幻想の街22
「 ―― 大河が山の中にいたというのも不思議だね。今までは人の多い繁華街にいたのに。どの山かは聞けたの?」
「そこまでは訊けなかった。あんまり追求するのも不自然だったから」
「そうだね」
 その日の夕食のとき、あたしが帰り道でのカズ先輩との話を聞かせたあと、美幸はちょっと難しい顔をして考え込んでいた。
「で、問題は当日の夜にミチルちゃんと2人きりになれるかどうかか。日曜日の夜なら両親も家にいるだろうし、日が落ちたあとに女の子を呼び出すことは難しいだろうな」
「ただね、昼間はみんな仕事で出かけて留守らしいんだ。河合先輩はご両親とは同系列の別の会社にいるんだけど、月曜定休で日曜日は普通に出社してるの。両親の方はいつも午後には帰ってきているみたいだけど」
「それじゃ、両親の方は僕に任せて。あの会社があるあたりならおそらく僕の知り合いはいないだろうから。一二三は日が完全に落ちた6時以降、ほんの数分間でもあの家でミチルちゃんと2人きりになる方法を考えればいいよ。そのあとはどうにでもなるから」
 もしもミチル先輩が自宅で過ごしているのなら、2人きりになるのはそれほど難しくはないと思う。カズ先輩を呼び出して外で待ち合わせの約束をしてしまえばいいんだ。ミチル先輩がどこか別の場所へ出かけてしまっていたらちょっと面倒になるかもしれないけど、満月の夜なら宿主の気配を追跡するのはさほど難しいことじゃない。問題があるとすればそのあとだ。
「どうにでもなるってどういうこと? あたし、ミチル先輩の記憶を消したりできないんだよ? もしも疑われたら……」
「日常ではありえない、非日常的な出来事は、目覚めたあと本人が勝手に「あれは夢だった」と解釈する確率が高いからね。だから当日彼女の前では一二三もできるだけ非日常的な行動を取る方が効果的だよ。まあ、自宅以外の場所だとその効果も薄れるけど」
「……ミチル先輩が外で横地先輩とデートしてたら?」
「そのときはしょうがない、女子トイレで背後から襲って気絶させるしかないだろうな。……逆にこれじゃ事件に発展しちゃうか」
 さらっと答えた美幸にあたしは溜息をついた。でも、悪いのは美幸じゃなくて、人間の精神を操ることができないあたしの方だ。吸血鬼と出会った記憶なんか残っていない方がいい。美幸が言うとおり、この力は人間と吸血鬼、双方のために必要不可欠な力なのだろう。