幻想の街20
「けいあい? それって愛してるってこと?」
「愛してます! ミチル先輩はオレらの生徒会にはなくてはならない大輪の薔薇っす!」
 それまで横地先輩を睨みつけていたミチル先輩は、このときやっと笑顔を見せた。息を詰めて成り行きを見守っていたみんなにも安堵の溜息が漏れる。でも次の瞬間、ミチル先輩は横地先輩の胸倉から手を放して、背後から首根っこを片腕で締め上げたんだ。
「よっしゃ! よく言ったヒロポン! 決ーまりっ。今日からヒロポンがあたしのこと家まで送ってって」
「え……? だってミチル先輩は会長と……」
「あたしがオジャマ虫してどうすんだって。若いモンは若いモン同士! ヒロポンだって愛するあたしと帰れて嬉しいでしょ?」
「だからヒロポンはやめてって ―― ぎゃーっ! 判りました、判りましたよぉー! 送っていきますから殺さないでくださーい!!」
 うしろから首を絞められてじたばたしながら横地先輩が言って、ミチル先輩はようやく力を緩めて横地先輩を解放した。息を整えながら上目遣いで様子を伺う横地先輩に、ミチル先輩は彼の頭をこぶしで叩いて答える。なんとなく納得した。この2人、たぶん両想いだ。
 でも微笑ましいばかりじゃいられなかった。種の宿主はミチル先輩なんだ。あたしが恐れていたように、このままではカズ先輩との距離が縮まった分だけミチル先輩との距離がどんどん離れていってしまうから。満月は次の日曜日。それまでにどうにかしてミチル先輩に近づかなきゃいけないのに。
 その日の帰り道はカズ先輩と2人きりだった。校門を出るとミチル先輩は横地先輩の腕を引いて、帰り道とは別の方向へ歩き始めてしまったんだ。少しの間遠い視線で見送ったカズ先輩は、あたしを促したときには微笑みを見せてくれたけど、明らかに様子がおかしかった。帰り道を歩き始めてからも、その前、生徒会室にいるときからもずっと。
「カズ先輩……?」
 あたしの声に振り返った先輩はやっぱり微笑を浮かべていた。
「ごめんね、サエコちゃん。……考えてみたらオレ、ミチと離れていることってあんまりなくてさ。もちろんクラスが違ってたことは何度もあるんだけど」
 ミチル先輩が横地先輩と帰ると言い出したことで、カズ先輩が想像以上にショックを受けていたことがあたしにも判った。