幻想の街17
「 ―― うん、でも、サエコちゃんもなかなか良かったよ。出てくるって知らなかったからオレはかなり驚いたけど」
「あたしも今朝まで知らなかったんです。だから演技も何もなくて、ほんとに立ってるだけで」
「いや、無表情で立っているだけでもかなりの存在感だったよ。ストーリーも単純で判りやすいし、上位入賞を狙えるんじゃないかな?」
 午後になってから、忙しいカズ先輩にも少し時間が取れて、あたしは先輩と一緒に校舎内の展示を回っていた。一般公開は明日だからまだ人も少なくて、中には準備が完全に終わっていないクラスもあった。生徒会長の先輩は先生方と同じく文化祭の審査員の1人に名を連ねている。だからあたしとこうして見て回っているのも、実は生徒会長の仕事の一環だったんだ。
「そうですか? もっと内容が濃くて面白いクラスも多かったですよ?」
「制限時間内で終わるかどうかも評価の対象だからね。その点では完璧だったし、オレはステージ部門では1年1組に投票するよ」
 そう言う先輩のクラスは教室で喫茶店をやっていて、2人一緒にいるところをひやかされながらも机を並べたテーブルでジュースをご馳走になった。この間の告白騒ぎはいつの間にか噂になっていたみたい。こうして2人で学校中を回っていたら、あたしとカズ先輩が付き合っているのはすぐに周知の事実になってしまうだろう。
「そうそう、明日の一般公開のとき、合宿所で恒例の同窓会が開かれるんだ。うちの学校の卒業生がくるんだけど、良かったらサエコちゃんも参加しない? オレの兄貴も来るからね、ぜひサエコちゃんに紹介したいんだ」
 あたしは驚愕のあまり固まってしまった。……河合先輩には会えない。あたしは顔は6年前と変わっているけれど声はそのままだったし、たとえあたしの正体がバレなかったとしても先輩はきっと6年前のあたしのことを思い出してしまうだろうから。もしも思い出してしまったら、再び6年前と同じ苦しみに苛まれてしまうかもしれない。
「あえっと、別に変な意味じゃなくて。ただ兄貴の方もサエコちゃんに会いたがってたからさ、それだけで」
「あ、あの。……明日はあたしもちょっと。あたしの兄も来てくれることになってて、校内を案内する約束で……」
「そ、そうなんだ。それじゃ仕方がないね。今回はあきらめるよ」
 もちろんこんなところに美幸を連れてくることなんかできない。明日は1日中どこかに隠れていようって、そうあたしは決めていた。