幻想の街24
 日曜日の夕方、あたしはちょっと目にはバレない程度の変装をして、再びコンビニで雑誌を物色していた。満月期のあたしには宿主の気配がはっきりと感じられる。6時少し前の今、ミチル先輩はどうやら自宅にいるらしかった。ふと、目の前の道をカズ先輩が通り過ぎようとしたから、あたしは持っていた雑誌で顔を隠した。
 それから10分ほど待ってミチル先輩の家まで行って、門の前で髪を解いてサングラスをはずす。ショートパンツ姿のあたしはいつもとずいぶんイメージが違うだろうけれど、美幸が言ったとおり非日常的な方があとでミチル先輩の記憶を惑わすにはいいと思ったんだ。呼び鈴を押すと出てきたのは思ったとおりミチル先輩で、あたしの顔を見るとちょっと驚いたように目を見張った。
「サエコちゃんじゃない。……カズなら今さっき出て行ったよ。いったいどうしたの? もしかしてカズと行き違っちゃった?」
「そうじゃないんです。すいません、先にミチル先輩に話したいことがあって。すぐに済みますから少しだけ聞いてもらえませんか?」
「いいけど。……怖い顔して、なんか深刻そうだね。とりあえず上がりなよ」
 そうして無事にリビングに通されたあと、すぐにミチル先輩のケータイが鳴ったんだ。先輩が「カズからだ」とつぶやいて取ろうとした電話をあたしが奪い取って通話を切ってしまった。その非常識な行動に驚いた先輩が目を丸くしてあたしを見る。あたしは涙目で先輩を睨むようにして、1歩前に踏み出した。
「あたし、カズ先輩と付き合えばミチル先輩に近づけると思ってました。でもミチル先輩は横地先輩と……。あたし、本当はミチル先輩が好きだったんです。ミチル先輩、お願いします。あたしと付き合ってください」
 絶句したミチル先輩に抱きついて唇を重ねた。驚いて暴れる身体を押さえつけて、リビングのソファに押し倒してしまう。普通の人間であるミチル先輩が、満月期の吸血鬼の力にかなうはずはなかった。あたしは少し乱暴なくらいに激しい仕草でミチル先輩の種を口内に集めて、そのうちに先輩が意識を失って身体から力が抜けるまでずっとキスを続けていた。
 ぐったりしたミチル先輩の口の中から大河の種を取り出す。これで1番の目的は達成されたから、思わず大きな溜息をついていた。すぐにこの家を出て、もっとおとなしい服装で普通にカズ先輩と会えば、ミチル先輩はきっとこれが夢だったと思ってくれるだろう。
 あたしがきた痕跡が残ってないことを確認して家を出ようとしていたそのときだった。不意に玄関の方から扉が開く音が聞こえたんだ。