幻想の街16
 翌週は祝日が重なって水曜日まで連休だったから、あたしはこれ幸いとあの街には近づかなかった。実は休み中も生徒会活動はあったんだ。カズ先輩から電話をもらったけど、まだ引越しの荷物を解いていないことを理由に、家から1歩も出ないで過ごしていた。
 美幸はずっと平静を装っていたけれど、落ち着きがないのは見ていてよく判った。あたし自身も気分が沈んでいたから、落ち込んだときの習慣で数学の勉強をしながら、美幸のために食事を作ったり、身の回りのことをしたりして気を紛らわせていた。おそらく月が朔期に入っていた影響もあったのだと思う。お互いに取り留めのない会話をするのも億劫だった。
 本当は、美幸とはきちんと会話すべきだった。月が厚みを増していくごとにあたしは忙しくなって、この時を逃すと美幸とゆっくり話せる時間はどんどんなくなっていくのだから。
 木曜日と金曜日は午後からクラスの文化祭準備をして、放課後は生徒会の準備を手伝った。そして、翌日の土曜日と日曜日がいよいよ文化祭当日だった。2日間のうち一般公開は日曜日のみで、あたしのクラスのミュージカルは土曜日の午前中に講堂で開催される全員参加のイベントの中で披露するんだ。前日までに無事UFOを作り終わったあたしは当日のセット搬入以外はやることがなかったはずなのに、朝ステージの準備をする女子数人にトイレに呼ばれて、あれよあれよという間に銀色に光る衣装を着せられてしまった。
「秋葉さんお願い! 宇宙人のお姫様役で舞台に立って! もちろん踊らなくていいし、セリフも一言もない役にしたから!」
 ミュージカルの内容は上演時間の関係もあって単純で、2つのサッカーチームと宇宙人役の人たちが計20人くらい舞台に上がる。グランドで練習をしている正義チームがオープニングで1回踊ったあと、そのグランドを奪いに来た敵役チームのセリフと踊りがあって一触即発の雰囲気になる。そのときにいきなり地球侵略をもくろむUFOが現われるんだ。宇宙人が踊っている間に正義チームが宇宙船の弱点を見つけて、踊りが終わったときに2チームが協力してサッカーボールで攻撃する。そうして無事に侵略者を撃退した2チームは、これからは仲良くグランドを使うようになってめでたしめでたし、なんだけど……。侵略者の中に踊らない姫が混じったら設定のつじつまがおかしくなるような気がしたのだけど、みんなはどうしてもあたしを舞台に立たせたいみたいで、聞く耳を持ってはくれなかった。
 舞台の立ち位置を指示されたあたしは、舞台中央で踊る宇宙人たちのうしろで本当にただ立っていただけだった。ステージが終わって興奮するクラスメイトに囲まれてようやく、みんなが転校生のあたしを気遣ってわざわざ役を用意してくれたことに気づいたんだ。