幻想の街14
 翌日の土曜日は半日の3時間授業で、放課後はほとんどのクラスが文化祭準備にあてていた。あたしのクラスはステージでミュージカルをやるみたい。既に配役も決まっていて、役者はパートごとに練習に入っていたから、飛び入りのあたしは大道具のUFO作りを手伝っていた。あたしはそんなに器用な方じゃないからさほど役には立ってなかったのだけど。
 昼食後は生徒会室で学校全体の文化祭準備に奔走する。各クラスやクラブが申請してきた備品を調達したり、自主的に残って準備している教室を回って進行状況をチェックしたり、生徒会室に予算交渉にくる人たちの相手をしたりするんだ。もちろんそれとは別に生徒会のステージの準備もある。そのとき会長はたまたま不在で、生徒会室にはあたしのほかに横地先輩と桜庭先輩、それとミチル先輩がいた。
「 ―― そうそう、サエコちゃんはまだ知らないよね、うちの学校の七不思議。文化祭がらみのが1つあるんだけど、聞きたい?」
 この手の話はどこの学校でも1つか2つは聞かされた。だからさほど気にしないで、横地先輩に向かって首を傾げてみる。
「何年か前、うちの生徒会で身体の弱い女の子がいてね、文化祭の前日に事故で死んだんだ。当時1年生だったその子は高校で初めての文化祭をすごく楽しみにしていた。だから今でも成仏できずに、毎年文化祭の日になると人込みにまぎれてさまよっているという」
 あたしの頬が引きつったのは、けっしてその話が怖かったからじゃなかった。でも横地先輩はそうは取らなかったみたい。にやりと笑って先を続けた。
「サエコちゃんと同じ会計監査だったんだってさ、その子。……もしかしたら、今この瞬間にもその子の霊魂がこのあたりに ―― 」
 そのとき、とつぜん横地先輩が座った椅子が倒れて、先輩はその場にひっくり返ってしまったんだ。それはもちろん霊魂の仕業なんかじゃなかった。驚いて見上げた横地先輩の視線の先には、ミチル先輩が怒りをあらわにして仁王立ちしていたんだ。
「その話、カズの前で一言でも言ったら横地、あんたを殺すからね! あたしの前でだって2度目は許さないよ!」
 横地先輩も、桜庭先輩も、ミチル先輩のこんなに怒った顔は見たことがないのかもしれない。2人ともぴくりとも動けず絶句していた。
「何にも知らないくせに。……あの時、兄貴がどんだけ苦しんでたか。……一二三先輩のこと、そんな風に茶化したら2度と許さない」
 必死で押し殺したような低い声で吐き出して、ミチル先輩はそのまま生徒会室を駆け出していった。残されたあたしたちはしばらく声を出すこともできなかった。……あたし自身は、ほかの2人とはまったく違う理由で。