幻想の街21
「ミチはあんな見かけだから誤解されやすいんだけど、意外に繊細だったりするんだ。前に軽い記憶喪失になったことがあって、しばらくはちょっとした物音にも敏感に反応したりしてね。だからよけいに心配になるんだ。って、別に横地の奴がどうとか思う訳じゃないんだけど。……ごめん、こんな話、聞きたくないよね」
「そんなことないです。あたしもミチル先輩のことは大好きだし。……カズ先輩とミチル先輩がいつも一緒にいるの、すごくいいって思ってました。ちょっとうらやましいかな、って」
「サエコちゃんにもお兄さんがいるんだよね?」
「はい。でも、中学も高校もずっと別だったし、今になって一緒に暮らしていてもなんだかギクシャクしちゃって。あの、よかったらもっと話してください、ミチル先輩のこと。……差し支えなければ、その記憶喪失のこととか」
 ミチル先輩の記憶喪失。カズ先輩のその言葉があたしの意識を切り替えさせた。あたしの顔を見てミチル先輩が大河のことを思い出さないのは、大河がミチル先輩の記憶を消したからなのかもしれないんだ。今ここでカズ先輩から聞きださなければ、こんなチャンスは2度と巡ってこないかもしれない。そう思って必死で話題を戻したあたしに、幸いカズ先輩は少しの疑いも持たなかったみたいだった。
「記憶喪失とは言ったけどね、実際たいしたことではないんだ。丸1日分くらい記憶が抜け落ちていただけだから。中学の頃、3年の遠足で山登りに行ったことがあってね。ミチは例の有り余る好奇心でか列を離れてしまって、どうやら道に迷ったらしい。その日はもう一晩中大騒ぎだったよ。朝になってから斜面で倒れているところを発見されたんだけど、病院で目覚めたときには自分が遠足に行ったことすら覚えてなかった。……たぶんよほど心細かったんだろうね。それまではオレとミチとが別々に夜を過ごしたことなんてなかったから」
「……たいへんだったんですね。それでミチ先輩、怪我とかはなかったんですか?」
「まあ、多少の擦り傷やアザはあったみたいだけど、さほど衰弱もしてなかったし、すぐに退院できたよ。……ミチがいない間、いろんなことを考えちゃってね。このままミチが死んじゃったらどうしようとか、子供の頃のことを次々思い出したりして。夜の間中ずっと家族に囲まれてたオレですらそうだったんだ。独りだったミチはきっと、オレの何倍も怖かったと思う。記憶をなくすくらいに ―― 」
 間違いなかった。それまで1度もカズ先輩と離れたことのなかったミチル先輩に大河が種を植え付けたのは、この遠足の夜だったんだ。