミチ!  ―― サエコちゃん、いったいなにがあった!」
 あたしを振り返ったカズ先輩の顔がみるみるうちに変わっていった。驚きの表情から、怒りを含んだ顔に。
「サエコちゃん、ミチになにをしたんだ。……ミチになにをしたんだ! 答えろよサエコちゃん!」
 そうか、さっきあたしが切った電話。1度取られた電話がいきなり切れたから、カズ先輩はすぐにミチル先輩になにかがあったって気づいたんだ。だからあたしとの待ち合わせを蹴って戻ってきた。なんてバカな計算違いをしたんだろう。カズ先輩にとって、ミチル先輩はあたしとの約束よりもはるかに優先すべき存在だったんだ。
 カズ先輩は、倒れたミチル先輩のそばにあたしが立っていたことで、真っ先にあたしを疑った。カズ先輩はあたしを信じてはくれなかった。それは、カズ先輩にとってあたしの存在がけっきょくその程度だったってこと。あたしを好きだって言ってくれたのも、けっきょくあたしの外見しか見てくれていなかったんだ。
  ―― 真っ赤に膨れ上がった血管。今、あたしの目の前にいるのは、おいしそうな血を持った人間という名の食料。若くて、健康で、いくぶん動きの早い心臓が全身を激しい鼓動で覆っている ――
 悔しさとか、悲しみとか、食料だと思えば感じる必要なんかなかった。食料に信頼を求める意味なんかなかった。ただ、今目の前にあるものを食べる、それだけ。
「 ―― おなか、空いた……」
 片腕にミチ先輩を抱きかかえた食料を捕まえて、あたしは欲望の赴くまま、空腹を満たした。